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第三話『不穏の足音』

 楽しみに読み進めていた物語の打ち切りにガッカリしながら教室へ向かうと、クラスメイトの榊原(さかきばら)祐介(ゆうすけ)とすれ違った。

 挨拶をしたけれど、彼はうんともすんとも言わずに去って行った。

 折角、同じクラスになったのだから仲良くしたいと思うのだけど、彼は中々心を開いてくれない。せめて、他に仲の良い友達がいれば安心出来るのだけど、教室で彼が誰かと話している姿を見た事が一度もない。催し物や体育の授業でペアを組む時はいつも余ってしまっている。

 とはいえ、挨拶すら返してくれない相手には出来る事が限られている。いつか彼が歩み寄ってくれる事を願って、これからも挨拶だけは続けて行こう。

 

「おっ! 腹黒眼鏡だ! おっはよー!」

「……おはようございます。それ、やめてくれませんか?」


 教室に入ると先客がいた。漫画とアニメをこよなく愛する御子柴(みこしば)霧江(きりえ)だ。

 彼女はいつもボクを『腹黒眼鏡』とか、『鬼畜眼鏡』と呼んでくる。ボクは確かに眼鏡を掛けているけれど、決して腹黒ではないし、鬼畜でも無いつもりだ。そう呼ばれるのは甚だ不本意である。


「えー? いいじゃんいいじゃん! いつも穏やかに微笑んでる眼鏡のイケメンにはピッタリでしょ!」

「……褒められている気になれません」


 眼鏡を掛けているキャラクターなんて、漫画やアニメにはいくらでもいると思う。

 たしかに、腹黒だったり、鬼畜だったりするキャラクターもいると思うけれど、どうにも彼女の中の眼鏡を掛けたキャラクターへの印象に偏りを感じてしまう。


「キリエさん。ちょっと、読んでる漫画のジャンルが偏ってるのではありませんか? もっと、色々読んでくださいよ」

「えー? わたし色々読んでるよー? 少年漫画も少女漫画も青年漫画もエロ漫画も万遍なく!」


 聞き捨てならない事を聞いた気がするけれど、そこを指摘すると厄介な事になりそうだ。


「……とにかく、腹黒と鬼畜はやめてくださいね」

「はーい」


 返事が軽い。あまり期待は出来そうにない。

 ボクはやれやれと肩を竦めながら自分の机に向かった。机の脇のフックにカバンを掛けて、校則で禁止されている筈の漫画を堂々と読み始めたキリエさんを見習って、校則で禁止されていない小説を読み始める。

 しばらくすると八時の鐘が聞こえてきて、他のクラスメイト達も教室に入って来た。


「おはよ」

「おはようございます」


 隣の席の倉敷(くらしき)美咲(みさき)は席に座るなり、机に顔をうずめて眠り始めた。

 彼女は家庭の事情で夜遅くまでアルバイトに励んでいる。その為、暇さえあればこうして眠っている。

 心配になる生活スタイルだけど、そこを指摘すると「他人にとやかく言われたくない!」と怒り出すので心で心配するに留めている。

 

「おっす!」

「おはようございます」


 今度は前の席の竜胆(りんどう)朱音(あかね)が声を掛けて来た。

 

「今日はどうだったよ?」


 どうだったとは、タクヤの事だ。彼女はボクが毎朝毎夕にタクヤの様子を見に行っている事を知っていて、ちょくちょく経過を聞いてくる。

 ボクは力なく首を横に振った。


「……そっか。あんまり気を落とすんじゃないよ? アンタは良くやってるさ」

「ありがとうございます」


 タクヤが引き籠るようになって、もうすぐ一年になろうとしている。

 修学旅行も近づいてきている。一生の思い出になる大切なイベントだ。どうしても、一緒に参加したい。


「時間が解決してくれると思ってたんだけどねぇ」


 アカネはボソリと呟いた。


「そう簡単にはいかないか……」

「仕方がありませんよ。あんな事があったのですから……」


 タクヤが引き籠るようになった原因は一年前の事件にあった。

 夷碩市の先にある稀日戸(きびと)町で火災が起きた。その現場にはタクヤのお父さんもいて、亡くなった。

 お父さんが大好きだったタクヤは葬儀の日から部屋に籠るようになって、そのまま今日までに至っている。


「犯人も捕まってないんだよね」

「ええ、そのようです。放火である事は間違いないとの事なのですが……」


 今は至る所に監視カメラが設置されている時代だ。だから、誰もがすぐに警察が犯人を捕まえてくれるものと信じていた。

 ところが、犯人の消息が掴めないままだ。いつしか、テレビや新聞の記事も犯人の追跡を諦めて、政治家の汚職や芸能人の不倫を追う方向にシフトしてしまった。

 

「……犯人が捕まって、罰を受けてくれれば、タクヤくんも気持ちに区切りを付けられるかもしれないのですがね……」

「同感だよ。警察も、もっと頑張って欲しいもんだね」


 同感だ。彼女の言葉にうんうんと頷いているとダイスケやキョウコ、テツロウといった運動部の面々が教室に雪崩れ込んで来た。そして、その後に続くように担任の田所(たどころ)恭平(きょうへい)が入って来た。


「ホームルームを始める。全員、席に座りなさい」


 田所先生は威厳たっぷりな先生で、その鋭い眼差しを向けられると誰もが素直に言う事を聞いてしまう。

 まるで軍隊のようにビシッと姿勢を正して座る生徒達に彼は表情一つ変える事なく、「結構」と言った。


「まず、全員に通達がある。今後しばらくの間、放課後の部活動は全面的に中止とする事が決まった。委員会活動も同様であり、自習の為に残る事も禁止とする」

「ええ!?」


 悲鳴染みた声を上げたのはダイスケだ。彼は田所先生に睨まれても、口を閉じなかった。


「なんでですか!? もうすぐ、試合なのに!」

「ニュースを見ている者ならば分かると思うが、ここ最近、夷碩市で連続した殺人事件が発生している為だ。犯人が捕まっていない上に犯行の動機も分かっていない。ともすれば、この街に犯人が現れて犯行に及ぶ可能性もある。その事を踏まえて、市の教育委員会が決定した。不満はもっともだが、試合の相手校も同様の措置を取られている。ハンデにはならない筈だ」

「で、でも!」

「諸君らの身を守る為の決定だ。犯人が捕まらない限り、撤回される事はない」

「そんなぁ……」


 ダイスケはとても悲しそうだ。だけど、仕方のない事だと思う。事件は夷碩市でばかり起きているけれど、だからと言って、この街が安全とは言い切れない。


「当然だが、公園などで集まっての練習も禁止とする。警察が巡回を行うそうなので、くれぐれも迷惑をお掛けしないよう重々承知するように」


 最後の希望も潰えて、ダイスケは崩れ落ちた。

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