31. 卵焼きとお味噌汁
「わっ!」
ドアを開けた瞬間にサッと素早く中に入ったバジリスク。電気をつければ、いつの間にか配膳カウンター近くの席に座っていた。小さい蛇の姿が見られたら困るとか?
「エプロン取ってこなきゃ。あ、バジリスク、あんた何か食べたいものとか……って言っても私蛇語わからないんだったわ」
蛇って何が好きなんだっけ。なんか鳥の卵とか食べるって聞いたことがあったわね。とはいえ生卵を出すんじゃ回復作用とやらはないんだろうし。こんなちっちゃい蛇なんだから、目玉焼きっていうのも。
「となるとスクランブルエッグ……? いや」
ここは我らが心の安寧、卵焼き母さんで攻めてみよう。
お弁当に入っている主菜、ハンバーグや照り焼き、はたまた白米が父ならば、卵焼きは優しく包み込み安心させてくれる母。狭い弁当箱でもなんのその。切れば解決、彩り綺麗。ついでに鶏肉も照り焼きにして出そう。甘いしょっぱいは正義。
「シュルシュルシャー」
一人で納得しながら冷蔵庫を開けて、卵と鳥肉を手に取れば抗議するように鳴かれた。食堂側にいるくせになんでわかって……蛇の第六感ってやつ?
厨房の窓から顔を出して、生がいいってことかと卵を持ち上げて聞いても首を振られる。今度は鶏肉を手に持ってみた。お、これで合っているらしい。
「……あんまりお腹空いてないってこと?」
どうやらそうらしい。肯定的なシュルシュルが返ってきた。
「わかったわ」
でも卵焼きだけじゃ味気ない。ここは照り焼きの代わりのしょっぱい枠として、味噌汁を追加。味噌も豆腐も輸入品だからメニューにはないけど……今日は特別。人型に戻ったら温め直して出してあげよう。
「よし……」
鶏肉は冷蔵庫行き。エプロンを縛りなおして、調理器具を取り出す。
用意する調味料は、砂糖、白出汁、ほんのちょっぴりマヨネーズ。私の場合はこれ。卵焼きは人によって個性が出るのよね。
ちなみにマヨネーズも白出汁もこの世界では無かったから残業中に作った自家製のものを使う。特に白出汁の再現が大変だった。今度ピクシーに大量生産してもらう予定。
「ええとお箸お箸」
チャッチャッチャッっとよく溶いて、調味料を加えていく。ネギも切る。
小鍋には煮干しのだし汁とネギを入れ、フライパンには油を引いて。ちょっと手をかざしてみる。充分温まったことを確認したら……行ってきなさい卵液。
じゅわぁー。
うん、いい音。そのうち表面がポコポコしてきたら第一陣を巻く。
「……いつも思うのよね」
卵焼きになら簀巻きにされてもいいって。あったかそうだし、美味しそうだし。
綺麗に巻けたら手前にコロコロ戻す。そして第二陣の卵液をじゅわわー。ちょっと持ち上げて、卵液を第一陣の下へ。この繰り返し。
「おっとっと」
沸いたお湯に味噌を溶いて入れる。最後に豆腐を入れて完成。
卵焼きは食べやすい大きさにカットしてお皿に盛り付ける。大根おろしを加えたい……けど試作用の大根がないから我慢。使いきれないし。
トレーに載せて、バジリスクの前に置いてあげる。
「はい、召し上がれ」
ガバッ! バクッ! ゴクン!
蛇が物を食べる瞬間を初めて見た。顎はどこへってくらいに口を開けて丸のみ。体のどこに卵焼きがあるのかわかる。収縮率えぐい。え、それ味わえてるの? やっぱり生卵の方がよかった?
「シュルルル」
あ、でもなんかこの反応はおいしいらしい。
少しホッとしたところで二つ目を食べようとしているバジリスクを眺めていると、ボフン! と音がした。
「……オルトロスちゃんの言った通りだったわね」
意外と冷静なコメントと共に煙が晴れる。え、待ってこの流れってまた裸……。
「私は鱗を変換させて服にしてるの。脳筋と一緒にしないでほしいわぁ」
じゃなかった。でもスカートは破れてるし、白衣は焦げてる。よくこんなボロボロ具合でいつも通り女王様な態度を……いや。
「……別に、強がらなくていいわよ。お疲れ様」
バジリスクは目を丸くして、泳がせて、そして大きなため息をつく。拳を握りしめ、どこか遠くを睨みつけた。やっぱり、案外同類なのかも……。
「ッグ! フグゥゥゥ!! あの馬鹿男ぉぉーー!!」
え? 男? 誰?




