17. 首が一つしかないくせに!
────事件は突然やってきた。
「ここだ」
「おうおう、生贄がいんのはここかァ!?」
足で乱雑に開けられたドア。聞き覚えのある二人分の声。犬耳の双子。二組の瞳との間に、バチっと火花が散る。
「いたな」
「んったく手間かけさせやがってよォ! 迷っちまったぜ」
そういえば魔王が気をつけろとか言ってたわね、と走馬灯のように思い出しながらも、どうにか睨み返す。目を合わせるのは苦手、だけれども、こういうときは逸らした方が負けということも知っている。
「まだ営業時間前なのだけれど? 出て行ってくれる?」
何しに来たんだこの犬耳共……いやオルトロス。少なくとも好意的な理由ではない。なんなら殺意を向けられている気がする。
なにか身を守れるもの……。駄目だわ。手に毒消しポーションと布巾しかない。
「出ていくのはお前だ、生贄」
「ここは潰して、第三訓練場にするんだからなァ!」
「っまだ猶予は一年あるはずだけれど?」
これからここを立て直してぎゃふんと言わせてやるんだから。
じりじりと寄ってくるのに、負けじと布巾を握りしめながら一歩踏み出して言い返す。いざとなったらこの毒消しポーションをぶっかけてやろう。そしてその間に逃げよう。
「いやそれはない。次の会議で潰すよう進言する」
「俺たちがあの聖女の野郎をぶっ殺せば、魔王様も認めてくれるだろぉ!」
「じゃあ、今から鍛錬でもしたらどう? そんなこと言って負けたら恥ずかしいわよ?」
こ、怖くない。怖くない。前世の知識で、火力だけの魔王討伐編の序盤ボスだって知ってるし。というか、もうそこまでストーリーが進んでるのね。
「ハッ! 負けるわけがない」
「生贄が抜かしてんじゃねえぞ、ゴラァ!」
随分と自信たっぷりだ。確かゲームでもそんな感じのセリフから始まったから、倒した時に爽快感があったっけ。
「お前が魔王様をそそのかそうとしているのは知っている」
「俺たちはわかってるんだからな! 食い物とか卑怯だぞ!」
失礼な。食い物で釣ろうとなんてしてないわよ。そもそも魔王って食堂に来ないし。……いや、この間あげたカレーのことを言ってるんだろうか。でも単なるおすそ分けで。
「オルトロス! あんたここで何してんだい!」
「チッ!」「ゲッ!」
始業時間の鐘が鳴ると同時に、相変わらずドスドスと足音を立ててやってきたマチルダさん。オルトロス共もマチルダさんには弱いらしい。だからこんな時間に来たのか。
「……今日のところは帰る」
「首洗って待ってろよ!」
「ふ、二人で首一個しかないやつが抜かしてんじゃないわよ!」
捨て台詞に言い返してやる。これは、言い返せてるのだろうか。いやそういうことにしよう。
「エリザベス、何があったんだい」
フンと鼻息を鳴らしてから聞いてくるマチルダさんに安堵する。ああもう大丈夫だ。さすが魔王城のおかん。
「それが……」
「エリザベス様ー! アンケート持ってきましたよ~」
入れ替わりのようにジョンがやってきた。治安の悪い奴らを相手にした後だと、このアホさ加減に気が抜けるわね。
「あっ、さっきオルトロス様方とすれ違ったんですけどすんごい機嫌悪くて、オイラ死ぬかと……」
「同じく機嫌が悪くなる前にさっさと見せて」
ジョンのきったない上に誤字が多いのをどうにか解読しながら、アンケートの束をパラパラとめくる。
・たかぃ
・おそい
・あきる
・建ものがボロホ゛ロ
・時間が決まってるのがめんどくきい
まあ予想していたところだ。でも随分と……アンケート自体の数が少ない。
「あんたサボってたんじゃないの?」
「オイラこれでもがんばっ……。ちょ、エリザベス様、勘弁してください。食堂使ってる奴全然いなくて、知ってる奴に聞いてもこれしかなかったんですってぇ!」
あのオルトロスも迷ったって言ってたわね。四天王が社員食堂の場所を知らないなんて、ある?
「……これ、もしかして」




