4. とろりおいしい
とりあえず、冷蔵庫を閉める。開けっ放しではいけない。
「食うつもりがないって、私、生贄なのに?」
「それは人間が勝手に始めたことだ。俺が欲しいとは言ってない」
魔王はあきれたようにため息をついた。そして部屋の端にあった踏み台に座る。いや、魔王がそんな汚いところに座っていいんですか? というかアンバランスすぎる……上に、これは、話が長くなる気が。厨房で料理もせず長話とか拷問だろうか。
「……あの、作りながらでもいいですか?」
悩んだ末に提案すると、魔王は眉間に皴を寄せる。怒らせてしまったかとヒヤヒヤしていたが、数分悩んだ後、「好きにしろ」とだけ言った。服装的にも寒かったからとてもほっとした。生贄らしい白ワンピース一枚はちょっと。
「それで、その、人間が勝手にとはどういう?」
調理器具を探しながら尋ねる。上の方にあって届かないのを、魔王がひょいっと取ってくれた。そして私に渡すとお礼を言う間もなくスッと踏み台の方に戻ってしまう。謎な人だわ。
でも、これで寸胴鍋ゲット!
「どうもこうもない。ただ、人間側が勝手に寄越してきただけだ。……あと、敬語はもういい。怖気がする」
怖気って魔王あんたね。確かに啖呵切った後に敬語になられてもって話ですけども。
「……じゃあ魔族は何を食べてるのよ」
お言葉に甘えてラフに尋ねる。ついでに調味料倉庫からホワイト缶とローリエを拝借。……おっ、カレー粉がある。まあ今回には使わないけれど。
「個体による。が、ほとんどは人間と同じだ。人間は飢餓状態にでもならないと食べない」
「人間が主食なんだと思ってたわ」
「そんなわけないだろう。だったらもっと人間は減っている」
冷蔵庫からは鶏肉を出したところで、確かに、と思う。じゃなきゃ鶏肉じゃなく人間のぶつ切りとかが入っていたはず。うん、想像しただけでも気持ち悪い。いや、しかし。
「それにしてはあの犬耳たちが食わせようとしてたじゃない」
ふん、と鼻を鳴らしつつ、他にもじゃがいも、人参、玉ねぎ、ブロッコリーを出してきて。
「……食えば、魔力量が倍増するからだな。最終形態には、人間は必要不可欠だ」
んなレア強化素材みたいに……って本当にそうじゃないの。知らず知らずのうちに敵に塩送ってて大丈夫なの人間。というか、最終形態……。苦戦した覚えがある。難易度のために必要だったのかも、しれない。あれのせいで悪役令嬢は今こんな目に。
「ん? じゃあ、私を食べないといけないんじゃないの」
つまり、ストーリー通りなら悪役令嬢は食べられているわけよね。
「ああ、そうだな」
「でも、食べないの?」
「食べない」
件の包丁で玉ねぎはくし形に。トン、トン……と均一な音が厨房に響いた。じゃがいもは皮をむいて一口大、人参を乱切り。鶏肉も一口大。
「俺は、魔族を狩るような、人間と同列になんてならない」
いい魔王なのかと思っていたけれど、やっぱり人間は嫌いらしい。
と思いつつ、鍋にオリーブオイルを引く。人参、玉ねぎ、鶏肉を入れて、じゅうじゅうと炒める。料理の音が混ざると、物騒な会話も穏やかに聞こえるんだから不思議ね。
「それにお前は、魔族を嫌っているわけではなさそうだ」
じゃがいもと水を足した時、視界の端の魔王がホッとしたように口元を緩めたように見えた。肉の臭みけしにローリエも入れつつ、ふと考える。
確かに。怖いけれど、ぶっちゃけ前世の影響で人間の方が苦手かもしれない。
「嫌いでは、ないわね」
「……だから、お前は殺さない」
つまり魔族を憎んでたら殺されてた可能性があったわけ?
間一髪さに瞬きをする。いい匂いの野菜が現実に戻してくれた。
人参ジャガイモが柔らかくなったところでホワイト缶とブロッコリーを入れる。煮詰まった分、牛乳を少し足してとろみの調整。
「でも、私を食べないなら、」
ぐるる……。
私のお腹じゃない。ここには、一人と魔王しかいない。
「……それってお腹すかない?」
いくら魔王でもお腹を空かせているのはかわいそう。
少し恥ずかしそうな魔王を横目に、深めのお皿にとろりと盛り付けて。湯気と共にふんわりといい匂いが立ち上る。
「クリームシチューのできあがり」
たとえ私を食べないとしても、お腹が空いているなら別。本来の目論見通り、命の代わりに料理を差し出すわ。
……って、ん? あの、魔王、さん?