58. オルトロスは魔王の
数日後、魔王が倒れたというのをギガンテスから聞いた時、やっぱり……と思った。
四天王の一人が裏切ったと思ったら、急に聖女が来て、天候が一変。魔王城は半壊、失業者多数。人間側にこのことが知られるのは時間の問題で、それまでに殿下と魔法使いを説得して返さなきゃいけない。さすがにオーバーワークすぎる。人間を恨んでもいいと思う。ものすごく労ってあげたい。
「食欲があってもなくても嬉しいもの……」
こんな時だし、なるべく材料のいらないものがいい。でも大前提としておいしくなきゃダメ。となると。
「……緊張するわね」
いや、私のバッグの中には例のアレが入ってるんだから。何も怖いものはないわ。
と、荘厳なドアを開けた。中は案外普通な部屋だな……なんて思ったのもつかの間。
「「ガルルルゥ……。クゥン」」
真ん中にあるどでかい毛玉から轟音が。一瞬びっくりしつつも、黒い眼玉がぎょろりと動いて、急に尻すぼみになった。
「オルトロス……?」
「「バフン」」
そろりそろりと近づけば、真ん中で魔王が眠っている。まさか犬をベッドにしてるなんて……。体をマットレスに、尻尾を布団に。なんてファンタジー。……これがいかつい四天王じゃなきゃ。
「魔王は寝てるんだから、静かになさい」
魔王は青白い顔で死んだように、静かに眠っている。オルトロスの心臓やら息遣いがうるさくないんだろうか。寒くなさそうなのはいいけど。
落ち込んでいるオルトロスを、なんとなくそのまま魔王も撫でる。サラサラだけど、少し硬い黒髪。
「ヒュッ」
これなら起こさず置いていくだけの方がいいかもしれない、と手を止めたところで、今まで静かだった魔王が息を詰まらせる。顔をゆがませ、白い顔がもっと白くなる。
「置いて逝かないで……」
焦点の定まっていない目で、私の腕を掴んだ。あどけなくて、小さい子みたいな顔で、
「一緒に、いさせてよ……」
そう呟いて、涙がつぅっと流れた。
魔王はグリフォンに、似た者同士だと言っていた。もしかして、昔の夢でも見てるのかしら。
「魔王様。大丈夫よ、もう大丈夫なのよ」
掴んできた手を優しく撫でて離させて握り返す。左手は魔王と繋いで、右手で撫でる。せっかく勝ったんだから、いい夢を見てほしい。昔の辛いことなんて思い出さないで。
「うん……」
しばらくそうしていると、また眠り始めた。
「んん……」
上半身だけを起こして、オルトロスのしっぽで目元をこする魔王。起きたらしい。そういえば、他人の部屋を訪ねる経験が少なすぎてノックもせずに入った上に勝手にお邪魔してるけど大丈夫かしら。
「エリザベスか……」
「えっと、その、寝込んでるって聞いてお見舞いにプリンを持ってきたの」
本来の目的を果たそうと、肩にかけていたバッグからカップとスプーンを取り出して渡す。魔王は素直に受け取って、掬って食べ始めた。
スタンダードなプリン。材料はたまご牛乳、砂糖だけ。凝った作り方もしてない、素朴で硬めのやつ。
「……うまい」
「それはよかった。気に入った?」
コクコクと頷く魔王。頬に赤みが差してきたのもあって、なんかかわいい。元気になったらもっと食べさせたい。こんな小っちゃいのじゃなくて、もっと大きな。
「バケツプリンとか作りたいわねぇ」
「バケツ……?」
口に出ていたらしい。まあいいか。別に知られて困るものじゃないし。
「そう、バケツの大きさのプリン。私一人じゃ消費しきれないから、作ったことないの」
そう言うと魔王は目を輝かせた。そうよね、この美味しいのがおっきくなれば嬉しいわよね。
「作ればいい。俺が全部食おう」
「そうね。治ったら作ってあげるわ」
おかわり、または私用に持ってきたプリンをオルトロスの口に半分ずつ放り込んでやる。即無くなって、上目遣いで見つめられた。気に入ったようで何より。もうないわよ。オルトロスを順番に撫でて、魔王の方を見るとまだぼーっとしていた。
「お疲れね。人には抱え込みすぎだとか言って、自分はどうなのって話よ」
「ほんとだな……。あの人にも、怒られてしまった」
自嘲するように呟く魔王。でもほんのり笑っているようにも見えて。
「ねぇ、あの人って……」
「「バウバウ!!」」
「ああ、もう寝る。心配をかけてすまないな」
何やら心配している風なことを言ったらしい。そういえば、魔族同士だと獣化形態でも会話ができるのは何故。
「エリザベス、ありがとう」
「え、ええ。ゆっくり休んで」
「ああ」
プリンカップを回収して、魔王の部屋を出る。
……タイミングが悪くて聞けなかったけど、あの人って、一体誰なのかしら。




