29. そこには⬛︎⬛︎風景があった
「読んでください!」
「ねえ読んで!」
「明日も来るから!」
魔王からのアドバイス通りに毎日研かつ部のラボに押しかけ、研究員の人たちに「今日もお疲れ様です」と言われるようになった頃。
転機はやってきた。
「あなたもしつこいわねぇ」
いつものようにドアを閉められると思いきや、目の前で企画書を読んでくれた。
魔王ありがとう。そろそろ嘘なんじゃないかとか思いはじめててごめんなさい。研究員の人たちに羨ましがられながらもネチネチと嬲られ続けた甲斐があった。
「ふぅん…………チッ!」
分厚い資料が凄い速度でめくられる。舌打ちの後はより速くなり、ブツブツと早口で何かを言いはじめた。
ちょこちょこ聞き取れるのは、イラつく、雷の転用……光魔法……力魔法による破壊……。なんのことやらまったくわからない。呆気に取られているうちにバジリスクの情報の波がプツリと止んだ。
「で、何を育てたいの」
今度は白衣のポケットから出した羽ペンで虚空に謎の式を書きながら聞いてくる。自由すぎるわよ女王様。
「よ、欲を言えば全部。米が欲しいけど難しいだろうし、レタスとかで……」
レタスやトマトは現代日本でも成功していたのをテレビか何かで見た。だからそのくらいなら小規模だしできるかと思ったんだけど……。
「全部、ねぇ。この件預からせてもらうわ」
そうしてバタンと扉を閉められてしまった。あまりに展開が早すぎてついていけない。
「ああ……これは火が付いちゃいましたよ……」
もう三週間はここから出てきませんね、と話す秘書さん。天才ゆえの負けず嫌いだとかなんとか……。
ええと、つまり受け入れてくれたってこと? でもそんな簡単にできるものじゃないし、長期的に考えてたんだけど。
「とはいえ、この内容なら他の依頼も一緒に片付きそうでよかったです」
「依頼?」
「そうです。今女王様が抱えてますのは、食料供給、新兵器、転送魔法が主なのですが……」
んんん???
さらりと話してますが、全部解決したら世界が変わる案件では??
「女王様には珍しく難航しておりまして」
「いやそりゃそうでしょうよ」
女王様がラボから出てこられましたら呼びますと言われ、研究員の人たちに拍手で見送ってもらった。
「……で、もうその三週間ですよ。マチルダさん」
「まあバジリスクができるって言ったもんならできるだろう」
そんな会話をふと思い出してボヤいていた。マチルダさんだけじゃなく、魔王城全体のそのバジリスクへの強い信頼は何なのか。現代日本を知っている私は期待していないのだけれども。
さて、次はテーブルを拭い……。
「ふぁ?」
突然、眩しい光と共に魔法陣が展開され、中から髪を乱したバジリスクが現れた。呆気にとられている間に腕を掴まれ、魔法陣の中へ連行される。
え、何? どゆこと?
「ちょ、」
「舌を噛んでも知らないわよ」
ピシャリとそう言われて口を閉じる。眩しい光に目をつむれば、そこには、
────田園風景があった。
空がある。だけど床や柱がここを部屋だと告げている。でも、部屋の端が見えない。もはや田園の地平線ができている。
「まったく……地下施設を作る装置から作る羽目になったわ」
「え?」
瞬きを繰り返すことしかできない私の横で、バジリスクが淡々と説明してくれる。ここは魔王城の地下で、稲作用のブースであること。レタスやトマトが欲しければ、魔法陣の上にある魔道具に魔力を注いで別の階層に行けること。
「でもこんな大量なの収穫できな……」
「稲は魔道具が全自動で収穫するに決まってるじゃないの。他の野菜の収穫員も確保済みよ」
「ちょっっっと待って。頭が追い付かない」
小娘にはこの説明でも難しかったかしら、と鼻で笑われる。いや、小娘じゃなくてもこうなる。
何、この蛇女、三週間で栽培施設とエレベーターと農業魔道具作ったってこと??
「……じゃあ、私は”聖女”とかいう小娘をいたぶってこなきゃだからぁ。すぐ帰ってくるから、思いつくことしかできないあなたはそこにひれ伏してでもいなさい」
とりあえず九十度頭を下げておく。バジリスクはそのまま行ってしまった。
爽やかな風が吹く、やけに明るい施設で、一人ポツンと立っている私。
えぇ???




