9. 新メニューと言われましても
「うーむむむ」
いつも通り居残り掃除しつつ、考えるのは新メニューのこと。
まず考慮しなきゃいけないのは、材料費。こんなに毎日仕分けばかりをしていれば、この食堂の経営が厳しいことくらいわかる。ほんと、勝手にシチュー作ってすみませんでした。多分疎まれている理由の三割くらいはこれ。
「……でも、大前提はなぁ」
入口のドアが開く音がした。けれど、見ても誰もいない。開いてもない。もしかして、もう守衛さんが鍵閉めに来たのだろうか。
モップ片手に急いでドアを開ければ、そこにいたのは、モフモフな服に、長い黒髪、羊の角の……。
「って、あれ、魔王様?」
退勤時にいつも見かけていた人の正体、魔王だった。目についていただけで興味は微塵もなかったから気づかなかったけれども。
「……たまたまだ。ここを通る場所に用事があってだな」
「へー。毎日大変ね」
謎に誤魔化そうとしている様子の魔王。
なんだろう、業務中の新人と喋ってるところなんて見られたらまずいとか?
「あ、ちゃんとタイムカードは切ってあるから、安心して!」
「っそれでは残業代が付かないだろう!?」
何を言っているんだこいつは、とばかりに眉を顰める魔王に説明する。そうあれは初日のこと、タイムカードは定時で切ってから掃除するのだと教えられ……。
「そんなわけないだろう。魔界労働基準法に引っかかる」
【速報】魔界に労働法が存在した。
ちゃんと労働時間も契約書にとかなんとか言ってる魔王。確かにそんなのあったわね。
「マチルダと話す必要があるな……」
魔王は、赤い目を伏せてため息をついた。
いやいやいや、ありがたいけど、やめてほしい。ただでさえ嫌われているのに、魔王が出てきたら余計に立場が最悪になる。なんだかんだ指示してくれるのマチルダさんだけなのに。
「っいや、でも今日は、私が考え事をしていたから遅かっただけで」
ん? 考え事……そうだ、新メニューの大前提、魔王に聞けばいいんだ。
でもなんて話せばいいの? どうやって切り出せばいい? えっと、あっと……。
「だとしてもだ。業務を終えていないのに、タイムカードを切るな。じゃあ俺は……」
「ちょ、ちょっと待って」
去ろうとしている魔王を引き留める。口に出せずにいると、眉間に皴を寄せられた。ええい、ままよ。
「……なんだ。別に俺はお前を気にかけてなど」
「っ常連のおじいさんについて知ってる?!」
ポカンとした様子の魔王。それを見て、止まらなくなる口。
「その、毎日お昼に利用しに来るおじいさんなんだけど、毎日利用してるからメニューに飽きちゃったらしくて、それでマチルダさんが困ってて、たまたま見てたら私が明日新メニューをお出しすることになったんだけど、そもそもそのおじいさんが食べられるのが前提なのに、話したこともなければ食べているところを見たこともないから全然わからなくて、ねえ、あのおじいさんの種族知らない? というか好きなものとか……」
「っお、おい、落ち着け!」
ハッ!
魔王の声に、ビクッと肩が揺れてしまう。
……やってしまった。コミュ障あるある。質問や返しが怖くて早口長文。
「あの人は竜族だ。好きなものについては……」
竜族……。ということは爬虫類に近いのだろうか。昔図鑑で、オオトカゲは鳥肉とか肉を好んで食べるって見たことがあるわ。これで草食だったらどうしようと思っていたけれど、案外広く作れそう。
それでいて、珍しくて、新しい材料を仕入れなくていいやつ。日替わりの種類を増やすわけにもいかないし、どうせなら一品料理を増やしたい。
「おい、聞いているのか? 種族以上は教えない。俺は魔王で、お前は一構成員なのだから」
聞いた側なのに、置いてけぼりにしていた。でも、なんとなく、方向性がわかってきた。
「まあ、その、なんだ。頑張れとしか、俺は言えない」
「ありがとう! 魔王様にも後でご馳走できるように、頑張るわ」
ほかの魔族に聞いても教えてくれなかっただろうし、なんであろうと教えてもらえるだけ十分ありがたい。
「……ああ、楽しみに待ってい、いない」
「はぁ?」
「っ俺は忙しい。もう行く」
ほんと、魔王ってよくわからない。あれだけおいしそうにシチューを食べておいて、そりゃないでしょうよ。
まあ正式にメニューになれば、魔王もいつか食べるでしょうと、私も掃除を再開する。
「オムライスとか? ……いやアレだ!!」
お弁当を作ることも、作ってもらうこともできなかった高校時代、お世話になっていた学食には、とてつもない人気を誇った一品があった。