16. 魔王、困惑する《裏》
「あの時は我を忘れてて……、その、ごめんなさい」
心配で見にきただなんて言えず、誤魔化すために咄嗟にジョンの件を出した。が、ここまで露骨に顔色が青ざめるとは思わなかった。さっきまで楽しそうだったのが噓のようだ。
「でも、ジョンはスケルトンだから、実害はなくて。手をあげたところを見てた魔族も常連さんばっかりだから大丈夫だと思うし……」
どうかお咎めなしであって欲しいとばかりのエリザベス。なぜ自分が処罰されると信じてやまないのだろう。
「魔族は実力主義だ。別にいい」
そう言えば、ホッとした顔をする。
まぁだからこそ、本当に危ない奴は来れないように、結界は張っておいたし、マチルダにも守ってくれるよう頼み込んでおいたわけなのだが。
「本当に、立て直すつもりなのか」
まさか、こんなことになるとは思わなかった。
確かにエリザベスの料理はうまかった。どこか、変えてくれそうな空気があった。だが、人間である限り、無理だと思っていたのに。
「……そうよ。た、確かにまだまだ始まったばかりだけれど、来週にはジョンがアンケート結果を持ってきてくれるし、私にだって案はあるの。だから」
こちらをきつく見上げてくる。
「別に、やめろとは言ってない」
食われたくない。自分の料理を食わせたい。食堂を立て直してやる。めちゃくちゃな生贄だ。そんなやつに、今更言うつもりはない。
「てっきり釘でも刺しに来たのかと思ったのに」
刺されたら困るのはそっちだろう。実際、俺も殺すしかなくなる。
人間は嫌いだ。殺そうと思えばいくらでも殺せる。親も、助けてくれた人も、仲間も、みんな……殺された。
だが、こいつだけは違う気がしている。殺したくないと、思っている。言えないが。
「あらそう。あのね、食われろとか言ってきた犬耳とか……四天王にうまいって言わせてやりたいの」
四天王の評議の結果で進退が決まることまで知ったのか。
不敵に笑っているように見せかけて、手が震えている。実は最初から、強がっているように見せかけてとても怯えていることをわかっていた……と伝えた方がいいのだろうか。いや、余計に警戒されるような気がする。
「犬耳じゃなくてオルトロス、な。あいつだって、別に悪い奴じゃない」
ただ、ジョンの件もあってか、それとも俺が気にかけていることに気づいているのか、最近エリザベスへの敵意を隠さないのが難点だが……。一番長い部下なのに扱いが難しい。
「それにしては暗い顔だけれど」
ポーカーフェイスが維持できていなかったらしい。
これはかなり、危ない。魔王として、必要以上に気にかけてはいけない。皆、憎き人間から土地を取り戻そうと、頑張っているというのに。
そう考えるとなんて返せばいいのかわからず、黙ることしかできなかった。が、エリザベスは何かを思いついたような顔をする。
「ちょっと待ってて」
「……?」
そうして休憩室の方に戻り、バタバタと何かを持ってきた。
「持って帰って食べようと思ってたんだけど……あげるわ」
ガラス容器に入った茶色のドロドロしたもの。これが、あのカレーというものか。
「ハンバーグ付きなんだからね! 超絶豪華よ」
濡れた布巾がかけてあるもう一つの皿も渡される。魔王がこんなものを持って城内を歩くことなんてできない。これは転移魔法で一度部屋に帰らなくてはならないな。鍋に移して温めればいいのだろうか。特に食う気はなかったのに、夕飯ができてしまった。
「……ありがとう」
二つの重みが、素直に嬉しかった。 思わずそう呟くと、エリザベスは嬉しそうに口角を上げる。
「温めて食べてよね」
「ああ」
とりあえず元気そうなことも確認できたし、戻ろうとしたところで、嫌な予感がした。俺の勘はよく当たる。
「まあ、その、なんだ。くれぐれも、気をつけてくれ」
「ん? ええ、もちろん」
……当たらなければ、いいのだが。




