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第二話『失踪』

 時計の針が夜の七時を指そうとしている。アキラはまだ来ない。

 オレは不安になった。この一年の間、アキラは祝日だろうと、雨の日だろうと、台風の日にでさえも来てくれた。そのアキラが来ない。

 

 ―――― 見捨てられた……?


 そんな考えが脳裏を過ぎった。

 たった一日、たった一度だ。何か事情があって、来れないだけかもしれない。そういう日だって、あるだろう。

 それでも、そう考えてしまった。そうされても仕方のない態度を取り続けて来た。そして、いざその可能性を考えるとそら恐ろしくなった。

 オレはアキラ以外からはとっくに見捨てられている。それでも別に構わないと思っていた。自業自得だからだ。

 オレは家族や友達を拒絶した。拒絶した相手から拒絶される。それは当たり前の事だろう。アキラにも、その当たり前の事をされただけだ。

 それなのに――――、


 ―――― どうしてこんなに辛いのだろう?


 頭を抱えた。涙が溢れ出した。体が震えた。オレは驕っていた。アキラだけはオレを見捨てないと思い込んでいた。

 アキラ以外に見捨てられても構わないと思えたのは、アキラだけは見捨てないでいてくれると思っていたからだ。

 息苦しい。まるで、水の中に落ちたかのようだ。必死に藻掻いて水面に出ても、縋れるものは何もない。アキラという島から放り出されたオレはただ溺れるまで水面を浮く事しか出来ない。


「……アキラ」


 その時だった。急に部屋の外が騒がしくなった。


「オイ、クソ兄貴! 出て来い!!」


 弟だ。扉を殴りつけながら、オレを呼んでいる。

 葬儀の日以来、一度も口を利いていなかったトオルの突然の行動にオレは目を白黒させた。


「さっさと出て来い! お前、ほんとに言ったのかよ!? 三崎さんにもう来るなって!」

「……は? え? なんの事言って……」


 言う筈がない。オレは困惑した。


「……やっぱりかよ、クソババァ! おい、クソ兄貴! クソババァが三崎さんにお前がもう来るなと言ってたって吹き込みやがった! その三崎さんがまだ家に帰って来てねぇ!」

「え? は? はぁ!? ど、どういう事だ!?」

「ユイカから電話があったんだ! 三崎さんが帰って来ないって! もう、七時だ! 学校は部活動が禁止になって、二時には下校している筈なのに!」

「……ど、どっかで寄り道してるとかじゃ」

「バカか、テメェは! 三崎さんは毎日ユイカやお袋さんに夕飯を作ってるんだぞ! テメェなんかの為に毎日声を掛けにくるような人が妹の夕飯を作るの忘れてどっか寄り道だぁ!? んなわけねーだろ!!」


 分かってる。お前よりもずっとよく知っている。アキラはとても責任感が強い男だ。

 だけど、だとしたら――――、


 ―――― アキラはどこに行ったんだ!?


 胸騒ぎがした。脳裏にあの日の出来事が浮かび上がって来た。

 わけの分からない怪物に襲われて、次々に殺されていくパパの同僚の人達。

 

「さっさと出て来い! 探しに行くぞ!!」

「……で、でも」


 外に出ると怪物に襲われるかもしれない。そう思うと、体が竦んだ。


「いい加減にしろよ、テメェ。いつまでウジウジしてやがるんだ!? ユイカが泣いてんだぞ!!」


 分からない。ユイカはアキラの妹だ。だけど、トオルと彼女の間に接点は無かった筈だ。


「部屋のテレビでニュースくらい見てんだろ? この近くを殺人鬼がうろついてるってよ」


 心臓が大きく揺れた。息が苦しい。恐ろしい何かに追い立てられているかのように背筋が冷たくなる。


「それでもテメェは部屋に籠ったままなのかよ。臆病者」

「……オレは」

「これだけ言っても出て来ねぇなら、もう知らねぇよ。兄貴とも呼ばねぇからな、クソ野郎」


 トオルの足音が遠ざかっていく。

 オレは息を荒げた。弟が言う通りだ。


「……このまま、籠ったままなのか?」


 扉が遠く感じる。伸ばそうとする手が重く感じる。立ち上がろうとしても、腰が重く感じる。

 

「籠ったままなのかよ!」


 外に出るのが怖い。あの怪物がまた襲って来るかもしれない。今度こそ、殺されるかもしれない。

 だから、怖いのか? それが怖くて、みんなを拒絶したのか? あの怪物は何処に出た? 自分の部屋に居れば、あの怪物は現れないのか?

 あの怪物はパパの会社の中に現れた。屋内に現れたのだ。だったら、自分の部屋だって、安全なわけではない。そんな事は分かっていた筈だ。

 ならば――――、


 ―――― どうしてオレは外を恐れているんだ?

 

 怖いのは怪物に襲われる事なのか? それが怖くて、部屋に籠っているのか?

 おかしいだろう。矛盾している。怪物に襲われる事を恐れているのならば、尚の事、一人で居るべきではない。

 オレが恐れているのは、怪物にオレが殺される事じゃない。

 

「……あの怪物はオレを見た。だから、またオレを狙うかもしれない。だから……、だから!」


 オレが怖いのは怪物じゃない。


「アキラ!!」


 オレは机の上に置いたままにしていたブローチを掴み取った。


「パパ。オレ、行って来る!」


 ブローチを首から下げて、部屋を出た。

 アキラの身に何が起きているのかは分からない。だけど、夜になっても連絡一つ寄越さずに帰宅しないなんて、あり得ない。

 殺人鬼がうろついているかもしれない状況で、アキラのママが帰って来るまで妹を一人にするなんて、アキラは絶対にしない。

 

「タ、タクちゃん!?」

「アキラを探して来る!!」


 ママにそう叫んで、ボクは家から飛び出した。

 トオルはお祖母ちゃんがアキラにオレが来ないで欲しいと言ったと吹き込んだと言っていた。

 やりかねない。そういう人だ。だから、オレもトオルもお祖母ちゃんが嫌いだ。お祖母ちゃんだって、パパ以外の事は家に住み着いている寄生虫のように思っている。本人が仏壇の前でお爺ちゃんの遺影に向かって、そう言っていた。

 悪意の塊のような人だけど、外面だけは上手く取り繕っていた。だから、アキラにまでその悪意をぶつけるとは思っていなかった。きっと、毎日オレの部屋に通うアキラの事が疎ましくて仕方が無かったのだろう。

 もしも、アキラの身に何かあったら、オレはお祖母ちゃんを絶対に許さない。


「どこだ、アキラ!」


 オレは町中を走り回った。一年もの間、部屋に籠り切りだった割には体がよく動く。

 一時間、ずっと走りっぱなしでも息が切れない。足も痛くならない。不思議だけど、都合がいい。

 アキラを見つけるまで、オレは止まる気などない。そう意気込んで、とにかく走り回った。だけど、どこにもアキラはいない。

 途中でトオルのスマホに電話を掛けたけれど、アキラのママや学校の先生も見つけられていないと返って来た。警察にも既に連絡がいっているらしい。

 

「どこにいるんだよ、アキラ!!」


 また、一時間が経過した。もう、夜の九時だ。だけど、アキラはやっぱり帰って来ていないらしい。

 いよいよ、楽観視出来る状況じゃない。アキラは何かに巻き込まれている。


「アキラ!! どこだよ!? どこにいるんだよ!?」


 アキラが行きそうな場所はもうすべて回ってしまった。学校にも行ってみた。だけど、何処にもいない。

 警察や先生が家に帰れと言って来たけれど、必死に走って振り切った。

 夜の十時を過ぎて、まだ見つからない。


「アキラ!! アキラ!! どこに居るんだ!? ごめん!! ずっと無視してごめん!! 謝るから!! 頼むから出てきてくれ!!」


 その叫び声に応えたのは、アキラではなかった。


『グオォォォォォォォ』


 オレの前に現れたのは、あの日の怪物だった。

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