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女王の戴冠と、人間のジン

私は、民衆に迎えられ、女王として即位した。しかし、力を失い、人間となったシンドバッドとの間には、ぎこちない空気が流れる。神と人、あまりに違いすぎる存在。私たちは、本当の意味で、共に歩んでいけるのだろうか。

王都への凱旋は、熱狂的なものだった。暴君ジャファルと魔術師の支配から解放された民衆は、私を「救国の舞姫」「砂漠の太陽」と称え、その帰還を心から祝福してくれた。父の盟友であった、隣国マハラのラシード国王の後ろ盾もあり、私が、ザルバード王国の新たな女王として即位することに、異を唱える者はいなかった。

数日後、父が愛した玉座で、私は、ザルバードの民に、忠誠を誓った。亡国の姫が、女王として、国を取り戻した瞬間だった。

しかし、私の心は、晴れやかではなかった。玉座の隣に、あの、不遜で、頼りがいのある、ジンの姿はなかったからだ。

シンドバッドは、王宮の一室で、静かに、療養していた。バハムートを封じるため、全ての力を失った彼は、もはや、伝説の魔神ジンではない。魔力を持たない、ただの、人間。その事実は、私と彼の間に、埋めがたい、溝を作っていた。

「……女王陛下。ご即位、おめでとうございます」

戴冠式の夜、彼の部屋を訪れると、彼は、ベッドの上で、体を起こし、ぎこちない、敬語で、私を祝った。その、紅い瞳には、以前のような、輝きはなかった。

「やめて、シンドバッド。そんな、他人行儀な呼び方は」

「だが、あなたは、この国の女王。そして、俺は、もはや、何の力もない、ただの男だ。……立場が、違う」

その、寂しそうな、横顔。

私は、言葉を、失った。

彼は、力を失ったことで、自信も、そして、私の隣に立つ、資格さえも、失ってしまったと、感じているのだ。

私は、彼のそばに、寄り添いたかった。けれど、女王としての、膨大な、政務が、それを、許さなかった。

私たちは、同じ宮殿にいながら、少しずつ、心が、すれ違っていった。

そんなある日、一つの、事件が起きた。

王都の、水源である、大井戸が、突如として、枯れてしまったのだ。

民衆の間に、不安が広がる。これは、国を治める、女王の、徳が、足りないせいではないか、と。

私は、すぐに、技師たちを集め、原因を、調査させた。しかし、原因は、不明。

「……おそらくは、バハムートとの戦いの影響で、地下の、水脈が、ずれてしまったのでしょう」

技師たちの、結論は、絶望的なものだった。

新たな、水源を、見つけなければ、王都は、滅びる。

私は、自ら、調査隊を率い、砂漠へと、向かった。しかし、何か月も、続く、干ばつのせいで、新たな水源を、見つけることは、困難を、極めた。

その、私の、苦悩する姿を、シンドバッドは、ただ、黙って、見ていた。

彼は、何もできない、自分の、無力さを、噛み締めているようだった。

そんな、ある夜。

私が、地図を、広げ、頭を抱えていると、彼が、私の部屋を、訪れた。

「……ファラ」

彼は、私の名を、呼んだ。

「……この国の、古い、伝承に、こんなものが、あったな。『砂漠が、涙を、枯らす時、太陽の娘が、月の雫を、求め、星の道しるべに、従うべし』と」

「……ええ。子供の頃、聞いたことがあるわ。ただの、おとぎ話よ」

「……そうかな?」

彼は、私の隣に座ると、地図の、ある一点を、指さした。

「俺は、何千年もの間、この砂漠の、空を、見てきた。星の、動きは、全て、頭の中に、入っている。そして、月の、満ち欠けによって、地下の、僅かな、水脈が、どう、動くのかも。……もし、次の、満月の夜、この、星の軌跡が、交わる、この場所を、掘ってみれば……。あるいは、『月の雫』と呼ばれる、新たな、水源が、見つかるやもしれん」

彼の、瞳。

それは、かつての、神の、瞳だった。魔力は、失っても、その、叡智と、経験までは、失ってはいなかったのだ。

私は、彼の、言葉に、賭けることにした。

そして、満月の夜。

私たちは、彼が、示した、砂漠の、一点を、掘り進めた。

最初は、何も、出てこなかった。誰もが、諦めかけた、その時。

掘り進めた、穴の底から、湿った、土の匂いが、した。

そして、ついに、清らかな、水が、こんこんと、湧き出してきたのだ。

「水だ! 水が出たぞ!」

歓喜の声が、砂漠に、響き渡った。

民衆は、私ではなく、新たな水源を、見つけ出した、シンドバッドを、「砂漠の賢者」と、称え、賞賛した。

彼は、少し、照れくさそうに、しかし、久しぶりに、心からの、笑顔を、見せた。

彼は、気づいたのだ。

力だけが、全てではない。自分には、この、叡智と、経験がある。それこそが、この国と、私のために、役立てられる、新たな、力なのだと。

その夜、私たちは、二人きりで、祝杯を、あげた。

「……ありがとう、シンドバッド。あなたが、いなければ、この国は、救われなかったわ」

「……礼を、言われるようなことでは、ない。俺は、ただ、愛する女の、困った顔が、見たくなかっただけだ」

その、ストレートな、言葉に、私の、心臓が、跳ねた。

私たちは、見つめ合った。

そして、どちらからともなく、唇を、重ねた。

それは、神と人としてではなく、ただの、男と女としての、初めての、口づけだった。

私たちの間を、隔てていた、見えない壁が、ようやく、溶けてなくなった、瞬間だった。


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