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第一話『恐怖』

 一年前、オレは信じられないものを見た。

 怪物だ。そうとしか言いようのない化け物を見た。その化け物は人を襲っていた。

 その時のオレはパニックを起こしていた。周りは血の海になっていて、見知った人の死体が転がっている状況で正気を保っている事など出来る筈もなかった。

 だから、大人達が逃げろと叫んでいても逃げられなかった。


「……パパ」


 怪物は立ち竦んでいるオレを見た。ゾッとして、それまで動かなかった口から悲鳴が飛び出した。その声を聞きつけて、パパは血相を変えながら走って来た。

 パパは何かを叫んでいた。きっと、逃げろと言っていたのだろう。だけど、オレはパパの言う事を聞けなかった。そして、パパはオレを抱き締めて、そのまま床に倒れこんだ。

 抱えて逃げる間も無かったのだろう。


 ―――― 『大丈夫だぞ、タク! 大丈夫だ!』


 パパは何度も大丈夫だと言った。だけど、その声は徐々に小さくなっていった。

 声の合間に嫌な音が何度もした。何かを切り裂く音であったり、啄むような音だ。

 噎せ返るような血の匂いが漂い始めると、パパは徐々にグッタリとし始めた。それから幾ばくもなく、パパの声は止まった。

 何度呼び掛けても、パパはもう喋ってくれなかった。

 

「パパ……」


 いつの間にか火の手が回っていて、怪物は火を嫌がって逃げ出した。

 オレは死にたくなくて、必死に走り回った。

 パパの会社には『適性検査』というので何度か来た事があったけれど、火と煙のせいでどこがどこだか分からなかった。

 その内に息が苦しくなって来て、喉や胸も痛くなって来た。

 痛みと苦しさで意識が朦朧となり、オレは足を縺れさせた。すると、懐からブローチが飛び出して来た。


 ―――― 『これは大切な物だ。肌身離さず、身に着けておくんだぞ』


 そう言って、パパがくれた物だ。

 オレはそれを無くしたくなくて、必死に手を伸ばした。

 生きたいからだ。だけど、一人では無理だと思った。そのブローチがあれば、パパが助けてくれる気がした。

 そして、ブローチに触れた瞬間、オレの体から痛みが消えた。

 煙が立ち込めていた筈なのに、視界もとてもクリアになっていた。おかげで出口の方向も分かって、オレは外に飛び出す事が出来た。

 外に出た後の事はあまりよく覚えていない。気付いた時には病院で眠っていた。隣にある椅子にはママが腰かけていて、その顔は真っ青だった。

 

 ―――― 『タクちゃん……。パパ、死んじゃった……』


 悲しみに満ちた声だった。オレはパパの最期を思い出して、泣き叫んだ。

 病院には見舞い客が何人も来たけれど、オレは相手をする気になれなかった。しばらくすると、アキラ以外は来なくなった。

 アキラにも来ないでいいと言ったのに、アキラは毎日来た。

 放っておいて欲しかった。考える時間が欲しかった。だけど、アキラはいつも傍に居て、他愛のない話をして来た。

 退院した後、すぐに葬式が行われた。パパの棺の中は見せてもらえなかった。ママ達はパパが焼死したと言っていた。

 違うと叫んだ。パパは殺されたのだと主張した。怪物にやられたのだと言った。そうしたら、気が動転しているのだろうと心配された。

 本当の事なのに、ママ達は信じてくれなかった。


 ―――― 『パパが死んだんだぞ! 馬鹿みたいな事言うなよ!!』


 弟は涙ぐみながら殴りかかって来た。もう、オレは何も言えなかった。

 葬式の後、オレは部屋に籠った。あの時の事を必死に考えた。

 

 考えてしまった……。


 あの怪物は突然現れた。一分前までは平和だった空間を瞬く間に地獄へ変えた。その怪物はオレを見ていた。

 怖くなった。外に出たら、また怪物に襲われるのではないかと思った。だけど、誰にも相談出来ない。ママ達ですらも信じてくれなかった。弟には殴られた。

 オレは外に出られなくなった。


「……遅いな、アキラ」


 ろくに返事も返さない癖に、オレはそんな事を呟いてしまった。

 何を言っても無駄だと思ったのか、ママ達はもう随分前から話しかけて来なくなった。初めの頃は外に出ろと五月蠅かったけれど、諦めたのだろう。

 正直に言えば、ママ達が話し掛けて来ない事はありがたくさえあった。特にお祖母ちゃんは外では愛想がいい癖に、家の中ではとても意地悪になる。相手を傷つける言葉を選んで使う悪癖があって、苦手どころか嫌いだ。

 それでも人の声を全く聴けないと寂しく感じてしまう。

 今日も部活なのだろう。面白い作品を見つけたと喜んでいた。よほど夢中になっているのだろう。いつもならばとっくに声を聞かせに来る時間なのに、まだ来ない。

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