2. ざわつく魔族たち!
「魔王様になんて無礼な!」
「喚くな、人間がァ!」
ヒィッ! 怒ってる! 治安悪い!
多分双子の茶髪共が口を揃えてそう吠えた。ふわふわの犬耳にはバチバチのピアス、軍服のようなものは着崩されている。魔王とはまた別ベクトルの怖さ。
……でも大丈夫。コミュ障は知っている。別世界の人間は案外怖くないのよ。実際は集団の中や同じくコミュ障と喋らなきゃいけない時の方が無理だって。
「こちとら人間社会から追い出された生贄よ! 礼なんて持ちあわせてないわよ!」
「じゃあ生贄がァ! とっとと食われろ!」
「お断りよ! 食べるなら料理になさい!」
あああああ口が勝手に。でも、なんか、会話になってる。
双子の長髪の方が目を見開いて、短髪の方は口をパクパクさせている。うん、自分でも横暴な自覚はある。
「……あらぁ、あなたの料理が、生贄ほどの魔力量を有しているというの? ……だとしたら、興味深いわねぇ」
そこに、蛇のような女性が口をはさんだ。ねっとりとした言い方で、舐めまわすようにいやらしい視線でこちらを見てくる。
ひえっ。白衣とか着てるのが余計、こう、嫌。ホルマリン漬けにされそう。せめて、味噌漬けがいい。それか塩こうじ。
「私なんて食べられる部位がほとんどないし、そもそもこのまま食べても美味しくないわ。魔力量とおいしさ、どっちが大事なのよ!」
筋肉は固くてまずいだろうし、そもそも肉付きがいい方ではない。豚骨みたいにすれば食べれなくもないかもしれないけれど……さすがに知らないだろう。
震えを隠すように睨みつければ、意にも介さずクスクス笑っている蛇女。何笑ってんのよ。こちとら命の危機なんだから。
「……魔王様、これ以上は混乱を招きます」
あと一押しだと口を開きかけた時、茶色い翼の生えた男が剣に手をかけながらそう進言した。軍服はきっちり、帽子を深く被っていて顔がよくわからない。
え? 待て待て。食う前に殺す気? 勝手に活け造りにするとか踊り食いなのかと思ってた。
「っせっかくの生贄を情報も吐かせずに殺してしまうなんて、もったいないのではなくて?」
とりあえずはったりをかましてみる。実際はゲーム通りの内容しか知らない。割と自由度高めのゲームだった上に、聖女と全く関わっていないし。
「魔王様、許可を」
こっちの話を聞いていない翼男。周りの魔族が臨戦態勢に入ったところで、身構える。
どうしよう。というか全員なんだか偉そうだし、やばい奴らに喧嘩を売ってしまったのかもしれない。
「オルトロス、グリフォン。やめろ」
緊張が走る中、魔王の低い声が謁見室に響いた。
「「ハッ」」
サッと傅いた双子と翼男を見て、どうすればいいのかわからなくなる。いや、今がチャンスなのかもしれないと、畳みかけるように叫んだ。
「というか何? こんなちっぽけな生贄をキッチンに案内するのが怖いの? 魔王様が?」
周りの魔族や偉そうな奴らの視線が刺さる。それでも、一歩、二歩とにじり寄った。これでヒールを履いていたら威圧もできたのに。どうして裸足なのか。おまけにいかにも生贄らしい白いワンピースだし。
でも、とにかく食われたくない。
「さあ、私をキッチンまで案内しなさい! 話はそれからよ」
魔王は何も言わず、ただ静観している。
お願いだから勢いにつられて煽られて。武力行使に出ないで。
「……このまま食っても後味が悪い」
一言、マントを翻して玉座から立つ魔王。 こっちに近づいてきたと思えば、手の縄を外してくれた。その様子に、またしてもざわつく魔族達。
「足掻いてみせろ、小娘」
冷たい瞳は何を考えているのか読めない。でも、ひとまず死が少しでも遠のいたことに手のひらを握りしめる。
「ええ。お腹を空かせておいてちょうだい」
不敵な笑みでビシッと指さして宣言した。淑女としてはマナー違反だけれど、これは予告ホームランのようなものだから許してほしい。
……で、あれ、この魔王の胃袋を掴むには何を作ればいいんだろう。好き嫌いとか知らないし、材料も調理器具もわからない。とにかく、食われたくない食わせたいしか考えていなかった。どうしよう。