56. 元悪役令嬢が物申す
息を呑む聖女の横で殿下やお供達がうるさく騒ぐ。やれ「そんなに粗暴な口調だったのか」だの「スピカをいじめるな」だの……お黙り。
コミュ障発動してビビっちゃうでしょ! 私が! 人間相手って久々なんだから!
「……ぁんた達が私を断罪した後、死にたくなかったから交渉したのよ。料理を作らせてって」
思い返してみれば交渉というか言い争いというか。魔王が遠い目をしている。騒いで喚いて最終的にはシチュー作り始めたものね、私。
「私はごはんを食べさせるのが好きで、私が食べられるのなんてごめんだったから」
それから契約して、部屋で一人疲れ果てて、翌朝の初出勤で遅刻した。
「もちろん、魔族に色々されたわ。作った料理を床に捨てられたり、唾かけられたり、殺されかけもした!」
横を向いて口笛を吹くジョン。まだ忘れてないからね。
「でも、だからって相手だけを責めようなんて思わない。ちょっと考えれば嫌われている原因なんてわかるから。自分が進むと決めた道だから」
ずっとイライラしていたことも聖女に言ってやる。
「あんたはどうなの?」
国の権力者と距離が近すぎる謎の平民なんてやっかまれるに決まってる。なのに聖女ときたら、被害者ぶって殿下に守ってもらって、私を断罪して。一番ムカつくのは、この世界で生きた記憶もないのに、周りに言われるがままに聖女になって。
これがゲームならしょうがない。だってそうじゃなきゃ話が進まないから。
「少しは自分の頭で考えてみなさいよ!」
でもあんたもこの世界に生きてるんでしょ??
「どうせ手薄な時間を教えてもらってきたんだろうけど、そもそも今はもう大抵の魔族は退勤後だしお夕飯時なのよ!」
セシリオからして非常識よね。私が仕事大好き人間だからよかったけれども。一日中働いた後の人間を殺しに来るとか心が無いのはそっちの方でしょ。魔王なんて気遣ってくれる上にタイムカード切ったことにまで怒ってくれるのよ?
「……ご、ごめんなさい。エリザベス様が、悪いと決めつけて」
つい数時間前のことにも腹を立てていると、聖女が泣き出した。こういうのが一番困る。殿下は聖女を慰めて守ろうとして拘束魔法で動けずもがいてるし。
「私が無実を証明できなかったのが悪いし、だとしても侯爵令嬢として窘めるべき立場だったことは分かってる。だから、そこに関しては別にいいの。私は、そのはりぼての正義感で大事なお客さんたちを傷つけられて怒ってるの」
魔族と人間の因縁がそう簡単に解消できるとは思わない。争いの終結方法だってわからない。でも、私は魔王の従業員で友達だから。魔王を倒して、私のごはんを食べてくれる魔族を滅ぼさせなんてしない。
「ひとまず停戦しましょう。こっちは防衛していただけなんだから、そっちが手を引いてくれればいいわ」
人が真面目な話をしているのに、えぐえぐといつまで経っても泣き止まない聖女。一発殴ってやろうと思ってたのに、なんか現時点ですらオーバーキルな気がしてきた。
「……」
どうすればいいのかわからなくて、おにぎりを渡してみる。魔王が聖女の拘束魔法を緩めると、匂いを嗅いでから食べ始めた。動物か何か?
「っぐ……うわぁー! えっ……えぐっ……えっ」
そして泣き止むどころかさらに激しく泣く。絵面が悪役令嬢すぎるかもしれない。あと、泣きながらおにぎり食べてるシーンって……デジャヴ。
「最近、何かが変わった気がして不安に思っていたんです。私って正しいのかなって」
う、うん?
あの、口に米粒ついてますけども。
「やっぱり違いました。っ私、まだ何も知らない。私は、私でいたい!」
聖女がそう告げた時、パキンと鋭い音がした。聖女の体が発光して、胸元から光の玉が飛び出す。謁見室の天井を突き破り、数秒もせずに遠くから爆発音が聞こえた。
「っ!?」
何か秘密兵器でも隠し持っていたのかと身構える。魔王が聖女にかけた魔法を強めた。
けど何も起こらず、空いた穴から不自然な光が漏れている。思わず上を向くと、そこには
「……え?」
常に曇っている不毛の地、魔王城の夜空に月が輝いていた。




