19. 鍛えてください!
「確かに、嬢ちゃんよりは坊主の方が使えそうだな」
「オイラ頭良さそうに見える!?」
「客との距離が近そうだ」
あんたが頭良さそうに見えたら眼科に行くべきよ。自惚れるんじゃない。
「良いのですか?」
「ああ。ただ、嬢ちゃん」
「は、はいっ!」
「……厨房に立ちてえなら、一筋縄ではいかねえぞ」
ビリビリと、魔力とは違った力を感じる。ジョンはお得意の死んだ振りをし、セシリオが足を踏み込む。
でも、怖くないわ。それだけ真摯に料理に向き合ってるってことだもの。
「望むところです」
この一年間社食で頑張ってきたけど、私は専門学校とかに通っていない。これから教えてもらおうって時……就職した初日に勤務先の食堂が燃え、私も交通事故で死んだ。
「ビシバシ鍛えてください」
だから、叩いてもらえるならこれほど喜ばしいことはないのよ。
「…………ハァン?」
腕を組んで、目を丸くしたパンダ大将。
あれ私、返答を間違えた? これって自分の腕に自信持った方がいいタイプだった? そんなものはないが?
「まあ、その心意気や良し」
どうにかなったらしい。セシリオが息を吐く。そんな睨まないでよ、危ない空気にしてごめんって。
「私はエリザベスで、こっちはスケルトンのジョン、あと……」
「セシリオと申します」
「ああ……そうか」
これからお世話になるのだからと挨拶をすると、パンダ大将が苦い顔をした。ぷにぷにな肉球で首を掻く。
「ここでは……煌華国では、本当の名は隠すものだ。呪いやらなんやら……まぁ、弱点になる。オラァ、ダイやら大将って呼ばれてる」
大熊猫軒の大からとって、ダイ。じゃあ白露さんも本名じゃないってこと?
カウンターの端っこで煙管を吹かしていた白露さんを見る。
「ボクは本名や。もう呪われた身でな、隠す意味があらへんのや」
思わず白目。くすくす笑ってるけど……やっぱり信用できないわ、この妖怪。問い詰める前にいつのまにかいなくなったし。
「そういうことで……お前ら荷物もあるし疲れてるだろ、部屋を案内してやる」
その逃げ足の早さにパンダ大将がため息を吐いて、奥へ案内してくれる。
大熊猫軒は表から見ると小さいけれど、実は奥に空間があって細長い形だった。セシリオは一階のパンダ大将の隣の部屋、私とジョンは二階の一室を貸してもらえることになった。
複雑な枠の丸窓に、木製の家具。天蓋付きベッドなんて久々というか、異国の空気を感じる。
「わーい、ベッドだぁ!」
「骨が惜しいなら大人しくすることね」
ジョンがいじけて床でバラバラになった。
とりあえず荷解きをして、お土産の魔界銘菓の冥界牛ミルククッキーを出して。
「棚の中に服があるだろ、それ着とけぇ!」
と下から大声が聞こえたから、ジョンを追い出して着替える。それっぽい半袖ブラウスに、裾がキュッと絞まったズボン。つま先の丸い木靴。
鏡の前でくるりと回ってみた。かわいい。けど何かが足りない。とりあえず銘菓を持って降りる。
「ええと……これでいいですか?」
「おう。娘のやつだがぁ、大きさは大丈夫そうだな」
可愛い見た目に対して太い声、太い声なのに優しいものだから、毎回少し混乱する。というか、え、娘いるんですか!? それって娘もパンダなの!?
「エプロンは……ちょっと待ってろ」
自室に探しに行く大将。横から出てくるカンフーシャツと小さい丸メガネのセシリオ。妙に似合っている。亡国の王子のくせに治安悪いけど。
「ねえ、なんだかこれって、今すぐ働くような雰囲気じゃない?」
「大陸は夜が活動時間帯ですよ?」
「知らないわよ、そんなこと」
パンダ大将が見つけてきたのはフリル付きのワンピース。つけてみるとしっくりきた。私にはエプロンがないとダメみたい。って、いやいや。そんな、まだこの国について一日も経ってないんですけど!?
「うし。じゃあ、お手なみ拝見と行くか」
oh……。
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次回は来週の平日はじめのお昼頃更新です。
最近寒いので、あったかくしてください……。暖房ケチったら風邪気味です……。




