勇気の洞窟と、内なる魔物
第二の試練、「勇気の神器」が眠る、火山の洞窟へ。そこは、己の、心の、弱さが、幻影となって、襲いかかってくる、恐怖の場所だった。シンドバッドは、力を失った、自分の、無力さと、対峙する。愛が、彼に、本当の、勇気を、与える!
知恵の神殿を、後にした、私たちは、第二の、試練の地へと、向かった。
それは、大陸の、中央に、そびえる、活火山、「灼熱の顎」。
その、火口の、近くにある、洞窟の、最深部に、第二の神器、「勇気の盾」が、眠っているという。
洞窟の、入り口は、灼熱の、空気を、吐き出し、硫黄の、匂いが、立ち込めていた。
「……今度は、随分と、わかりやすい、試練だな」
シンドバッドが、汗を拭いながら、言う。
私たちは、覚悟を決め、その、地獄の、入り口のような、洞窟へと、足を踏み入れた。
内部は、灼熱地獄だった。赤い、溶岩が、川のように、流れ、時折、火山ガスが、噴き出す。
しかし、本当の、脅威は、その、熱さではなかった。
洞窟に、入って、しばらく、進んだ時。
不意に、私の目の前に、幻影が、現れた。
それは、叔父である、ジャファルと、魔術師の、姿だった。
『――愚かな、小娘め。お前に、女王の、器など、あるものか』
『お前は、国を、再び、滅ぼすのだ』
幻影は、私の、心の、最も、弱い部分を、抉るような、言葉を、投げかけてくる。
「……くっ……!」
私は、それが、幻だと、わかっていながらも、足が、すくんでしまった。
その時、シンドバッドが、私の、肩を、強く、抱いた。
「ファラ、しっかりしろ! これは、幻だ! お前の、心の、弱さが、見せている、ただの、影だ!」
彼の、力強い声。
そうだ、私は、もう、一人じゃない。
私は、幻影を、強く、睨みつけた。
「……黙りなさい、亡霊ども。わたくしは、もう、お前たちには、負けない!」
私の、強い、意志に、幻影は、霧のように、消え去った。
「……どうやら、この洞窟は、それぞれの、内なる、魔物と、向き合わせる、試練の場所らしいな」
シンドバッドが、言う。
しかし、その、彼の顔色が、少し、悪いことに、私は、気づいていた。
私たちは、さらに、奥へと、進んだ。
今度は、彼の前に、幻影が、現れた。
それは、かつての、神であった頃の、彼自身の、姿だった。
圧倒的な、力を持ち、全てを、見下す、傲慢な、魔神。
『――見ろ、この、無様な、姿を。力も、魔法も、失った、ただの、人間。それが、お前だ。お前は、もはや、彼女を、守ることさえ、できん。お前は、ただの、足手まといだ』
幻影の、シンドバッドは、冷たく、嘲笑う。
「……うるさい」
シンドバッドの、拳が、固く、握り締められる。
『お前は、彼女の、重荷に、なっているだけだ。お前がいなければ、彼女は、もっと、自由に、生きられた。お前が、彼女を、不幸にしているのだ!』
「黙れと言っている!」
シンドバッドが、叫び、その幻影に、殴りかかった。
しかし、彼の拳は、空を、切るだけ。
幻影は、さらに、彼を、追い詰める。
『お前は、結局、何も、変わっていない。昔も、今も、ただの、自己満足で、彼女を、縛り付けているだけだ!』
「……違う……」
シンドバッドの、膝が、がくりと、折れた。
彼は、心の、奥底で、ずっと、恐れていたのだ。
力を失った、自分が、本当に、ファラの、役に立てているのか。
彼女の、重荷に、なっているだけではないのか、と。
その、心の、弱さを、幻影に、突かれ、彼は、完全に、戦意を、喪失してしまっていた。
「シンドバッド!」
私は、彼の元へ、駆け寄った。
そして、彼の体を、後ろから、強く、抱きしめた。
「……聞かないで、シンドバッド! あんな、嘘の言葉!」
「……だが、あれは、事実だ……。俺は、無力だ……」
「違う!」
私は、叫んだ。
「あなたは、無力なんかじゃない! あなたが、いてくれたから、わたくしは、ここまで、来られた! あなたの、知恵が、わたくしを、導いてくれた! あなたの、優しさが、わたくしを、支えてくれた! わたくしにとって、力なんて、どうでもいいの! わたくしが、愛しているのは、魔神の、あなたじゃない! 人間として、わたくしの隣で、笑ってくれる、ただの、男の、あなたなのよ!」
私の、魂からの、告白。
その言葉は、彼の、心の闇に、一筋の、光を、差し込んだ。
「……ファラ……」
彼は、ゆっくりと、立ち上がった。
そして、自分自身の、幻影を、まっすぐに、見据えた。
「……そうだ。俺は、もう、神ではない。俺は、無力な、人間だ。だが、それでも、俺は、この女を、愛している。この、命に、代えても、守りたいと、思っている。……それだけで、十分だ。それこそが、俺の、新しい、力だ!」
彼の、揺るぎない、覚悟。
その、本当の、「勇気」の前に、彼自身の、幻影は、満足したように、微笑み、そして、消え去った。
洞窟の、最深部。
そこには、炎のように、赤い、美しい盾が、安置されていた。
「勇気の盾」。
シンドバッドが、それに、手を、伸ばす。
それは、ただの、防具ではなかった。それは、持ち主の、心の、強さに、呼応し、どんな、攻撃をも、跳ね返すという、伝説の、神器。
彼は、もはや、迷っていなかった。
その、紅い瞳には、愛する者を、守り抜くという、騎士の、決意が、宿っていた。
彼は、本当の、勇気を、手に入れたのだ。
内なる、魔物に、打ち勝つ、という、最高の、形で。