20. もしかして : 私、強かった
「エリザベス、ちょっとこっち来ておくれ!」
「マチルダさぁん、銅貨がもうないんだけどーー!」
「タバサさん! ちょっとこっち手伝ってくれないかしら!?」
「こっちはいいから、ハナさんはあっち手伝ってきて」
ああもう目が回りそう。誰かを呼べば、逆に自分が呼ばれる。もう猫の手でも借りたい。
……お客さんが、多すぎる!
「うっ、売り切れです!!」
ああ、なぜこんなことになったのだろう。
チラシ作戦はそこそこうまくいっていたのに……。
あの後、バラまかれたチラシによって少し騒ぎが起きた。
*
紙が当たったり、踏んだりした人がみな足を止める。どこからともなく、食堂、クーポン、生贄という単語が聞こえてきた。すると、ざわめきはどんどん増していき、人だかりも増えていった。
もう配るものもないのだから……と去ろうとしても人が多すぎて動けない。もうどうしようかとジョンと一緒に手ぶらで立ち尽くしていたら、急にピタッと静かになった。
「騒ぎの原因は貴様か、生贄」
「おうおうおうおう、テメェふざけてんじゃねえぞ!」
目の前の道が開けて、脇に寄って一列に並んでいる魔族はみんな下を向く。いつの間にかピクシーはいない。ジョンなんてバラバラになりやがった。
「人間のくせに、目障りだな」
「いっそこの場でしとめてェ……」
オラオラしている方に、胸倉をガッと掴まれる。
……これは、なぐ、られる?
「ふざっけんじゃないわよ!」
気が付けば、拳と腕を下から振り上げていた。ガッ! と鈍い音がする。なんか、硬いのに当たったな。
ふと拳を見たその時、二つの風圧が起きた。床に倒れているオルトロス。
いや、殴ったのは一人だけなんだけど……痛覚一緒なの? ってそうじゃなくて。
「お、おーい……」
ペチペチ叩いてもワンともクンとも言わない。
少しの変な間の後、ものすごく大きなどよめきが起こった。さっき髪を掴んできた奴が私の靴を舐め始めるし、一応受け取ってくれた人が逃げた。
「そ、そこのレイス、ちょっと回復魔法使えたり……」
レイスは消えて逃げた。
今、とってもまずいのかもしれない。
「……何があった」
心臓マッサージをしようとしたところで、とうとう魔王までやってきた。周りの魔族たちが平伏する。
焦ってるってわかられたら私が殺ったことになる!
「正当防衛よ! そ、そしたら多分顎に当たっただけで」
「アッパーカットか」
必死にとりつくろって強気に答えたのに、冷静にそう言う魔王。
技名か何かだろうか。そんなのより塩分カットのがいい。
「……死んだ?」
「な訳あるか。ただの脳震盪だ」
魔王は魔法陣を出すと、ささっとオルトロスを転移させてしまった。多分医務室にでも送ったのだろう。周りの魔族はいまだに平伏したまんま。その中で棒立ちしている私。
……気まずい。
「エリザベス」
「何よ!」
一仕事終えたらしい魔王が私を呼ぶ。き、謹慎だけは勘弁してほしい。これは不可抗力。私、悪くない。
「あとで、話がある」
内心ビクビクしていると、魔王はそれだけ言い残して自分も転移魔法で去っていった。意味深すぎて怖い。
放心しかけながらも、バラバラのジョンをかき集めて食堂に帰った。けれどそれが、何も語らず去っていく強者の図になってしまったらしい。
四天王オルトロス様を倒した生贄が、食堂で働いている。クーポンを拾ってしまったものは、行かなければ殺されるんだとか。
魔族たちの間でそう語られていると知ったのは、次の日の朝、ジョンが走って伝えにきてからだった。
*
「お疲れ様。今日はあんたも早く帰んなよ」
「ふぁい……」
就業後、雑巾を持ったまま、だらりと俯いていると同じく疲れた声をしたマチルダさん達が帰っていった。
づがれた。でも、このまま新メニューも出せば今日来てくれた人を掴めるかもしれない。一応いくつかの構想はある。この間は鳥肉だったから、今度は豚肉で……。
ガラガラッと扉の開いた音がした。もう守衛さんがきたらしい。結局考えこんじゃったわ……。
さっさと立ち上がって今帰ると言わなくては……と思ったところで、頭の上の生暖かい空気に気づく。
フーフーフーフーフー。
ハッハッハッハッハッハッ。
うん?




