1. 悪役令嬢、生贄になる
「私を食べるより、料理させた方が美味しいものを長く食べられるわよ!!」
薄暗くてカビ臭い魔王城で、お腹から声を出して啖呵を切った。
広い謁見室がざわつく。取り囲むようにいる魔族たちは、人型だったり獣だったり。圧に押しつぶされないよう、とにかく必死に舌を回し続ける。
「ああ、まずは自己紹介を。私はエリザベス・カートレット。元侯爵令嬢ですわ。お会いできて光栄です魔王様」
まったく光栄に思っていないけれど一応貴族令嬢としての矜持を見せる。手と心臓の武者震いが止まらない。優雅にカーテシーを……ってそうだ、両手が縛られてたんだった。早く外してほしい。
「おわかりの通り、今世紀の生贄です……が」
*
『エリザベス、君には百年に一度の魔族への生贄になってもらう』
(はい?)
生贄? 初耳ですが?
学期末の舞踏会。急に名指しされ、聖女を虐げた罪で糾弾された。
まあ身分剥奪、悪くて国外追放くらいだろうと思っていたのに。
『君のような悪女が、尊い贄になれることを光栄に思うといい!』
混乱している私を置いて、婚約者の殿下はそう言い放つ。
かっこつけた顔をぶん殴りたい。何が尊い贄だ馬鹿野郎。処刑でしょう、それ。
『陛下の寛大なお心に感謝しろ』
しかしながら、陛下……国一番の権力者に逆らうことなんてできず、あれよあれよという内に牢に入れられ、生贄として魔界に置いて行かれ。そのまま魔族に捕まって、魔王に謁見というか食う前の下見というか……。
いや、断罪自体はそこまで驚くべきことではなかった。だって、私には前世の記憶があって、ここが前世でプレイしていたゲームの世界だと知っていたから。
恋愛要素有りのRPGゲーム。記憶を失った主人公がイケメンやら美女に助けられ、なんやかんやあって異世界生活を満喫しながら魔王を倒すというやつ。
まあ全体的にはお決まり展開。けれど、ところどころ突拍子もないストーリーも存在した。例えば学園編でライバルの悪女キャラがあっさり断罪されて退場してしまったり……。
銀髪碧眼キツい顔。その、悪女キャラこそ私だった。
そうしていつの間にか首謀者になっていた。実際のところ、私はいじめなんて”できない”のに。
まず主人公に話しかけられてすらいない。取り巻きがいじめようとしていたのを必死に止めていたのをどうにか首を振って止めるので精いっぱい。
ほんと、筋金入りのコミュ障を舐めないでほしい。なにせ、前世でこのゲームを買った理由こそ、就活とかコミュ障の治し方のハウツー本を買いに行った中古屋で安くなっていたからなのだから。
結局本は役に立たず、面接は惨敗続き、履歴書を送っても音沙汰なし。やっと決まったのは地元の小さな食堂だったけども。
しかもその上、ウキウキの初出勤の日、店は、燃えていた。黒い塊になった職場を見て、一緒に私の中の何かも燃え尽きた。ついでに帰りに車に轢かれて死んだ。
はい、転生。……でもさ、生贄は聞いてない。知らない。意味わからない。ゲームでも断罪して第二章ハッピーエンドとしか描かれていなかったはず。
──ねぇ、私が、食材?? 前世で料理人になるはずだったのに?
*
「とにかくこの縄を解いて、厨房に案内してくださいません?」
押せているのをいいことに、そのまま睨みつける。
長い黒髪、真っ赤な目。羊のような角にギャルみたく鋭い爪は殺傷能力が高そう。おまけに重厚感たっぷりでなんか毛皮のファーがついた服。
ええ、魔王なんて全然怖くないわ。……いいえ、嘘。本当だったら今すぐお花を摘みに行きたい。そのまま三時間は篭っていたい。
……けど!
「私より料理の方がおいしいと、証明してみせますから。……ああ、もちろん材料は勝手に使わせていただきますけれど」
そう易々と食材になってたまるものですか! 私は調理する側よ!