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ただ一人の君と、終わらない旅路

世界の歪みを正すため、私たちは三つの至宝を集める旅に出る。力を失ったジンと、彼を支える女王。神々の試練、異形の魔物との戦い。二人なら乗り越えられる。これは、世界を救う物語。そして、ただの男と女の、愛の物語だ。

私とシンドバッドの、世界の歪みを正すための旅が始まった。女王の地位も、国の安寧も、全てをラシード国王という信頼できる友に託し、私たちは、ただの旅人となった。

最初の目的地、「天を突く山脈」は、その名の通り、雲を突き抜けるほどに険しい山々が連なる、過酷な場所だった。かつての彼ならば、風に乗って、一瞬で頂上までたどり着けたのだろう。しかし、今の私たちには、自分の足で、一歩ずつ登るしか、道はなかった。

「はぁ……はぁ……。おい、女王陛下。少し、休ませろ……。元・神は、もう限界だ……」

「情けないこと言わないの! ほら、水よ」

私たちは、互いに軽口を叩き、励まし合いながら、険しい岩肌を登った。吹雪に凍え、食料が尽きかけ、何度も、諦めそうになった。しかし、その度に、私たちは、互いの手を取り合った。その温もりだけが、私たちを、前へ、前へと進ませてくれた。

数週間の苦難の末、私たちは、ついに、山脈の最高峰にたどり着いた。そこには、小さな、古代の祠が、ひっそりと佇んでいた。そして、その祭壇の上には、夜空の星々を、そのまま閉じ込めたかのように、きらきらと輝く、一つの宝石が置かれていた。

「……星の涙……」

私が、それに手を伸ばそうとした瞬間。祠の守護者であろう、巨大な、鷲の姿をした聖獣が、私たちの前に立ちはだかった。

「何人たりとも、神々の至宝に触れることは許さん!」

その圧倒的な威圧感に、私は、身動きが取れなかった。

もう、ダメか。そう思った時、シンドバッドが、私の前に、進み出た。彼は、剣を抜くでもなく、ただ、静かに、その聖獣を見据えた。

「―― 오랜만이다(オレンマニダ)、가루다(ガルーダ)」

彼は、誰も知らないはずの、古代の神々の言葉で、その聖獣に、語りかけた。

「……その声……。まさか、お前は……風の……?」

聖獣の厳しい表情が、驚愕に変わる。

「そうだ。色々あってな。今は、ただの人間だが」

シンドバッドは、かつて、神であった頃の記憶と知識を、失ってはいなかったのだ。彼は、この聖獣とも、旧知の仲だった。

彼は、これまでの事情を、全て、聖獣に語った。世界の危機を、そして、私たちの旅の目的を。

話を聞き終えた聖獣は、しばらく黙り込んだ後、大きくため息をつき、そして、私たちに、道を譲った。

「……信じがたい話だ。だが、お前が、そこまでして守ろうとする、その人間の娘の、魂の輝きは、本物のようだ。よかろう。持っていくがいい。それが、世界の理を正すというのなら」

こうして、私たちは、最初の至宝、「星の涙」を手に入れた。

次の目的地は、「大地の心臓」が眠るという、南の大森林。私たちは、聖獣が貸してくれた翼で、山を降り、再び、長い旅路についた。

旅の途中、私たちは、世界の歪みが生み出した、様々な悲劇を、目の当たりにした。異形の魔物に襲われ、廃墟となった村。原因不明の病に苦しむ人々。その度に、私たちは、立ち止まった。私は、女王として培った知識で、村の復興を手伝い、薬草を調合して、病人を看病した。シンドバッドは、その元・神としての知恵で、人々に、効率的な灌漑の方法や、魔物を遠ざけるための、古代の知恵を教えた。

私たちは、ただ、至宝を探すだけではなかった。私たちの旅は、傷ついた世界を、少しずつ、癒していく旅でもあったのだ。

そして、私たちは、気づいていった。シンドバッドが失ったものは、魔力だけではなかった。彼は、人間になることで、初めて、「空腹」や、「疲労」、そして、「痛み」を知った。

「……おい、ファラ。この傷、思ったより、痛むな……」

魔物との戦いで負った腕の傷を、彼は、顔をしかめながら、さすっていた。

私は、そんな彼の傷に、丁寧に、薬草を巻き直してあげた。

「当たり前でしょう。あなたは、もう、不死身の神様じゃないんだから。もっと、自分を、大事にして」

「……お前に言われるとはな」

彼は、照れくさそうに、笑った。

逆に、私が、旅の過酷さに、くじけそうになった時は、彼が、私を支えてくれた。

「泣くな、女王陛下。お前の涙は、国宝級に、価値があるんだ。こんな、石ころだらけの道で、こぼすな」

彼は、不器用な言葉で、私を励まし、そして、私が眠るまで、物語を語ってくれた。

私たちは、互いの弱さを知り、それを、補い合い、支え合った。その過程で、私たちの絆は、神と人であった頃よりも、ずっと、深く、そして、強いものになっていった。

私たちは、その後も、旅を続けた。地の底の迷宮で、地の精霊王の試練を乗り越え、「大地の心臓」を手に入れた。海の王国で、巨大な海竜と心を通わせ、「深淵の真珠」を譲り受けた。

そして、ついに、三つの至宝が、私たちの手に、集まった。

石板の最後のページには、こう記されていた。

『――三つの至宝を、世界の歪みの中心、始まりの祭壇に捧げよ。されば、世界は、そのあるべき姿を取り戻すだろう』

始まりの祭壇。それは、私たちが、バハムートと戦った、あの砂漠にあった。

私たちは、因縁の地へと、戻ってきた。祭壇に、三つの至宝を捧げると、天と地と海を繋ぐような、巨大な光の柱が、立ち上った。

世界の歪みが、その光の中に、吸い込まれていく。空の亀裂が塞がり、世界の軋みが、止まっていくのが、肌で感じられた。

私たちは、やったのだ。

「……終わったな」

シンドバッドが、安堵の息を漏らした、その時だった。

光の柱の中から、声が聞こえた。それは、世界の、創造主ともいうべき、根源的な意志の声だった。

『――よくぞ、我が試練を乗り越えた、小さき者たちよ』

『褒美として、汝らの願いを、一つだけ、叶えてやろう』

『魔神よ。お前に、失われた、神の力を、返すこともできる。あるいは、人間の娘よ。お前を、彼と同じ、不老不死の存在にしてやることも、可能だ』

究極の選択。シンドバッドは、私を見た。私は、彼を見た。

私たちの答えは、決まっていた。

私たちは、二人、声を揃えて、言った。

「「我らは、ただの人間として、共に生きることを望む」」

私たちの答えに、創造主は、満足したように、笑った気がした。

光が、収まっていく。世界は、完全に、その調和を取り戻した。

数年後。

ザルバード王国は、女王ファラと、その夫である王配シンドバッドの下で、かつてないほどの、平和と繁栄を、謳歌していた。

私は、時折、城を抜け出し、彼と二人で、旅に出る。それは、世界を救うための旅ではない。ただ、隣国の珍しいスパイスを買いに行ったり、美しい湖を見に行ったりするだけの、ささやかな旅。

「おい、女王陛下。足が疲れたぞ。背負え」

「断るわ、王配殿下。自分の足で、ちゃんと歩きなさい」

力を失った、元・神様と、彼を支える、強い女王。

私たちの物語は、たぶん、これからも、ずっと続いていく。

世界のどこかで、小さな歪みが生まれたなら、私たちは、また、二人で、旅に出るのだろう。

それは、世界を救うための、壮大な冒険なんかじゃない。

ただ、愛する人と、手を取り合って歩く、どこにでもある、けれど、何よりも、かけがえのない、私たちの、終わらない旅路なのだ。

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