40. 巨人は大変だ
「そのっ昨日は……」
ドアを開けたのはギガンテス……ではなく魔王だった。紛らわしい。今か今かと待ちわびていたのに。
「はぁ……どうかしたの? お腹空いた?」
「俺はあくまで補助をしに来ただけだ」
そう言うと魔王は廊下の方を振り返って何かを引っ張り始める。
「おい、ギガンテス。お前が行かないと意味がないだろう」
「……」
「ここまで来たのに逃げる気か?」
なんて声まで聞こえてくればもうそろそろ状況が掴めてきた。大きすぎて壁だと思ってたけど違かった。ギガンテスは一人で来るのが怖くて魔王に助けを求めたらしい。気持ちがよくわかる。私は求められる友達なんていなかったけれども。
「大丈夫だ、怒っていても俺がなんとかする」
え、なぜか怒ってると思われてる? しかもそれを怖がってギガンテスは入ってこないの?
慌てて廊下に顔を出すと、ギガンテスはわかりやすく逃げようとした。それを押さえつける魔王。
「怒ってないわ! 直してくれてありがとう」
「……」
逃げようとしていたギガンテスがピタッと止まった。けれど、やっぱり何も返ってこない。
「……ああすまない。まだ拡声魔法を使っていないもんな」
気まずい沈黙の中、魔王がギガンテスの喉元に魔法陣を出した。
拡声魔法?
「壊してしまってすまなかっタ。力加減を間違えてしまっタ。反省してイル」
ギガンテスは頭を下げて謝った。それだけで風圧が起こる。
というか、喋った。ギガンテスが喋った。
「ギガンテスは声が小さいんだ。本人も俺も気づいたのは昨日なんだが」
いや、なんで昨日なのよ。
……これどっちも悪くないかもしれない。コミュ障な人間と小声すぎる巨人が関わろうとしたら意思疎通ができなかっただけだわ。
「ええっと、それで、昨日は何の用事があったの?」
「試作してるラーメンが、食べてみたかったンダ」
ギガンテスは少しもじもじしながらラーメンどんぶりを指さした。
あのどんぶりを持ったのって、そういう。そして力加減を間違えて破壊したと。
「ええと、じゃあ食べる?」
いつまでも食堂と廊下の狭間で話していてもしょうがないし、席に案内しようとしたのだけれど、三メートル近いギガンテスが座れる席がない。
「あそこダ」
ギガンテスが指さしたのは昨日破壊され今日直されていた大きすぎるテーブルだった。とりあえずそこに座っていてもらって、私は厨房に戻ってラーメンを作る。
「……で、なんでついてくるの?」
「悪いか?」
「いや別に構わないけれど」
相変わらず厨房までついてきて料理しているところをじっと見てくる魔王を無視しながら、わかめを水につける。スープを温めて、麺を茹でる。
「これは独り言なのだけれど、昼間に人型以外がこれなくなった理由を聞いたの」
大きすぎる魔族のごはんを作ろうとするときは大量の材料が、小さすぎる魔族のごはんを作ろうとするときは時間と技術が必要。だからコストカットの時に一番最初にカットされたらしい。
その上、席とかも職員じゃメンテナンスどころか掃除することすらできず、食堂の奥に放置されていたのだと。
「ああ、知っている」
「……でも、よくないわよね」
魔王城の食堂なんだから、みんなが利用できるようにするべきなのに。
麺をスープの中に入れたら、ネギとチャーシューを切ってトッピング。戻したわかめともやしも。
醤油の匂いが身に覚えのない昭和なノスタルジーを感じさせる。
「よし、完成」
「早いな」
「ラーメンはそういうところも食堂に向いてるのよ」
テーブルまで持って行ったはいいものの、身長がとどかなくて代わりに魔王が乗せてくれる。大きいと思ってた魔王がギガンテスと比べると小さく見える不思議。
「おまちどうさま」
「いただきマス」
箸を持っても細すぎて無理、フォークを使って食べようとしてもうまくできない様子。
「……」
「食べづらいわよね。何かないかしら」
「大丈夫ダ。このまま食ウ」
ギガンテスはまるで湯呑かという感じで片手で持って、麺ごと飲み干した。
の、喉に詰まったりしない? 大丈夫?
「ウマイ。また食いたイ」
秒でなくなったラーメン。どうやら無事らしい。
「それはよかったわ。でも……」
「これはメニューにしないことにしたの」
巨人、どんぶり、席。忘れていた大事なことに、やっと気づけた。




