第四話『双銃』
改めて、自分の状態を確認する。体を包む衣は、やはり詰襟の学ランに似ている。その上に被さるマントは大正時代の憲兵が纏っていた軍用マントのようだ。見ると、そのマントの表面はまるで液体のように赤い光が波打っている。
足元に視線を移せば、そこには履いていた筈のスニーカーはなく、代わりに乗馬靴のような皮の長靴があった。腰には左右の手に現れた銃を仕舞う為らしきホルダーがある。
どうして、この姿に変わったのかは置いておく。きっと、考えても答えは出てこない。そんな事に思考を費やしている暇はない。
考えるべき事は一つ。この姿に変わった事で、戦えるようになったのか否かだ。その答えはきっと、この銃の引き金を引く事で分かる。
「喰らえ」
言葉が自然と口をついて出た。
その言葉は誰に向けられたものなのか? 普通に考えれば、銃弾を喰らう事になる敵だ。けれど、応えたのは銃の方だった。
二丁の銃は脈動した。そして、ギアが回転するような音が鳴り響き出した。
指が引き金に吸い寄せられる。撃鉄は既に起きている。躊躇う事なく、引き金を引く。
轟音。
夜闇を撃ち裂く銃声が鳴り響いた。一発の弾丸が怪物の肩口を吹き飛ばし、もう一発の弾丸が腹部を撃ち抜く。
見事に狙った場所を撃ち抜く事が出来た。その事実にオレは息を飲んだ。
基本的に銃というものには反動がある。両手を添えていれば反動を抑え、照準を定めた通りに弾丸を放つ事が出来るが、片手では反動を抑え切れず、どうしても狙いがブレてしまう。
加えて、銃の照準というものは前部照準と後部照準を利用して定めるものだ。つまり、両手に銃を持っていても、照準を定められるのは片方だけなのだ。
引き籠っている間に仕込んだにわか知識だけど、二丁拳銃で両方の銃から発射した弾丸を狙い通りの場所に命中させるなんて事はほぼほぼ不可能な筈なのだ。
「……筈なんだけどな」
そもそも、オレはフロントサイトとリアサイトを両方見ていなかった。ただ、撃ちたい場所を見ながら撃ったら当たっていた。
反動があった筈なのに腕はブレず、視線も動かなかった。
オレには銃の才能が眠っていたのかもしれない。たしか、オリンピックの種目に射撃競技があった筈だ。初めて使って、こんな神業を成功させたオレなら金メダルも夢ではない気がする。
「グォォォォォォォオオオオオオ!!」
けれど、安心している暇は無いようだ。腕が落ちて、腹に穴が開いても怪物は健在だった。倒れる素振りを一切見せていない。
畳みかけるべきだと思った。この状態はオレの意思でなったわけじゃない。検証もしていない。タイムリミットがあるのかも分からない。だから、使える間に倒す。
「いくぞ!!」
一歩、踏み込む。すると、怪物が鞭のようにしなる腕を大きく振るった。
鞭を振るった時、その先端は音速を超えると聞いた事がある。音速を見切る事なんて、出来るわけがない。だから、紙一重で避けようなんて思わない。全力で前方に転がって、鞭の遥か下を潜り抜ける。
アスファルトの上を転がったのに、痛みがまったくない。この衣のおかげなのかは分からないけれど、おかげですぐに体勢を整えられた。起き上がり、怪物の腹部へもう一発。更に、それ違いざまに頭部へ撃つ。
「まだ動くのか……ッ!」
頭部のど真ん中を銃弾が貫通した筈なのに、怪物は止まらない。
二丁拳銃の装填数は幾つだろう。撃ち終えてしまったら、どうやって補充すればいいんだろう。ポケットには予備の弾丸など入っていなかった。
あと何発撃てるかも分からない状態は神経をすり減らしていく。
「クソッ!」
それでも逃げるわけにはいかない。ここには血を流し、倒れている少女がいる。オレの為に戦って、倒れた彼女が。
一人で走っていても追いつかれてしまった。彼女を背負っていたら逃げられない。彼女を置いていくなんて論外だ。
考えろ。撃つべき場所がある筈だ。狙いを定めて、そこを撃つんだ。
「グオォォォォォォォォォォオオオオ!!!」
雄叫びを上げながら、怪物が迫って来る。
恐怖はない。殺意は邪魔だ。焦る暇なんてない。すべての神経を集中させる。
撃ち落とした怪物の片腕は再生していない。不死身ではない。だから、撃つべき場所は付け根だ。
「噛み殺せ!」
二丁拳銃が火を噴く。撃ち抜くのはもう片方の腕と足。狙いは寸分違わず怪物を穿った。
両腕を失い、大きく抉れた足で走り続けようとした怪物は足の付け根が完全に千切れて倒れこむ。
落ちた上に視線を向けると、少女の体から漏れ出たものと同じ光が溢れ出している。最初に落とした腕はいつの間にか消えていた。
「ちょっとずつ削り殺すしかないわけか」
不思議な感覚だ。生き物を殺す事はよく無い事だと思っているし、感覚的にも殺したいと思った事はない。部屋にゴキブリが出ても、殺すのは可哀そうだと思って外に逃がした。
それなのに、この怪物を殺す事に抵抗を感じない。
オレは自分で自分が分からなくなっていた。心は凪いでいた。怪物とは必要だから戦って、必要だから無力化して、必要だから殺そうとしている。
相手はパパの仇だと言うのに、怒りも悲しみもない。無抵抗になった相手の体を解体していく事に対する忌避感すらない。
やがて、体中を抉られた怪物は全身を光に転じさせた。その光はゆらゆらと揺れながら、オレの双銃に向かってくる。それは咀嚼のように見えた。銃が怪物の魂を喰らっている。
「なんなんだ、これ……」
分からない事だらけだ。ただ、これは考えても分からないだろう事だけは分かる。だから、置いておこう。
とりあえず、終わった。そう思った途端に衣と銃が光になった。そして、パパがくれたブローチだけが手元に残った。
「……やっぱり、これが原因か? まあ、とりあえずは」
はやく、倒れたままの彼女を病院に連れて行こう。
そう思って、振り向いたけれど、そこに彼女の姿はなかった。
「あ、あれ!? お、おーい! どこだー!?」
治り始めていたようだけど、とても歩き回れるケガではなかった。
慌てて辺りを探し回ったけれど、見つからない。
名前すら聞けなかった。オレの為に傷ついた少女。
「……探す相手が増えた」
それから一晩、夜が明けるまでオレはアキラと少女を探し回った。
眠気はなく、疲れもない。だけど、どんなに探しても二人は見つからなかった。