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はじまり

 小説サークルの活動を終えた大学の帰り道、俺はニュースをヘッドホンから垂れ流しながらバス停まで歩いていた。


 何とも、最近窃盗が多いらしい。狙われるのは、八百屋、肉屋など食品関係のお店や、衣服や化粧品まで様々。共通していることは、現場には黒いヘドロのような未知の物質が残されていること。さらに最近未確認生物の情報もよく流れてくる。黄昏時に視線を感じて、よく見てみると巨大な黒い塊を見とか。

 さらに、不審者情報も流れてくる。黒ずくめの二人組が町を徘徊しているとか。


 胡散臭いニュースだと思いながら歩いていると、不意に背中を叩かる。振り向くと、そこには、幼稚園以来からの親友。伊阪武(いさかたけし)がニッコニコの笑みを浮かべて立ったいた。


「こりゃまた、地味な服装してんな。好きな女にでも振られたか?」


「うっせ、ほっとけよ」


 適当にあしらうと、武はジョッキで飲むようなジェスチャーをしながら一つ提案してきた。


「なあ、康介(こうすけ)。今日飲みに行かね?」


 俺は、行きたい気持ちもあったが、ぐっと堪えて本来の目的を伝える。


「パスだ。今日は、姉貴の墓参りに行く日って決めてんだ」


「そ、そいや前に言ってたな。なんか、悪かったな、無神経な事言っちまってよ」


「いいんだって、俺とお前の仲なんだし。なんなら、お前も付いてくか?」


「いいや、二人で話して来いよ。そっちの方が話しやすいだろ?」


「うい、じゃあ行ってくるわ。じゃあな」


「おう」


 親友に別れをすまし、バスに乗り込んで墓まで向かった。


 俺の姉、雨宮結衣(あまみやゆい)は、一年前に死んだ。正確に言えば死んではいない。家族旅行で行ったアメリカで行方不明となった。もちろん家族総出で、現地の優しい警察の人たちと探したが、見つかったのは、血と何かにまみれ、赤と黒に染めあがった姉が着ていた衣服だけだった。俺たち家族は服を持ち帰り、そして、埋葬した。


 姉が好きだった、オフィス街の中の公園墓地に一本だけひっそりと咲く、桜の木の下。今はお盆だが、確かに綺麗ではある、姉が好むのも何となくだがわかる。前回来たときは大学受験に合格した時だったっけ。


 俺は、水を変えたりとかした後、姉の墓に姉の好きだったスタバのコーヒーとミスドのポンデリングを供えて、姉と話した。


「俺、未だに彼女ができないんだよね。大学始まってもう五か月も経ってるってのに、周りがどんどん彼女作って、置いてきぼりにされちゃってさ。何でもいいから、俺を愛してくれる人とか現れたりしないものかなー」


「……」


「俺の好み、どっかで話したっけ?姉さんが好きってわけじゃないけど、そんな感じの雰囲気の人が好きなんだ。」


「……」


「いつか、絶対見つけてやるからな。姉貴を連れ去ったやつを…いつか、帰ってきてくれよ。」


「……」


 もちろん、返答なんて来ない。だが、思わぬ声が聞こえた。


「ニャー!?シャー!!!」


 突如、近くで休んでいた猫が毛を逆立て体を大きく見せて、物陰へと威嚇を始めた。


「なんだ?」


 猫に釣られ、俺も物陰の方をじっと見つめる。そうすると、蜃気楼でも起きているのか、透明な何かが空間を歪ませていた。そして、そこには黒いシミのようなものが見えた。姉の香水の近い匂いがしたかと思ったら、生ゴミとまではいかないが、独特な匂いが鼻をつく。熱中症警戒アラートも出る暑さだ。気づかず熱中症になっているかもしれないと思い、お供え物を回収して帰路に着く。


「それにしても、さっきのは何だったんだ?」


 独り言をぼやき、日陰を歩きながらバス停へと向かう。だが、ここでも異変が起きた。異様に当たりが静かだ。さっきまで、蝉の鳴き声が聞こえていたはずなのに、今は鳴き声がピッタリと止んでいる。さらにで言えば、人の行き交う足音さえ、何か魔法でもかけられたかのように聞こえなくなっている。体に悪寒が走る。ここにいたらマズイと直感した俺は走り出し、裏道に回る。適度に後ろを振り返りながら走っていると少し開けたところに出た。


「ふぅー、来てないみたいだ…な…」


 俺は見てしまった。


「えっ……」


 俺は、目の前のモノに恐怖を覚えた。感情と言うには生ぬるく、遺伝子に刻まれたかのような根源的な恐怖。目の前で、絶えずその体の表面を唸らせながら、眼のような器官でこちらを覗きこむそれは、地球上に存在してはいけないもののように感じる。形容し難い見た目で、現状の俺の言葉のレパートリーをもって例えるなら、泡立ち爛れた雲のような肉塊で、のたうつ黒い触手、黒い蹄を持つ短い足、粘液を滴らす巨大な口を持った化け物。正直、すぐにでも逃げ出したいが、腰が抜けて立つことも儘ならなくなっている。


 化け物が近づいてくる。声を出し人を呼ぶにも、恐怖から口が塞がって声が出せない。俺はただ地面を足裏で押し、尻を引きずりながら後退して化け物から逃げる。恐怖の感情を露わにしながら逃げる俺を、化け物はその巨大な口で何かを囁きながら追いかけてくる。


「k...…こu...…すけ……」


 硬いものが背中に当たる。振り向く先にあったのは壁。つまりは行き止まり。逃げ道はもうどこにもない。ゆっくりと、だが着実にこちらに迫る化け物の姿に、絶望しながら嗚咽し、涙を流す。


 もっと、生きていたかった。生死も、行方も不明になった姉の分も生きてやろうと、誓ったばかりだというのに。ああ、化け物の体が、もう俺の足に触れている。このまま食われて死ぬんだろうな……


 化け物の黒い触手が俺の背中に纏わりつく。ぬめぬめとしていて、ひんやりと冷たい。


 化け物の体が俺の足に乗る。既に主導権は向こうが持っている。


 化け物の口が俺の頬に迫る。もう、だめだ……


 目を閉じて時が来るのを怯えて待つ。ここで死ぬのだろう。そう覚悟していた俺のある意味の期待は、簡単にぶち壊された。


「ん!?」


 背中に纏わりついていたはずの気持ちの悪い触手が、いつの間にか腕に変わっている。


 体の上に乗っていた肉塊が、温かく、柔らかい胴体へと変わり。


 巨大な口は、人並みの柔らかな感触で俺の口を塞いでいた。


 形容し難い衝撃が体を襲い、驚きから目を開ける。視界に映っていたのは、人間の女性。それも結構な美人さん、俺の好きなタイプど真ん中の超絶美人だ。


 そして、女性は確かに俺が聞き取れる言語でこう言った。


「私は、こうすけ、あなたのことを愛してる。」


 脳の処理が追いつかない。化け物が俺を愛してるだぁ!?何かの冗談だよな?でも、可愛いのは事実だ。黒髪ロングのストレートにやる気が無さそうなジト目。スレンダーだが、出るべきところは出ている素晴らしい女性。第一印象は姉っぽいが、はっきり言って一目惚れだ…いや、化け物だよな?何とかして声を絞り出して、一先ず名前を聞く。


「え、えっと…その、お名前とかって…」


「私は、豊神奈(ゆたかかんな)。カンナって呼んでね?そうしないと、私、あなたの事…」


 化け物は俺の耳元に顔を近づけ、囁いた。


「食べちゃうかも…♡」


 目の前にいるこの素晴らしき女性が、あの化け物だということに脳が追いつかないでいると、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。


「動くな!」


 こちらに来たのは、銃のようなものを構えた二人組のサングラスをかけた黒ずくめの男たちだった。しかし、この状況で俺ができることは少なかった。


「助けてくださーい!!!」


「えっちょ!?」


「このままだと俺、食べられちゃうんですー!!!」


 精一杯、この状況を何とかしてくれそうな黒ずくめの二人組に助けを求めることだった。


「少年。君の救助は、私たちが引き受けよう!」


「食らえ化け物!対神話生物兵装:電気銃!」


 二人組が銃の引き金を引く。そうすると、銃口から青白い電気のようなものが、カンナの背中へと突き刺さる。


「イッターイ!」


 だが、軽い笑い声にも聞こえる下手すぎる演技は、通用するはずもなく、男たちは武器が通用しないことへ焦りを感じさせ、顔を強張らせた。


「嘘だろ…並大抵の神話生物なら深く傷を負う攻撃を無傷で済ますだと!?」


「今の装備では太刀打ちできんか。なら、力ずくでも!」


 もう一人の男が俺たちに接近した次の瞬間、カノンの背中にコウモリのような翼が生える。その翼で二人組を羽ばたきの風圧で吹き飛ばすと、カノンは俺を抱き抱えて上昇を始めた。


「あわわわ」


「しっかり捕まっててね♡」


 次の瞬間、体に浮遊感を覚える。人がまるで粒のように小さく見える。俺は、空を飛んでいた。


「おい!降ろせよ!」


「ダーメ♡というよりも、降ろしてもいいの?死んじゃうよ?」


 下に見えるのはコンクリート。落ちて助かるわけがない。


「じゃあ、せめてゆっくりと話し合える場所まで頼む。」


「それくらいならいいよ。私も康介と話したかったから。」

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