13. うまいって言わせるのは
「っい、嫌すぎる!!!!」
「……なんです急に」
セシリオが呆れた顔で耳を塞ぐ。急に叫んでごめんって。でも、先輩としての立場が非常事態なのよ。
「何か作れないものとかないの!? わからないところとかない!?」
「レシピをまとめたものを渡したのはあなたでしょう」
……そういえば、そう。きっとわからないだろうからって、たくさん書いて、作って、まとめた。もしかしてこれこそ自分で自分の首を絞めてたんじゃ……と隣を見ると、セシリオは暗黒微笑していた。
ムカつく顔ね、と言おうとしたところで、昼営業終わりのドアが開く。この羊の角に、短い黒髪は……。
「魔王様!!」
今日は何も予定もないはずなのに、どうしたのかしらと、厨房から食堂の方へ。お腹が空いてるなら、今日のB定食の火山豚のコロッケが……。
「今日のクリームチーズケーキが残っていたらもらいたく……」
ブルータスならぬ、魔王……お前もか。
刺された気持ちでいながらも、まあお仕事お疲れ様ってことで、霊氷庫から取り出す。休憩時間に食べようと思ってとっておいた、私の分を渡した。
いつも通り、嬉しそう。魔王なのに背景に花が飛んでる。
「そんなに食べたかったの?」
「……報告書を出しに来たバジリスクが、嫌がらせかのように美味しさを語ってきてな」
使い込んでそうな財布からきっちり500マネーを払いながら語る魔王。もう食べられないであろう時間に、それも日替わりのデザートを自慢するなんて、ドSだわ。それは食べたくなる。
「……うまい」
スプーンを持ってしみじみと。
わかるわ、その気持ち。氷穴エリアの冥界牛の牛乳は、寒いエリアで育っているからか、なめらかで濃厚なのが特徴。その牛乳がクリームチーズになると酸味と甘味が絶妙で、下のビスケット生地のバターとの相性がたまらない一品。わかるんだけど……。
「私の作ったケーキをお気に召したようで、何よりですよ」
「ムキーー!!」
「おや、猿の獣人でしたか?」
だーー、ムカつく。そしてなんかジェラシー。
魔王ってば、今まで私が作ったもの食べてその顔してたのに、そんな簡単にコロッとしちゃっていいの!?
スプーン咥えたまま、仲が良さそうだなぁみたいな感じでこっち見てるけど!!
「宣戦布告よ!! 見てなさい!!」
こっちを虐めて楽しそうなセシリオにビシッと言ってやる。
「魔王に美味しいって思わせるのは!! 私だから!!」
最近は忙しくてっていうか、そのレシピ本のデザートの試作ばっかりしてたけど!! 私だってやればできるんだから!!
「何を争っているんだ??」
「何も争ってませんよ。あちらが勝手に吠えてるだけです」
「なっ!!」
いけしゃあしゃあと……もう泣かす。絶対泣かす。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
元悪役令嬢の恨みがましい睨みを物ともせず、セシリオが尋ねる。
「ああ、そうだ。出張の詳細が決まってきたからそれを知らせにだな」
「げっ」
魔王が魔法陣から資料を取り出す。セシリオは最上級魔法の無駄遣いとか言ってるけど、私はそっちよりも出張の方がやばい。
……せっかく忘れていたのに。中華料理に流されたけど、やっぱり私には無理。
「大陸へは夏頃に行ってもらう」
「夏頃となると夏期休暇の後ですか?」
「いや、夏期休暇の時期を……」
夏期休暇……。それは、恐ろしき魔の時間。人をダメにする存在。去年を思い出して怖気がする。
「ん? どうした」
「今年も、夏期休暇があるの?」
「夏が来るからな」
意味のわからない反応をする私に、魔王とが首を傾げる。マチルダさんがサッと逃げた。
「夏期休暇を無くすことってできない?」
「何を言っているんだ? 普通嬉しいものだろう、休暇は」
「そんなことない」
無駄にホワイトな魔王城。夏休みは土日含めて一週間もある。コミュ障で陰キャ生活の長かった私は、買い出し以外部屋から出ることがなく……。
「もう絶対社会復帰できないだろうなって、三日目で恐ろしくなったわ。それ以降はずっと食堂でボランティアしてたもの」
「聞いてないが!?」
魔王が厨房を見ても、もうその時にマチルダさんはいない。そもそも私が頼み込んだことだし、何も悪くないけど。
魔王が考え込む。不健康な部下で大変申し訳ない。
「そういえば出張ってセシリオの他は誰と?」
「最初に話した通り、魔族は入れない。二人だけだ」
えー。
セシリオを見ると、これまた同じく嫌そうな顔。私だって嫌よ……と思ったところでまたドアが開く。この骨のガチャガチャ音は……。
「っオイラは!?」




