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6. 取引しましょう?


「だったら、私がこの食堂を立て直してあげるわ」


 勢いのまま、声が震え始める前にそう言い切った。


「……は?」


 少しの間が空いて、魔王が目を見開く。

 胸がうるさい。心臓が口から飛び出そうだ。一度助かった命を、私は今、自分から捨てにいっている。


「部下に健康的であってほしいんでしょ? だったら、私を食堂の従業員として雇うのが一番よ」


 これだけ現代的な調理器具がある世界で、私の知識が活かせないわけがない。

 よく学食を利用していたし、霊氷庫があるなら一人暮らしで得た冷凍術が使える。調理技術は、プロに習ったわけじゃないから、自信はない、けれど。でも、順応して見せる。


「私を、食べないんでしょう? どうせなら有効活用したらいかが?」



 ずっと、考えていた。断罪されて、生贄として魔界に置いて行かれて、すぐに魔族に捕まってずっと。これからどうしようって。

 貴族らしい家族との絆はなく、友達はいなかった。王太子妃としてだけ育てられ、その決められた未来もなくなった。とにかく、空虚な存在だった。


『……私の料理、本当に、誰にも食べられずに終わっちゃった』


 でも、前世の私が、死にたくないと叫んだ。

 料理が好きで、でもその料理を食べてくれる存在はいなくて、今世では作ることさえ許されなくて。……嫌だった。このまま死にたくなかった。


「ねぇ、シチュー、おいしかったでしょう?」


 魔王は気づいていないだろう。私に生きる目標を与えてしまったなんて。

 私は、”おいしいと言われる嬉しさ”を知ってしまった。

 もっと食べてほしい。おいしいって言ってもらいたい。おいしいって、言わせたいって、欲が生まれてしまった。


「私のおいしい料理で、立て直してあげる。だから、叶えたら私を幹部にして」


 ただただ、嬉しかった。だから私は、あなたの望みを叶えてあげる。そして、私の望みを叶えてもらう。


「……幹部、だと?」


 しばらく考え込んでいた魔王が口を開く。

 ヒィッ!! 声低! 怖!! シチューみたいな魔王に戻ってほしい。


「何が目的だ」

「今後ここで生きていくうえで、安全な身分が欲しいだけよ」


 魔王の威圧的な雰囲気に押されそうになりながらも、間髪入れずに言い返す。

 だって、本当にそれだけなのだから。なんなら付け足しただけ、みたいな。魔族を滅ぼすとか聖女に復讐とかいらない。やらない。何者にも害されず、半永久的に料理が作れればそれでいい。


「だが、それは俺との契約であり、お前は単なる構成員になる」


 大げさな言い方。雇用契約を結んで社員になる、の間違いでは。

 と脳内でつっこむ。この雰囲気で、実際につっこめたらコミュ障やってない。


「……つまり、お前の味方はここに一人もいない」


 魔王は初対面のような、読めない瞳で、私をまっすぐに見据える。


「っ結構よ! そもそも人間のせいで敵陣の中に放り込まれているのに、味方もクソもあるもんですか!」


 飲まれずに、はっきり言ってやった。そうよ、どうせ私はひとりぼっち。人間界に戻ったところで罪人だし、魔界にいたら生贄よ。

 と、半ばやけくそでいたところに、魔王が立ち上がる。


「……場所を変えよう」


 より一層低い声が鼓膜に響いて、一気に頭が冷める。これが、蛇ににらまれた蛙の気分なのか、と魂が抜けかけながら思った。

 このまま処刑場とかに連れて行かれたらどうしよう。社員なら俺自ら首を(物理的に)切ってもおかしくない、みたいな感じで。

 あれ、もしや、取引失敗?

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