21. やらかしの始まり
「……う、眩しい」
部屋から見える柳の葉が揺れて、チカチカとしている。朝起きると太陽は真上にあった。
料理を平らげて、シャワーを浴びて、寝たのが明け方。正直まだ眠いけど、そうは言ってられない。大熊猫軒はお昼営業もあって、大将はもう起きて下拵えをしている。パンダって睡眠時間長いんじゃなかったっけ?
「まずは着替えてって痛っ!! ちょっとジョン!!」
思わず足を押さえる。ジョンが寝ぼけてバラバラになってて、肋骨を足にぶつけた。ていうか、ベッドで寝てたはずなのになんで床にいるんだか。
「んえぇ……人喰い鬼に食べられるぅ」
「誰がオーガよ!!」
ジョンを叩き起こして、さっさと支度をする。一階に降りると、セシリオはもう算盤……そろばんみたいなのを弾いていた。対応するのが早すぎる。
「大将、おはようございます」
「おう」
大将ももうタオルを頭に巻いて、包丁を研いでいた。
愛と実益のある叱咤を受けつつ、下拵えを済ませ、入り口の札を営業中に替える。おそらく昼休憩らしき時間になると一気にお客さんが来て、すぐに満席になった。お昼時の忙しさは社食と変わらないと思いながら働く。やっとお客さんの波が落ち着いてきた頃、チンピラのような男がやってきた。
「担々麺、一つ」
入ってくるなりそう告げた男を見た途端、他のお客さんがお金を置いて逃げる。
「あいよ」
大将は動じずに手を動かす。ジョンはビビって奥に隠れた。冷静に状況を見ているセシリオにしがみついている。
男はどかっとカウンター席に座る。
「……ついにこの店も人を雇うくらいに困窮したとはな」
私をジロジロと見て、嘲笑うようにそう言った。
「意地張ってないで、さっさと応じてくれよなぁ」
……あ、これもしかして。
「何度も言ってるがな、ここは自治区だ。てめぇらに渡すつもりはねぇ」
こういうの漫画とかでよく見たわ。って、ん??
「龍黒会に歯向かうつもりかぁ!?」
男はテーブルに手をついて怒鳴ったものの、大将には効かない。一睨みして手を動かす。出前の箱を片付けるようにして奥の部屋に行き、分厚い妖怪辞典をめくっているセシリオに聞いてみる。
「あれは火鼠という妖怪らしいです。おそらくマフィアの下っ端の下っ端でしょう」
マフィンと聞き間違えてるジョンは置いておいて。火鼠って、あのかぐや姫に出てくる皮衣の……。というかマフィアって……。
「面倒ですから、妙なことはしないでくださいね」
御身大切なのにするわけないじゃない。セシリオに謎の釘を刺されて、厨房に戻る。
ちょうど担々麺ができたところだった。汁が少ない。ツルツルとした麺が綺麗に並べられていて、つやっとした漬物とひき肉の炒め物がのっている。
めちゃくちゃいい匂いがする。正直、食べたい。
……けどチンピラ男はニヤリと笑って叫んだ。
「なんだこりゃ虫が入ってやがるぞ!!」
絶対今のせたとしか思えない、わかりやすいG。この世界にもいるのか、G。
驚きと共に沸々と怒りが湧いてきたけど、大将は表情を変えない。
「知らん」
「っ知らねえわけねぇだろうがよ!!」
ちゃぶ台返しのように宙を舞うラーメン丼。カウンター席の近くにいた私の頭に、べちゃりと乗る。熱い。濡れた。麺が落ちる。
……こいつ、今、何したの?
「おい、てめぇおいたが……」
ラーメン丼を頭に被ったまま、カウンター側に出た。全員が黙り込む。
チンピラの胸ぐらをガッと掴んで……。
「なぁにしてくれてんのよ!!」
下から腹部を殴打。いわゆる腹パン。
「ぐおはっ」
出口のガラス扉に後頭部が直撃。
「食べ物無駄にするとか人以下よ!!」
そのまま蹴り飛ばして追い出した。フンと、鼻を鳴らして手を払って店内に入ったところでふと我に返る。
「あ……」
あのジョンが、遠い目をしている。
「オイラ、前にこれ見たことある」
……そういえば、私って魔力の出力が下手なんだっけ。料理に全然使わないから忘れてたけど、四天王をワンパンしたんだっけ。
「やらかしましたね……」
聞き慣れているはずのセシリオの呆れ声が、今や恐ろしい。
もしかしてこれ、クビとか、ある?




