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あなたが言う恩を返しただけ

作者: 木蓮

「見てこれ! シルキーの新作よ!!」


 仕事帰りでぼんやりとしていた私は離れの前で待ち構えていた異母妹ラファルルリアに捕まってしまいました。甲高い声で延々と自慢をつづけられるのにうんざりした私は適当に返事をしました。


「そう。さすがは高位貴族の方々がひいきにされているデザイナーの方が作られたドレスね。とても素敵だわ」

「ふふっ、良いでしょ! 今度のお茶会でお父様が私のために呼んでくれた婚約者候補たちと会うの!! でも~、かっこいい方ばかりだっていうから1人になんか決められないし、皆に望まれたらどうしようかしら! ふふふふふっ!」


 ラファルルリアは私にとっても父であるキンド伯爵と長年の恋人の間に生まれた娘です。5年前に正妻だった母が離婚して家を出たことを機に正式に伯爵家の妻と娘として迎え入れられました。

 母に似て幼い頃から病弱(・・)で邸に引きこもっている私と違って彼女は健康で社交的な娘です。そのため、キンド伯爵は後妻の娘を正式に跡取りにすることを決め、今は彼女を支えてくれる婿を探しています。


「そうなることを期待しているわ。では、ごきげんよう」

「ま、待ちなさい!! そのイヤリングを貸しなさい!」


 住んでいる離れに張っている結界内に入ると、結界に阻まれたラファルルリアが大声で騒ぎます。

 私はうんざりした顔を向けました。


「これも貸してほしいの?」

「そう言ってるでしょ! 早くしなさい!!」


 この5年間必ず尋ねている物を貸すという確認(・・)をとると、短気なラファルルリアはイライラと噛みついてきます。

 私はため息をつきながらもいつも持ち歩いている携帯箱から魔術誓約紙を取り出して”貸した品名と日付”を書きつけてイヤリングを渡しました。

 欲にまみれた醜い笑顔を浮かべたラファルルリアは乱暴に奪い取ると華やかなドレスの裾をバサバサと音を立ててさばきながら帰って行きます。あれではせっかくのドレスが台無しです。

 その見苦しい姿にどっと疲れを感じながらも家の中に入ると、カレンダーを見ました。


「あと1月……」


 来月は私の15歳の誕生日です。そして、私の準成人の日でもあります。

 目を閉じてその時が無事に来るようにと祈ると、私は現実に戻って動き出しました。


―――


 私ソフィアはキンド伯爵の前妻の娘という名の居候です。

  伯爵家は現キンド伯爵が家を継いだ時には経済的に困窮していましたが。裕福なストライド子爵家の令嬢だった私の母が嫁いたことを機に子爵家の援助を受け、持ち直しました。

 しかし、キンド伯爵は家を建て直すために嫁いできた母を無視してひたすらに仕事に打ち込みました。

 家族への情はなくとも伯爵の仕事への情熱と手腕は本物だったようで。事業を成功させて伯爵家の財政は大いに潤いました。

 私が生まれるとキンド伯爵は完全に母をいない者として扱い、彼を長年支え続けてきた愛人の元に通い始めました。そして、私のわずか半年後にラファルルリアが生まれると「正当な跡取り娘への教育に使う」と称して、母の実家から母と私へ送られる援助金を奪い取って恋人たちに使うようになりました。


 自分だけでなく娘である私も”邪魔者”として扱われた母は私を連れて離婚することを求めましたが。伯爵はこの家の血を引く私を置いていくように命じました。そして

 ――この生き地獄から抜け出すチャンスとそのために犠牲になる我が子への愛で苦しむ母のやわらかな心を何のためらいもなく殺したのです。


『おまえたちは裕福な実家と我が伯爵家を食い荒らす寄生虫だ。生かされたいのならばそれだけの(お金)を返せ』


 その言葉に身の危険を感じたお母様は、私を連れて離れに引きこもってひっそりと暮らし始めました。

 しかし、お金に執着する悪魔が人の形をしたような伯爵は、大半の時間を過ごしている愛人母娘の元から気まぐれに家に戻るたびにお母様の元へ来ては『恩を返せ』と詰って、心ある使用人たちがくれたわずかなお金を探し出して奪っていきました。

 それでもお母様は幼い私を手離さず、伯爵とその手先の使用人たちの嫌がらせにじっと耐えていました。

 ……やせ細ったその頃の母は幼い私からしても細く感じましたが。それでも私を驚くほどの力で強く抱きしめて守ってくれた温もりとやわらかさに安心したことは今でもはっきりと覚えています。


 そして私が10歳になった時転機が訪れました。前世の記憶を思い出したのです。

 平和な世界で生きていた前世の私は母が大好きでした。その記憶が”父親”を名乗る不幸と悲しみをもたらす悪魔のような男に怯えながらも、愛する母を助けたい幼いソフィアの想いに応えて蘇ったかもしれません。

 ……そして、前世の記憶から私はこの人の生き血をすする悪魔が支配する伯爵家から母を自由にし、忌まわしい血を引く私も自由になる”復讐”を思いつきました。

 逸る私は母の元へ走って行き記憶が蘇ったことを話しました。そして、戸惑いながらも私を信じてくれた母に訴えました。


「お母様、どうかすぐにあの男と離婚してください。そして、私を置いて伯父様のところへ逃げてください」

「ソフィ! 何てことを言うの、そんなことしません!! 私がこの家を出て行く時はあなたも一緒よ。何をされようと私のかわいい娘をあんな男なんかに触れさせないわ! 大丈夫よ、ソフィ。お母様はずっとあなたと一緒にいるわ」


 お母様は私が誰かに脅されたと思ったのか、怒りと悲しみの表情を浮かべると私を安心させるようにぎゅっと抱きしめました。いつも私を一番に想う母に感謝をこめて抱きしめ返すと、私は顔を上げて目を潤ませたお母様に前世の記憶を思い出したことを話しました。


「お母様、私のことを想ってくれてありがとうございます。私、お母様も私もこの家とあの悪魔のような男から逃げて自由になる方法を思いついたのです。だから、お母様は先に逃げてください。そして、外の世界から私に手を貸してください」

「ソフィ……。でも……」

「大丈夫です、私、必ずやり遂げます。私が生まれるずっと前からお母様はずっと戦って私を守ってくれたのですもの。お母様の子どもの私もできます」


 お母様は涙を流しながらしばらく私を見つめていましたが、やがて「信じるわ」とうなずいてくれました。

 その後、私はお母様に思いついた”復讐”を伝え、覚悟を決めたお母様は嫁ぐ時に念のためにと持ってきた使い捨ての連絡魔道具で子爵家と連絡をとりました。


 お母様から連絡を受けたストライド子爵こと兄の伯父様は護衛たちを連れて伯爵が不在の時を狙って駆けつけてきてくれました。

 お母様にそっくりな優しい伯父様はやせ細ったお母様と私を見ると「すまなかった」と涙を流し、このまま子爵家に保護してどんな手段を使ってでも離婚を認めさせると言ってくれましたが。

 私は手紙でも知らせていましたが、伯父様に改めて私の”復讐”を伝えてお母様の保護をお願いしました。叔父様はそれでも私を連れて行こうとしましたが、覚悟を決めたお母様に説得されてようやく諦めました。


 ――そして、忌まわしい屋敷を去っていく馬車の窓から顔を出していつまでも私を呼ぶお母様の姿を目に焼き付けたこの時が、5年後に私が自由になるまでの長い復讐の始まりでした。


―――


 伯父様が来たと連絡を受けて愛人の家から伯爵が戻って来た時には、既にお母様たちを乗せた馬車は遠ざかっていました。

 怒り狂った伯爵はただ1人私が残る離れに押しかけてきましたが、伯父様が用意してくれたたくさんの魔道具のうちの1つの結界魔道具に弾かれて罵りの声を上げながら去って行きました。

 そして、お母様が逃げ延びてから数日後。伯父様は伯爵と話しあい(脅し)お母様の離婚を認めさせ、伯父としてこの家に残る私の待遇を改善させました。


 これは後で聞いた話ですが。伯父様との話しあいの際に頭に血がのぼったキンド伯爵は


「妻を返せ。そして嫁いでからも病弱を理由にろくに妻として社交もしないあげく、勝手に逃げ出して我が家に迷惑をかけた慰謝料を払え」


 と、見苦しく喚いたそうです。しかし、伯父様はそれを逆手にとって伯爵を脅しました。


「それはそれは、伯爵にも苦労をかけましたね。

 ただ、兄として言わせてもらうと妹はこの家に嫁ぐ前まではいたって普通の健康状態でした。婚姻を結ぶ前に神殿で検査を受けたから間違いありません。

 それに、妹が嫁いでからしばらくしても一度も社交の場に出て来ないことを心配して私も妹の友人たちもこまめに手紙を送って面会を申しこんでいたのですが。全員が療養(・・)という理由で見舞いすらも断られてしまいましてね。まあ、生真面目な妹のことですからきっと多忙な伯爵に気を遣っているのだろうと皆で言っていたのですが。まさか、こんなに長い間誰もが会えなくなる(・・・・・・・・・)とは思いませんでしたよ」

「そうだ、妻は娘を産んでから身体を壊してずっと療養していたんだ。妻として社交はしないのに家族や友人には会うなどとふしだらな行いを許せば我が家の醜聞になるだろう」

「ええ、その心配する気持ちはわかりますとも。

 私も他家の妻になったのだからあまりに口を出しても悪いと思ってろくに妹と姪の様子も知ろうとせず、せめてもの手助けになるようにとお金だけは送っていたのですが。本当に久しぶりに顔を見た妹とかわいい姪のあの痩せこけた姿を見て驚きましたよ。

 あれでは忙しい伯爵もさぞ心休まらなかったことでしょう。身内の私に相談してくだされば妹も姪もすぐに引き取って療養させたのですが。

 ……本当に情けないことですよ。かわいい娘が生まれても実家にも古い友人たちにも連絡すら寄こせないぐらい衰弱していた妹たちに気づかずに、ただ支援金だけを送って他人にすべてを任せるなどと。とんでもなく薄情な兄だと心から悔いています。

 それに私の不徳のせいで社交界の醜聞(・・)に巻き込まれかけてしまいましてね。ひょっとして伯爵も下世話な連中に何か言われましたかな?」

「醜聞だと? 何のことだ?」

「ええ。何でもどこかの頭の狂った、失礼、愛欲に溺れて理性をなくした貴族が、裕福な妻の実家からの支援金目当てに娶った正妻を監禁して、まんまとせしめた支援金で平民の妾を養っているという下世話な噂ですよ。

 しかも、その愚かな妾は『いずれ貴族の妻(・・・・)になるのだから、そのための準備だ』と言って、まるで成り上がり者のように贅沢な生活を送っているそうでしてね。

 正直私もそんなひどい話があるとは信じたくもないのですが。一部の我が家を妬む貴族が出て来ない妹と結び付けて好き勝手に囀っていまして。念のために調査をしようかと考えているのですよ」


 叔父様は世間話をするふりをしてキンド伯爵の愛人母娘の存在をほのめかして脅したそうです。

 そして態度をやわらげた伯爵に伯父様は”噂”を調べないことを条件に、この家に残る私の待遇改善と母の離婚を認めさせました。


 伯父様は私が伯爵の嫌がらせから守られることと、定期的に伯父様と会えるように取り決めてくれました。

 一番うれしかったのは伯父様の元で教育を受け、経営する商会で働かせてもらえることです。私は前世の趣味が無意識に活きていたのか手先が器用なので、装飾品に使う魔石の加工をすることになりました。

 これで散々お世話になっている伯父様から借りている生活費や復讐のためにつかう費用(伯父様はこれまで苦労させた分のお金だと言ってくれていますが)を返せますし、お母様にプレゼントを贈れます。

 私はお母様と別れて以来ずいぶんと久しぶりに幸せを感じて微笑みました。


―――


 お母様との離婚が成立してすぐに。キンド伯爵は私と伯父様に当てつけるように恋人とその娘ラファルルリアを妻と娘として伯爵家に迎え入れました。

 2人がやって来ると伯爵はわざわざ私を呼び出し


「この家は私のただ1人の娘ラファルルリアが継ぐ。おまえはただの居候だ。ルリアの邪魔をするな」


 と、かつて母と私を震え上がらせた冷たい声で命じました。しかし、前世の記憶を思い出して伯爵に対して”復讐”という憎しみが常に心の中で台風のように渦巻いている今の私は何とも思いませんでした。むしろ、こんな性根の小さい男だったかと拍子抜けしたぐらいです。

 愛人と異母妹のラファルルリアも私を馬鹿にしたように眺めまわして、下品な笑みを浮かべました。


「おまえが散々旦那様に世話になったのに、礼の1つもなく実家に逃げていったっていう最低な女の娘なのね。聞いていた通り卑しい顔だこと。これからは置いてあげたことを旦那様と私たちに感謝して母親の分まで恩を返しなさいよ」

「そうよ。私がお父様の娘でこの家を継ぐんだから。私の言うことを聞きなさいよね」


 私とは違って伯爵に愛されて暮らしているだけあって、愛人もラファルルリアも性格もキンド伯爵とそっくりのようです。私は2人をちらりと見ると「気分が悪くなった」と言って、騒ぐ3人を無視してさっさと離れに引き上げました。

 それからは愛人とラファルルリアは病弱を理由に離れにこもる私の元を訪れては嫌がらせをしてきました。

 しかし、私が伯父様のところに行くと煌びやかな宝飾品やプレゼントを持って帰って来るのを見つけると、使用人たちと一緒に待ち伏せて無理やり取り上げようしました。

 私はわざと怯えたフリをして「伯父様からもらった大切な物ですから」と言って煽り、伯爵から「伯父様には手を出すな」と言われている2人を挑発しました。


 しかし、伯爵によって湯水のごとくお金を使う贅沢な生活に慣れ切った強欲な愛人とラファルルリアが諦めるはずもなく。苛立った2人は使用人たちと一緒に私が喜んで渡す(・・・・・)ように威圧してきました。

 それを何回か繰り返した後。高価なダイヤモンドのブローチを胸に着けて帰ると、見下している私に反抗される鬱憤と物欲の我慢の限界に達していたところに輝かしい”宝物”を目にしたラファルルリアは、今にも私に飛びかかって来そうな殺気と狂気をたたえたまなざしを向けました。

 私はこみ上げてきた昏い笑みを押し殺すと無邪気を装って切り出しました。


「あら、ごきげんよう。ちょうどあなたに話があったのよ。このブローチとてもきれいでしょう。でも、私には着けていく場所もないし、かといってこんなに素敵な物をしまっておくのももったいないと思って。だから、あなたに貸して(・・・)あげようかと思ったのだけれど」


 ラファルルリアは私の嫌味に怒り狂ってぎゃあぎゃあと騒ぎ始めましたが。娘を庇うように前に出た愛人が蔑むような顔で手を出してきました。


「そうね。そんな立派な貴族が持つ品をおまえみたいなみすぼらしい小娘が着けていたら、キンド伯爵の品位が疑われるもの。いいわ、もらってあげる」

あげる(・・・)じゃなくて貸してあげる(・・・・・・)のよ。これにサインをちょうだい」


 一応言葉を訂正しつつ私は愛人に魔術誓約紙を渡しました。ラファルルリアは先にブローチを渡せと喚きましたが、愛人はさっと書面に目を通すとせせら笑って、まず自分がサインをし娘にもサインをさせました。

 無事に誓約紙を受け取った私は、愛人たち用の誓約紙の控えと外したブローチを遠くに放り投げ、離れの結界の中に逃げ込みました。


「気が変わったわ、そのブローチはあげる。せいぜい大事に使ってちょうだい」


 母娘たちはぎゃあぎゃあと騒いでいましたが、私は記憶が蘇った時のように逸る気持ちを抑えて家に入りました。そして、魔術誓約紙を私と伯父様にしか開けられない小さな携帯用の箱にしまいました。

 伯父様が「何からも守る」と自慢していた頑丈な箱を撫でると私はその頼もしい感触に勇気をもらい、これから起こるであろうことを想像して微笑みました。


 魔術誓約の内容は

 ”両者の合意の上で私が物を貸す。私が返却を求めた時にはすべてを元の状態にして返すこと。紛失や破損など何らかの事情で返せない場合は、貸した物の同等の価値あるモノ(・・・・・・・・・)を請求する”

 という、10歳の子どもらしい単純な物です。もちろん人から借りた物をきちんと返す、もしくは弁償すれば何の問題もありません。


「ふふふ、あの娘はこの伯爵家にふさわしい跡取り娘ですもの。きっと母親に似てどんな令嬢よりも美しく、父親が望んだとおりに自分の欲しい物をすべて手に入る幸せな(・・・)娘になるわ。その時が楽しみね」


 それからもラファルルリアは頻繁に私の元へ押しかけて来ては、私が身に着けている物を借りて(・・・)いきました。

 しかし、時々返すように言っても「この家に置いてやっている感謝料だ」と愛する父親そっくりな態度で怒鳴り散らすだけで、貸した物が返ってくることは1度もありませんでした。

 しばらくしてから私は諦めたふりをして返却を求めることをやめました。そして渋るふりをしながらも毎回ラファルルリアにきちんと魔術誓約だと確認をとって物を貸しました。

 自分好みの華やかな装飾品を奪うことしか頭にないラファルルリアは私の話をろくに聞かず、すべてを奪い取っていきました。


 ――そして、強欲な愛人と親にそっくりな娘はまんまと私と叔父様の”罠”にかかったのです。


 齢を重ねることに美しくなるラファルルリアは、愛娘のためには惜しみなく大金を注ぎこむ伯爵と将来の当主のために彼女の望みを叶え自尊心を持ち上げる伯爵家の人々によって、社交界では”美しく裕福な伯爵令嬢”として知れ渡っていきました。キンド伯爵家には婿入りの申し込みが殺到しているそうです。

 私はわざわざやって来る異母妹の自慢をほくそ笑んで聞きながら”復讐”が叶う日を待ち。


 ――ついにその日。お母様との再会を約束した15歳の成人の日を迎えました。


―――


 15歳の誕生日。久しぶりに私と伯父様と顔を会わせたキンド伯爵はこの世の嫌なものをすべて目の前に集められたというようにすさまじく不機嫌な顔をしました。

 伯父様は苛立ちを露わにする伯爵を無視して私を抱きしめて


「ソフィ、15歳の誕生日おめでとう。あの小さな君がもう準成人だなんて、本当に大きくなったなあ。妻たちやエレナがソフィを見て何て言うか楽しみだよ」


 と笑いかけてくれました。そして離婚してから会っていない前妻の名前に顔をしかめた伯爵に「これに同意のサインをいただきたい」とにこやかに魔術誓約紙を渡しました。

 ひったくるように奪って目を通した伯爵は怒りの形相を浮かべました。


「何だこれは! 準成人したからこの家から縁を切って出て行くだと!? おまえたち母娘は本当にどこまでも人から奪うだけで養ってやった恩も返さない、まさに財産を食いつぶすだけのろくでなしだな! こんな身勝手は許さん。今までこの家に置いてやったのだから、おまえは貴族の血を引く女として私が見つけた相手に嫁いで家のために役に立て!」


 ……私はキンド伯爵の醜悪な言葉に慣れていますので冷ややかな表情を浮かべて聞き流しましたが。優しい伯父様は今にも視線で伯爵を殺しそうな憤怒のオーラを放っています。

 私の代わりに怒ってくれる伯父様に感謝をこめてうなずくと、私は静かに口を開きました。


「いいえ。私は生まれた時から15年間1度も伯爵に“伯爵家の財産を使って養ってもらった”ことはありません。母と私がここまで生きることができたのは、私たちを気にかけてくれた伯父様と良心のある使用人たちが助けてくれたからです」

「親に向かってなんだ、その生意気な口の利き方は!! どうせあの女から嘘を吹き込まれたのだろうが、私は病弱なおまえたち母娘のために一切社交界に出さずに、今まで離れに住まわせて好きに過ごさせてやったんだ。

 それに、世間知らずのおまえは知らないようだが。私は夫人の仕事をしないおまえの母の分まで仕事で忙しかったんだ。私がおまえたちを気にかけないせいで少しぐらい不自由な生活をしたからといって、役立たずがえらそうに文句を言うんじゃない!!」

「さすがは長年伯父様たちを騙していただけあって、口だけはお上手ですね。でも、今さら私の前でそんな外向けの嘘をつかなくても良いですよ。

 伯爵は伯父様から私たちに送られてきたお金をすべて奪って、贅沢好きな愛人と正当な跡取り娘のラファルルリアを養っていたのでしょう。それが伯爵の愛情表現(・・・・)ですものね。

 愛する妻と娘を養うのに忙しいキンド伯爵がお母様と私が死んでもかまわないと放置したことも、私を役立たずと罵ることも、もう他人になるのだから許してあげますよ。

 ……でも、私を利用して優しいお母様から何もかもを奪い取ったあげく、まだ私たちに”寄生する”おまえたちは絶対に許さない」

「この役立たずの金食い虫がっ!! 黙っていれば調子に乗りおってっ!!」


 私は憤怒の形相を浮かべて私を殴ろうと腕を振りかぶった伯爵の顔にラファルルリアとの魔術誓約紙の写しの束を投げつけました。

 怒りながらも5年前から記録しているラファルルリアに”貸した物とその日付”がすべて書かれた魔術誓約紙を見た伯爵は、分厚い紙束を引き裂こうとするように手に力をこめました。


「……こんな物は嘘だっ、今すぐ取り下げろ!!」

「お断りします。伯爵の大事な娘は母親の立会いの元5年前、自分たちの意思で私とその内容の魔術誓約を結びました。そして、ラファルルリアはこの5年間私と同意の上でそこに書いてあるこれだけの物を”借りて”いったんですよ。これまで1つも私に返さずに、ね。

 そして、私は今日、その誓約に基づいて『すべての物を元の状態で返却する、もしくは同等の価値あるモノでの賠償を求めます』

 しかし、見てわかる通りその数です。どうせすべてを返すなど不可能でしょうから。私と縁を切ってください。

 できなければ誓約を破った罰として社交界にこう噂を広めます。

 ……キンド伯爵令嬢は長年に渡って人から借りた物を使って着飾っていたと。しかし、貸し借りの魔術誓約を結んだにも関わらず、彼女もその保護者の伯爵も返却を拒んで誓約を破った、と」


 ラファルルリアに貸し続けた物は伯父様の商会で扱っている物です。

 初めの頃は裕福な平民が買うような物でしたが。徐々にラファルルリアの好む見た目が煌びやかな装飾品になりました。中には、わずかですが伯父様の伝手で手に入れてもらった有名デザイナーの品もあります。

 ラファルルリアはキンド伯爵から望むだけドレスも装飾品を与えられているはずですが。彼女は異母姉である私の物に執着し、社交界に身に着けていって見せびらかしていたようです。


 しかし、社交界で裕福な伯爵令嬢(・・・・・・・)というイメージを築きあげたラファルルリアの持ち物が実は人から借りた物だと知られれば。伯爵家を妬む貴族たちからは嘲笑されますし、婿入りを狙う家もそのうたい文句に不信感を持つでしょう。

 さらには、物の貸し借りという単純な内容であるにも関わらず、貴族同士の契約では必ずといっていいほど使う”魔術誓約”を正当な理由なく(令嬢のわがまま)一方的に破ったと知られれば。ラファルルリアと保護者のキンド伯爵家の信頼は失われるでしょう。

 案の定、怒り狂った伯爵は紙束をテーブルに叩きつけて私を大声で威圧してきました。


「ふざけるな!! どうせおまえが何も知らない妻とルリアを騙してこんな悪質な魔術誓約を強いたんだろう!! ストライド子爵、あなたも知っていたのだろう。このことは訴えさせてもらうぞ!!」

「どうぞご自由に。ただ、一応身内同士のこととはいえ、5年間に渡ってこれだけの量の物を一方的に借りて(・・・)おいて1度も返さないとは。魔術誓約に関わらず非常識だと思いますがね。

 ましてや、キンド伯爵令嬢はパーティーに出るたびに新しい装飾品を着けて見せてまわっていらっしゃるぐらいに裕福な(・・・)ことで有名でしょうに。なぜここまでして他人の物を求めるのでしょうね」

「それがどうした! どうせその娘がそそのかしたのだろう!! それも魔術誓約を結んでこんなリストを残すとは、ルリアへの嫌がらせとして企んでいたんだろう!! これはあくまで姉妹同士の貸し借りだ!! 他人に口を挟まれるいわれはない!」


 頭に血がのぼった伯爵が食って掛かると伯父様はにこりと笑いました。その笑顔の下にこめられた憎悪に私は思わず背筋に冷たいものが流れるのを感じました。


「ははは、姉妹(・・)ですか。さすがは今社交界で一番脚光を浴びている”美しく裕福なキンド伯爵令嬢”を育て上げたキンド伯爵ですな。愛する跡取り娘のためならばご自身にとっては屈辱的な言葉も口にしますか。

 しかし、伯爵はご存じないようですが。どんな理由であれ魔術誓約はお互いの合意の上で結んだ契約です。誓約を破れば破った方の誓約者に厳罰が下ります。大人しく非を認めることをすすめますよ」

「それがどうした!! どうせそのろくに教育も受けていない粗野な娘が、貴族令嬢が使うような装飾品など持っていてもそれこそ価値を損ねるだけだ! むしろ、何の役にも立たない厄介者が裕福な親族のおかげで少しでも家を継ぐルリアと我がキンド伯爵家の役に立ったことを感謝して、さっさと魔術誓約を破棄しろ!! この恩知らずが!!」


 伯父様は私を見て励ますように微笑みました。私は怒りのあまり息を荒げて血走った目で私たちをにらみつける伯爵をまっすぐ見つめて口を開きました。


―――


「わかりました。では、キンド伯爵が昔から私に求めつづけている”恩を返して”あげますよ。

 ……もう1度だけ言いますが、今ここで私と縁を切ってください。そして、私たちと2度と関わらないと魔術誓約を結んでください。

 そうしたら、私はキンド伯爵令嬢の名誉(・・)を守ってあげますよ」

「それは私の言葉だ!! 今すぐその魔術誓約を破棄しろ! さもないと、ストライド子爵家ともども潰されると思え!!」


 意地でも認めないしつこさは本当に嫌になるぐらい娘にそっくりです。私は伯爵を煽るためにわざとため息をつきました。


「はあ、本当に話が通じませんね。

 私はただ『この家と縁を切ってくれ』と言っているだけなのに。むしろ、散々目障りだと虐げてきた邪魔者が出て行ってあげると言うのに。話をややこしくして引き留めているのはそちらでしょう。

 ……はあ、仕方ありませんね。では、縁を切ってくれたらこれも廃棄することを誓いますよ」

「何をするつもりだ!!」


 怒りと動揺が混ざった大声を上げて威嚇する伯爵に私は録音魔道具を再生しました。


『お父様が言っていたわ。あんたたち母娘は裕福な実家に生まれて、お父様が必死で立て直したキンド伯爵家にまんまと入り込んで、何の役にも立たないでただ生きているだけの寄生虫だって。

 だから、お父様はあんたたちを反省させるために離れに閉じ込めて、あんたの母親の家から迷惑料を取り立ててやってるって自慢してたわ。

 でも、あんたの母親は最後まで恩を返さないで逃げたんだってね。今まで嫌々養ってあげていたお父様に感謝もしないで逃げ出すなんて、本当に人間として最低ね。

 私はこの家を継ぐ娘なんだから、まだ図々しく居ついているあんたから迷惑料をもらう権利があるの。

 あんたの金持ちの叔父さんとやらをたぶらかして私の欲しい物を持ってきなさいよ。

 でないと、お父様に言いつけてひどい目に合わせてやるから。わかったわね?』


 愛娘の悪意のこもった言葉(失言)キンド伯爵(娘を育てた父親)は顔を真っ白にしました。


「5年前。私とお母様が伯爵に離れに閉じ込められて見張られている時に、社交界では一時妙な噂が流れていたそうですね。

 何でも『裕福な家から嫁いできた正妻を閉じ込めて、送られた支援金を妾とその娘に使いこんで贅沢に暮らさせている貴族がいる』という悪辣な噂だったようですが。

 あまりにも強烈な噂だったので、今でもお母様の親しい友人の方たちも含めて一部の方々は覚えていらっしゃるそうですよ。

 もし、そんな方がこれを聞いたら“美しく裕福なキンド伯爵令嬢”はこの噂の娘のように“人を脅して奪った物で着飾る贅沢好きでわがままな娘”だと勘違い(・・・)されて、悪くすると嫌われてしまうかもしれませんね。

 それにこんなにお金のことばかり口にするような人の家が本当に裕福なのか疑わしいですし」


 私が意地悪く言うと表情を消した伯父も続けます。


「ああ、私にも愛する妻と息子たちがいるが。貴族としての義務で嫁いできた妻と娘をいない者として扱ったあげく、その財産を奪い取って自分たちだけは贅沢に生きる家など人間として信用できない。例え、身分を笠に着て婚約を迫られてもあらゆる手段を使って断るよ。

 ……それに、どうやら伯爵は都合良くお忘れのようですが。

 妹のエレナは先代キンド伯爵に乞われて当時は困窮していた伯爵家を建て直すために嫁ぎ、その縁で我がストライド子爵家は伯爵家に支援していたのですよ。

 正直に申し上げますとその当時だけでもかなりの金額を渡しました。書類が残っていますから間違いない。

 それなのに、当事者であるキンド伯爵には両家を結び付けた妹と姪を邪魔者として冷遇されて命まで脅かされたあげく、ご令嬢にはこのような人間性を疑うような罵声を浴びせられるとは。

 まさに恩を仇で返されたものですね。我が家にとっても許しがたい侮辱ですし、身内としては正直今すぐ殺してやりたいぐらいですよ」


 仕事で時には盗賊や荒くれ者にも立ち向かうという伯父様が全身から殺気を出すと、いよいよ顔色を悪くしたキンド伯爵はあっさりと降参しました。


「ま、待て!! わかったっ、おまえたちとは今ここで縁を切る!!

 だから、その魔道具とルリアとの魔術誓約は破棄しろ! そして、そちらも我がキンド伯爵に関わらないことと不利になることを言わないと誓え!!」

「ええ、もちろんですとも。元からそのつもりで来ましたが。今日をもって我がストライド子爵一族はキンド伯爵家と一切の縁を切ります。もちろん、妹の子であるソフィアもね」


 必死で自分と愛娘の保身のための言い訳を始めたキンド伯爵を私は冷ややかなまなざしで見つめました。

 伯爵はコンプレックスの塊で暴力で自分より弱い者を虐げる小悪党です。

 惨めな生活を送っていた頃の自分をただ裕福な家に生まれただけの女が助けたのが気に入らないという、お母様への醜いコンプレックスがやがて理不尽な憎悪に変わっていったのです。

 ……こうなるとわかってはいましたが。この期に及んで、身勝手で愚かな夫へ恨みも憎しみも向けなかった優しいお母様への謝罪もない男に、私は一番屈辱を感じる言葉を投げつけました。


「キンド伯爵、やっと私を解放してくれたお礼に、お嬢様へ貸した物はすべて恵んであげます(・・・・・・・)わ。

 私、ずっと伯爵がずっとお母様と私たちに言っていた『この家で生かされたいのならばそれだけの恩を返せ』という言葉がわかりませんでした。

 でも、伯爵家には嫌な思い出しかなくてもこの家で15年間過ごしたのは本当のことですもの。だから、私なりにの恩返しとしてあれらを大事なお嬢様にあげますわ。

 ……だって、あの娘はいくらお金をかけて美しく着飾っても、自分は生まれながらの貴族に蔑まれる平民でしかないとかわいそうなぐらい気にしているのですもの。

 だから、あんなにたくさんの自分が選んだ物を持っているのに。いつも私が持っている物をわざわざ奪って身に着けて、社交界で見せびらかしているのでしょう?

 ふふ、生まれた時から父親に愛されて何不自由なく贅沢な生活を送っているのに。()が貧しいだなんて本当にかわいそう。

 だから、伯爵と彼女が作りあげた“美しく裕福な伯爵令嬢というイメージを壊さない”という恩返しをしてあげますよ。

 ……では、永遠にさようなら。2度と私たちに近づかないで」


 そうして顔を真っ赤にして私に襲いかかろうとして屈強な伯父様にあっけなく床に転がされた”父親を名乗る男”を一瞥すると、貴族令嬢らしく優雅に一礼して立ち去りました。


―――


 あれから半年が経ちました。私は魔石加工職人を目指して再会したお母様と一緒に伯父様の商会で働いています。今はあのキンド伯爵家で過ごしていた地獄の日々が嘘のように、穏やかで充実した日々を送っています。


 5年前に私が考えた”復讐”は


『強欲なラファルルリアに彼女が欲しがる貴族らしい装飾品を貸す魔術誓約を結ばせて、ひたすら物を貸し与え続ける。そして、返却が難しくなった時に魔術誓約の破棄(名誉を守る)と引き換えにキンド伯爵家と手を切る』


 というものです。それを聞いた伯父様がさらに手間を加え


『ラファルルリアを煽って私を脅しているところを魔道具に録音し、伯爵がお母様と私を虐待していたことと異母妹が私を脅迫していることを社交界に広めると脅す』


 というものに決まりました。

 これは前世の”悪質詐欺”を手本にしました。正直上手くいくか心配なところもありましたが、強欲な伯爵とその娘がまんまと引っかかってくれたので安心しました。

 伯父様曰く「小心者の伯爵は苦労して立て直した伯爵家とそれを継ぐ娘の評判が傷つくのを一番恐れている」とのことで、実際に伯爵は私がいなくなった後には素直に応じたそうです。


「へえ、良いじゃん。あの一件でずいぶん上手くなったな」

「ありがとう。カイルが教えてくれたおかげよ」


 伯父様の息子でいとこのカイルに磨き上げた魔石を見せると合格点を貰いました。

 幼い頃から職人に混じって魔石を磨いてきた彼は、私にとって師匠でキンド伯爵への”復讐”に手を貸してくれた恩人です。

 ラファルルリアに貸した装飾品の大半は、実は彼のような商会の見習い職人たちが作ってくれた魔石を使った物です。見た目は煌びやかですが、見る目のある人たちにとってはそこそこの品(・・・・・・)です。ちなみに、私もカイルに教えてもらいながら腕を磨きました。

 裕福な伯爵令嬢が身に着けるにはいささか安価な魔石を使った装飾品を用意したのは、とにかく魔術誓約紙を見たキンド伯爵を焦らせるぐらいに大量の物を貸したいのが一番の理由ですが。

 私が父親と同じく私から奪うことしか頭にない異母妹にも仕返しをしたかったのもあります。


 ラファルルリアは貴族たちにコンプレックスを抱いています。

 5年前。彼女は初めて参加したお茶会で「平民の分際で贅沢に暮らしていたくせに、マナーもろくに身につけていない」と令嬢たちに手厳しい洗礼(・・)を浴びせられたそうです。

 プライドの高い彼女は激しい憎しみを覚えました。唯一令嬢たちを悔しがらせた自慢の美貌を磨き上げ、貴族令嬢らしくあることに執着するようになりました。

 それを知った私は、伯父様に頼んで貴族令嬢の持ち物にふさわしい”ダイヤモンドのブローチ”を手に入れてもらい、わざとラファルルルリアに奪わせました。

 初めて”憎い貴族令嬢の私”から奪った宝物(ダイヤのブローチ)を身に着けたラファルルリアは、出席したパーティーで周りから注目を浴びたことでようやっと傷ついた心を満たされました。そして、父と自分が目指す”裕福な伯爵令嬢”になるために本物の裕福な貴族(・・・・・・・・)であるストライド子爵家から贈られた私の装飾品を奪って身に着けるようになりました。

 しかし、父親がどんなに最高の品を与えても彼女の貴族への憎しみ(コンプレックス)が癒えることはなく。母から奪いつづけることでプライドを満たした父親のように、ひたすら私から奪い続け自身の内面を磨くことはありませんでした。


 ……私は生まれながらに父親に愛され、お母様と私からすべてを奪って遊び暮らすラファルルリアをずっと憎く思っていました。

 だから、彼女の貴族へのコンプレックスと憧れを利用してキンド伯爵家の評判を傷つける“復讐”に利用するとともに、自分で“新しい物を買い漁り続けるぐらいには裕福だが教養のない令嬢”だとアピール(本性をさらす)するように仕向けました。


「そういえば例の家だけどさ、突然一家で領地に引っ込んだらしいぜ。実は逃げたんじゃないかって話だけど」

「ええ? どういうこと?」

「悪い、父上が口止めしているみたいで誰も詳しく教えてくれないんだよ。だから、あくまで学園で聞きかじった噂だけど。例の令嬢様が例の家の当主と派手にケンカして暴れ回ったらしい。

 あの伯爵家、間違えた、例の家。半年前にも今までいないと思われていた姉がいきなり出て行ったって、学園でもずいぶん噂になってたしな。例のわがままな令嬢様が溜めこんでた鬱憤を爆発させたのかもな。

 ……もしくは”美貌で裕福な令嬢”なんてさ、自分たちがあちこちに自慢してまわってた大嘘がバレそうになって逃げたのかもな。もっとも、まともな貴族たちは半年前からとっくに気づいてたけど」


 例の家を毛嫌いするカイルは辛辣な感想を述べました。私も思わず苦笑いしました。

 半年前、キンド伯爵家とストライド子爵家は”今後一切の関わりを持たない”ことで合意しました。

 しかし、貴族の噂とは怖いもので。


 --キンド伯爵家には世間には知られていない正妻の子である病弱な姉娘がいて、5年前にやはり病弱を理由に離縁した母の実家のストライド子爵家に引き取られたらしい。

 しかし、社交もできない程身体が弱いとはいえ、キンド伯爵が貴族の正妻の子である異母姉をいない者として跡取り娘の異母妹だけをかわいがり、求めるままに贅沢をさせるのはいかがなものか。

 もしかして、かつて正妻のストライド子爵家に援助を受けていたキンド伯爵家は、家を建て直した後に邪魔になった正妻と異母姉をわざと追い出した(・・・・・・・・)のではないか


 と、ずいぶんと陰口を叩かれたそうです。

 それに加えて、それまでは難はあっても(・・・・・・)美貌と財産で婿入りを希望する令息たちをとりこにして来た跡取り娘はなぜかいつも苛立った様子を見せるようになり、身に着ける物もだんだんと新調しなくなったことで。ちやほやする人たちが離れていったそうです。


 ――ラファルルリアは生まれた時から愛され、自分の思うがままに生きてきた幸せな娘です。

 幼い頃から貧乏だと蔑まれて屈辱を味わった父親は愛妻と愛娘に”自分がしてほしかったこと”をすることで、何よりも大切な家族を幸せにしていたつもりでした。

 けれども、あの無邪気な異母妹は父親に与えられるモノすべてをそのまま受け入れて”他人から奪い取ってのし上がる”という歪んだ価値観を持つ父親そっくりに育ちました。

 父親の”コンプレックス”と”憎しみ”も引き継いだ彼女は、強者やメリットがある人たちにはすり寄る一方で立場が弱い相手には傲慢に振るまい、裕福なキンド伯爵家を妬む貴族たちや彼女が作った敵からも恨みを買ったのです。

 

 ――それに、過去の行いを本人たちは忘れても、周りの目ざとい貴族たちはしっかりと覚えています。それが貴族社会で生き残る術なのですから。

 あの伯爵家は父親の悪行と彼女自身の失態が積み重なって、周りから見放されたのでしょう。

 でも、あの人を憎んで育った娘は自分が不幸になった(・・・・・・)のは愛する父親(憎い貴族)のせいだと思っているのかもしれません。私からすれば自業自得ですが。

 

 ラファルルリアが私に言い放った言葉ややったことは今でも許せませんが。ほんのわずかだけ、愛する父親の期待に素直に応えつづけた異母妹を憐れに思いました。


「そう、例の家も令嬢も私には関わりのないことだけれど。せいぜい穏やかに過ごせることを願っているわ。下手に不幸になってこちらを逆恨みされるのも迷惑だし」

「そうだな。こんな気分が悪くなるだけの話はこれでやめにするよ。……そういえば、エレナ叔母上に贈る指輪だけどさ。こんな魔石を見つけたんだけど、どう?」


 私は心の中でキンド伯爵と異母妹に別れを告げると、カイルに頼んでいたお母様に贈る指輪の魔石を2人で熱心に選び始めました。




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