24. 魔王はよくわからない
嫌な沈黙が落ちる。オルトロスのお腹の音が恋しい。
食後のお茶でも入れようかと、休憩室に行こうとしたところで、手を掴まれた。私の腕が小枝に思えるほど大きな、魔王の手。
「……まずは、ありがとう」
お礼を言われるのは、これで二度目。一度目は、ハンバーグの時の小さい子供みたいな、思わず溢してしまったようなありがとうだった。
「おかげで、オルトロスが苦しむ期間が短くなった」
私はただ、お腹を空かせてるのなら食べさせたいという私利私欲で動いただけで。お礼を言われるようなことはしていないから、少し落ち着かない。
「お前は、俺の想像以上に魔力が強かったんだな」
……は?
予想もしていなかった言葉に、耳を疑う。
「っそ、そんなわけないじゃない!」
叫ぶような声で掴まれた手を振り払った。突然の拒絶に魔王が目を見開く。
でも、本当に、そんなわけない。
……エリザベス・カートレットはとても弱い設定だった。侯爵家の生まれということもあり、魔力量を期待されていたのに、判別の儀で出た数値は0。それ故に王太子との婚約を破棄されかけるが、彼女の片想い、つまりはわがままによってその地位を維持し続ける。どうにか権力で魔法学校に入ったものの、成績は最悪。その嫉妬から、聖女をいじめる。
「私、魔法使えないのよ?」
私が転生しても魔力量は変わらず、家の権力争いのためにその地位を無理やり維持していた。たとえ設定通りだろうと、私だって劣等感を感じていた。
「……魔王城の至る所は、魔力を込めないと使えない仕組みになっているはずだが?」
信じられないとでもいう風に言う魔王。
駄目だ、意味が分からない。信じられない。でも、魔王が嘘を言っているとも思えない。
──もういいやと全部ゲロると、衝撃の事実が判明した。
「……出力が下手なだけ!?」
どうやら魔法を通して使うのが苦手だっただけであり、拳や料理に対しては発揮されるらしい。今まで使えなかった分の大量の魔力が蓄積されており、雑魚とはいえラストステージ手前のスケルトンや四天王のオルトロスをワンパンしてしまったのは、このせいだったのだとか。
「そんな、急に知っても……」
自衛できないことには変わりないんだけども。私の魔力は溜まってしまっているから見えないらしく、魔王でさえ料理と回復した姿を見て初めて気が付いたのだし。
「そうだな。だから、あまり魔族の多いところに行かないでほしい。これが話したかったことだ」
不安を感じ取ったのか、淡々と言う魔王。もっともな話だ。でも……。
「たとえお前が魔族を怖く思わず、辛く当たられるのを受け入れていても、危険なことに変わりはない」
声色が柔らかくて、少し泣きたくなった。
「……俺は人間を食うつもりはない」
「だが、お前を食うのは俺であることも、忘れないでほしい」
魔王の真っ赤な瞳に射抜かれる。最初はあんなに怖かったのに、最近はなんだか、気弱く優しい瞳に思えるのが不思議だ。
「でも、表に立たずにいるのは無理よ」
魔族と関わらなければ、私の目的は達成されない。それに、食われずにいたとしても、聖女が勝ってしまえば、魔王は死ぬ。そうしたら私は罪人に逆戻りだ。
「……これを預けよう」
少し悩んだ後、魔王が首元から取り出したのは、指輪が通してあるネックレスだった。
「俺が長年つけていたものだ。お前に何かあったとき、助けになるだろう」
それは魔王に似つかわしくない、女性のつけるような華奢な指輪だった。
「……恋人のとか?」
「いいや。……母親の、形見だ」
懐かしむような横顔に胸が痛む。
魔王も、大切な人を亡くしてるのね。きっと、人間のせいで。
「そんな大事なもの……」
「お前を守ることは、最終的に魔族への保険につながる」
言っていることは魔王らしいのに、つけてくれる手は優しくて。魔王は、ずっとそうだ。怖いのか、優しいのか、よくわからない。
胸元の指輪が、じんわりと暖かく、重かった。




