34. それごはんって言わない
「……本物の青空がないだろう」
「あおぞらって何? おいしいもの?」
おじいさんが眉を顰めてそう言ったのに間髪入れず聞き返すジョン。
いやだから、すぐに食い物と思うのやめなさいって……え?
「坊主、いつ生まれだ」
「えーっと、百年前くらい? よく覚えてない!」
「……そうか」
お爺さんは悲しそうに目を伏せて、黙ってしまった。
ジョンは、青空を知らないんだ。
「この天井みたいな空を青空っていうの。ジョンが知ってる空はくもりって言って雲で覆われてる状態なのよ」
「へー。よくわかんないけど、なんか青いと思った!」
アホみたいに天井の青空を見上げるジョン。ポロリと歯が落ちたから拾ってやる。絶対気にしてもなかったなこいつ。
でも、おかげで場が和んで、他にもどんな品種を育ててほしいかとか、足りないものはあるのかとかが話し合えた。
「じいさんがわりぃなぁ。ほんとは感謝してんだぁ。あの人、素直に言えねんだよ」
お土産に野菜を貰って地上に帰った。暗くなってきたことで廊下のランプにウィルオウィスプ……鬼火が入る。
「今日って結局何してたんですかー?」
「仕事に決まってるでしょうが。お昼くらいからラボに行ったり、さっきみたいに地下農園に行ったり……あれ?」
そういえば、お昼だったのに、研かつ部の誰もご飯を食べていなかったような……。
もしかして。
「ちょっと研かつ部に寄らないと」
「えっ?」
走って研かつ部へ向かう。扉をバンっと開けた。
「ちょっと、まだ魔法式しかできてないわよ」
「っはぁ、はぁ……。あんたたち、っいつ、ごはん食べてんの!?」
きょとんとする研究員たち。脈絡がない自覚はある、けど。私の予想が当たってるなら。
「今も何人かは食べてますけど……」
やっぱり!!!!
黄色いクッキーバーを見せつけられる。通称魔力バー。ホワイト企業に勤めてるくせにワーカホリックな魔族共の恋人。簡易栄養食。私の敵。
「それ! ごはんって! 言わない!!」
「え? 食事ですよ? ねぇ」
同意する研究員共。同意しないで。それは補助するものであって主食じゃない。
話を聞くと、ちゃんと昼休みはあるもののみんな”自主的に”研究しているらしい。ラボに冷蔵庫はあるものの、家で料理する時間も研究に使いたいから食べ物を持ってこないのだとか。さすが気狂いの集まり……。
「食堂に来ないわけだわ……」
となるとテイクアウトになりそうだけど、容器問題がある。この世界にプラスチックはないし、竹を輸入するんじゃ遅すぎる。使い捨てじゃもったいないし、とはいえ返却の手間がめんどくさい。それに運んでいる最中にこぼれないものじゃないとダメ。
「うーん、どうしよう。……ん?」
すぐには結論が出せずに悩んでいると、何かが足にぶつかった。
大量の、大きな瓶?
「あらら、転がっちゃいました。拾ってくださりありがとうございます」
「……ねえ、これ何?」
「私はウィルオウィスプ捕獲用の耐熱で軽いガラスを研究中でして。今は量産できるかどうかを試しているのです」
研究員さんは興奮した様子でいかに難しいかを語ってくれた。
耐熱性があって、軽くて、たくさんある。瓶ならこぼれずらいし、前世でジャーサラダとかあったような。
「それだわ!」
「……はい?」
結果として、魔王城の社員食堂でテイクアウト……お弁当が始まった。
何度か試作して完成したのは、しっかり冷やしたごはん、ちぎったレタス、細かく切った肉、濃い味のタレなどなど丼ものを瓶に詰めて、スプーンでほじくって食べるスタイル。
朝に何人分かの連絡をもらったらその分作ってお昼時にピクシーに届けてもらう。細々としてるから、作るときにも届けるときにも大活躍でピクシーを雇って本当によかった。
「オイラもお弁当食べたいー」
「……あんたはここで食べられるんだからいいでしょ」
食堂の外でも働くようになってつくづく感じる。ジョンが心底明るくて能天気なだけで、多くの魔族は人間との戦いで失ったものがあって、少しでも取り戻すために、聖女と戦っている。
魔族のためを考えたら、私は魔王に食われた方がいい。でも、こいつや常連さん、オルトロスやバジリスク、魔王は、最期の最期まで面と向かって言ってくることはないだろう。
「社食の問題が解決したら、本物の青空を見せてあげるわ」
「え、本当っすか!?」
「悪役令嬢に二言はないわよ」
「あく、やく? よくわかんないけどわーい!」
ジョンが頭を外して喜びを表現している。
聖女たちは今、どこら辺にいるのだろうか。バジリスク戦が終わった後ってことは、途中の村でまた新しい仲間を得たところだろうか。
*
「っくしゅん……風邪かなぁ?」




