20. 大忙しと水餃子
まずは夜の開店準備を習う。カーテンは閉めずに全開。店内のありとあらゆる提灯に鬼火を入れる。大将は素手でやっているけど、私は手袋付きで。怪しい赤い雰囲気が広がったところで、今度は外の看板と提灯にも。
「わぁ……」
夏の生暖かい風に柳の木が揺れる。街に一気に灯りがついて、提灯で形作られた龍が空をうねっていた。
「ぼさっとしてんじゃねえ、次は下拵えだ!」
「っはい!」
急いで店内に戻るけど、昼間との差に心臓がまだ驚いていた。
……私、本当に違う大陸に来たんだわ。
「まずは見て覚えろ」
「はいっ!」
大将が包丁を持つ。これは……セロリ?
ヤングコーンやふくろ茸、エビやネギなどいろいろな具材の切り方を学ぶ。頭がパンクしそうだったけど、これでも異世界転生者ですから。就活の時の質問集に比べればこんなもの……。
「違う! それはみじん切りだ!」
「すみませんっ」
大変。難しい。ようやく覚えた頃にはもう開店していて、超高速で切ってもすぐに使われていく。普段はこれを一人でやっているって、大将凄い。
「銀杏も炒っておけ」
「はいっ!」
おそらくこれは鶏肉のカシューナッツ炒めに入っているやつ。夏の厨房、それも高火力を使う中華は、それはもう暑い。
「ぜぇぜぇぜぇ……これ、ツラっ」
無我夢中でやっている間に、もう日付が回っている。暑いし眠いし辛い。何これ。
「もうへばってんのか!?」
「まだまだやれますっ!!」
これが人間だったら怖さで死んでたと思うけど、パンダなおかげで頑張れる。……パンダって歯が多いな。さすが大きい熊。
「新入りかー?」
「オイラはね、ジョ……」
「新入り、くっちゃべってねえでオーダー持ってこい!」
「ぴえっ」
大将ありがとうございます。うちのバカがすみません。
名前は隠すものだってこと、もう忘れてるとか……。
「お待たせしました! 小籠包デス!」
「待ってました……って死体がよだれ垂らすなよ」
「まあわかるけどなぁ。ダイさんの天心は湯気だけでうまさがわかる」
しかしこいつ、食い気だけは本物だ。バカなのにメニューだけは一回で覚えた。お客さんにももう受け入れられてる。まあ骸骨になっちゃえば人間なんて世界共通なんだろうけど。
「にしてもおまえ、どこのポンコツ道士に作られたんだぁ?」
「術の最中にくしゃみでもしたんかね」
「そいつは知り合いの馬鹿がやらかしてうちによこして来たんだ」
手を動かしながらどうにか聞き耳を立てて監視しているけど、やっぱり大将が自然にフォローしてくれてありがたい。
道士、術……僵尸。そっか、大陸にはキョンシーとかもいるのか。
「この間のツケの分も……あい!」
「あいよ、ちょうどな」
「ごちそうさーん」
右耳で情報を聞いて、左耳で料理の音を聞き、手は動きっぱなし、足はパンパン。体は汗だく。そんなこんなでやっと丑三つ時が過ぎた頃、最後のお客さんがやっと帰った。
頭も体もふわふわしてて、おかしくなりそう。へたり込みたいのを我慢していると、なにやらいい匂いがする。
「おら、賄いだ。よく頑張ったな」
カウンターテーブルに並ぶは、ふっくら天心。水餃子に小籠包。副菜の卵とトマト炒め。
こ、こんなド深夜、もはや朝に……中華だなんて……そんなのっ。
「いただきます!!」
セシリオが私を見てドン引きしていた。
夜十一時以降の飲食は胃に負担がかかるってことくらい、知ってるわよ? 知ってるのと行動に移すのは別。
まず目を引くのが白と緑の二色の水餃子。
「これって一体?」
「セロリ入りだ」
「あのセロリが?」
今日はずっと切っていたけど、水餃子のイメージはあまりなかった。
パクりと食べるとセロリの匂いが鼻を抜け、肉ダネの脂が引き立つ。
「っセロリの水餃子美味しい!!」
……さっぱりと、でも主役級。
セロリって好きでも嫌いでもなかったけど、これは好きかもしれない。苦手な人でも食べやすいんじゃ。
「だろう」
大将の満足げな顔に、頭を縦にブンブン振る。おいしい。こんな美味いものに携われたことに感謝。
ドタバタで大変な一日で、目標を見失っていたけど、そうだ。私は目標があってここに来た。次の皿に手を伸ばす。
「頑張って、社食に中華を持って帰るわ!」
遠い西の地の空で、忙殺されている魔王の姿が浮かぶ。
魔王、空の上から見守っていて。私頑張るから!
「いや、死んでませんから。我々の目的も違いますからね?」




