10. みんな大好きなアレ
「あんた、いつからここに……」
さて本日は新メニューを作る日というわけで、いつもより早く出勤。今日の調理のためにも、通常業務を終わらせておかないといけない。
「あ、マチルダさん。おはようございます。あの、新メニューのことなんですけど」
泥のついた手を洗って、材料や調理手順を書いた紙を見せる。一応、二、三案あるけれど、できればこれを作りたい。
「かれぇ?」
マチルダさんが紙を遠ざけながら読む。ああ、胸がバクバクしてきた。
そう、カレー。学生食堂では看板のメニュー。野菜も肉も米も取れて、トッピングに揚げ物まで追加できる優れもの。大盛にもしやすい。
「……ほとんど具材がシチューと変わらないじゃないか」
にんじん、玉ねぎ、じゃがいも。ここら辺の基本野菜は同じ。米はリゾット系で使っているから在庫がある上に、備蓄もしてあるから余裕がある。カレー粉も初日で確認済みだ。だから、仕入先を変えずにできる。あとは、これが魔族の口に合うかどうか。
「なので、今日のシチューの枠で作らせていただけたら……」
昨日、材料の計算とかをしていてふと気づいた。明日のメニューに変更がない。使うための材料がない。つまり、マチルダさんは私が新メニューを作れるとは思っていなかった。または、案を出したところで蹴るつもりだったのだろう。
「……っぐ!」
けれど、この案に蹴る要素はないはずだ。シチューの材料と変わらず作れるように、お肉はチキンにした。竜のおじいさんも喜ぶだろうし、火が通りやすいから短時間で済む。調理場の占拠もしない。せっかくの料理の作れる機会を、無駄にしたくない。
「フンッ! や、やれるだけやってみな」
「っはい!」
嫌そうなマチルダさん。後ろ手でガッツポーズする私。第一関門クリア!
ひとまず今日の分の仕分けと下処理をしていると、後ろにマチルダさんが立っていた。え、何……。熊と鉢合わせたときは、確か、目をそらさずにゆっくりと後退して……。
「あんた、なんでやめないんだい!」
はい?
ちょ、やめて唾が飛んだ。ここ洗浄室。というかそんなこと言われても。
「……だって、やめる理由がないですから」
それに、何があろうと絶対にやめない。せっかく食堂係を勝ち取ったのに生贄戻りなんてごめんだ。なんかあの血の契約とかいうのも破ったらどうなるのかわからないままで怖いし。
「貴族のお嬢様だったんだろ。こんな泥付き野菜洗って仕分けばっかしてて、嫌にならないのかい!」
もう、私にはマチルダさんがわからない。いや、弱音吐いたら即首切るでしょあなた。仕事を教えてくれるのに、私をやめさせたいとは、一体……。
嘘言ってもしょうがないし、ひとまず真面目に答えよう。そしてさっさと下処理を終えてしまおう。
「頑固な泥は嫌いです。でも、仕事自体を嫌になることはないです」
正直、あの貴族社会の方がよっぽど嫌だから耐えられているところもあると思う。笑顔を張り付けながらの腹の探り合いに、泥よりもドロドロとした策略。コミュ障には生きづらい世界だった。
「だって、私がした下処理が、巡り巡っておいしいものになるんですから」
なにより、貴族社会はいくら頑張ってもおいしくならないし。
「人間界に戻りたくは……」
「ないです。死にたくないですから」
軽く会釈をして下処理に戻る。マチルダさんは黙って去っていった。何がしたかったんだ本当に。
「はぁ……、いや」
そんなことより、今はカレーの方が大事。
ふっふっふ、待ってろよ一週間ぶりの調理場ァ!
「まずは寸胴鍋を用意しないと!」




