19話 四天王
60階層へ到達するやいなや、俺達の目に飛び込んで来たのは、前線で戦う探索者が数名と――――とんでもない数で上層への階段を目指しながら暴れるモンスターの大群だった。
――本部にはかなりの数の探索者がいた。
しかも緊急司令となると、そこにいた奴ら以外にも招集が掛かっているはずだ。
そしてほぼ全員が俺達より先に出発していた。
なのに何だ……?
「残ってる探索者の数は……たったのこんだけか?」
俺は前線で戦う探索者の数が異様に少ない事が気になり、思わずそう呟く。すると愛華は戦場を見つめながら説明を始めた。
「そりゃそうよ。そもそも60階層なんてA級探索者ですらソロでは来られない場所よ? そこにスタンピードが発生してるんじゃ、ランクの低い探索者達が一瞬でリタイアしていって当然よ」
「そこまでわかってんのに、探索者はダンジョンへ潜らねーといけねぇのか?」
「そうよ。それが私達の仕事だからね」
「ブラック過ぎんだろ……。もう辞めてぇよ……」
愛華の話を受け、俺はとんでもない職場に登録してしまったのだと気付かされ、その場で天を仰いだ。
――親父……お袋ォ……。
俺はどうやらとんでもねぇ職に就いちまったみてぇだわ……。
もう辞めてもいいかなぁ?
いいよなぁ……?
天を仰ぎながら死んだ両親に向かって言葉を送っていた俺とは対照的に、愛華は何やら忙しなく懐から何かを取り出していた。
「ん……? テメェはさっきから何をしてんだ?」
「見たらわかるでしょ。撮影の準備よ」
「撮影? まさか生配信すんのか?」
「流石にこの状況でそんな事はしないわよ」
俺の度重なる問いに対して答えつつ、愛華は慣れた手つきで小型ドローンを頭上へ飛ばした。
「生配信の為じゃねぇってんなら、何の為だ?」
「もしこのスタンピードの中に、この前戦ったようなイレギュラーモンスターがいたら証拠映像として残しておきたいと思ったのよ」
「なるほどな。ンで、さっき言ってたクソ上司に叩きつけてやんだな?」
「まぁそういう事ね。まぁここには四天王もいるみたいだし、証拠映像としてはかなり信用出来るものになると思うわ」
そう言うと愛華は見た事もない程に不敵な笑みを浮かべていた。そんな愛華に対し、俺は若干の恐怖を覚えつつも戦況を確認する。
「――――にしても、えげつねぇ数だなァ……。ンなもんどうやって収めんだ? モンスターを倒していくって言ってもキリがねぇーだろ」
「スタンピードの止め方は二通り。まず一つはモンスターの群れを全滅させること。まぁこれは100%無理ね。ほぼ無限に湧いてくるモンスターを全滅させるなんて不可能だからね」
スタンピードを見つめながら呟いた俺に対し、愛華は淡々と話し始めた。
「ならどうすんだ?」
「そこでもう一つの方法。それはモンスターの群れを指揮している親玉を倒す事よ」
「親玉ねぇ……。あんな大群の中で、ンなもん見てわかんのかよ――――っ!!」
愛華の話を受け、俺はモンスターの大群の後方へ目をやった。するとそこで一際目立つ存在が目に入った。
「おじさんも気付いた? 多分アレがこのスタンピードの元凶ね……」
「ありゃ何だァ……?」
俺達の目線の先にいた者。それは|人に近い身体の上に牛の頭がついた《・・・・・・・・・・・・・・・・》モンスターだった。
「アレはミノタウロス。普段は70階層辺りによく出現するS級指定のモンスターよ」
「S級か……。確かこの前俺が倒したゴブリンもそんなんだったな?」
「そうね……。私なんかじゃ相手にならないレベルの怪物よ」
愛華はそう言うとミノタウロスを見つめ悔しそうな表情を浮かべた。
――相手はこの前のノーマルゴブリンと同等って事か。
んじゃまぁ、四天王の奴らに任しておいて大丈夫だろ。
なんたって、人並みレベルの俺でも倒せたんだからな。
にしても愛華のヤツ。
そんな悔しそうな顔しやがって……。
どんだけ正義感が強いんだよ?
相手が格上ってわかってんなら、少しは萎縮したりしてもいいと思うんだけどな?
そんな事を考えながら俺はその場に座り込む。すると愛華は驚いた様子で口を開いた。
「ちょ、おじさん!? 何で座ってるのよ?」
「あ? だってあのミノタウロスとかいうの、ゴブリンと同等レベルなんだろ?」
「そうよ!? ゴブリンキングと同じ階級の強さよ!?」
「だったら四天王に任せておいて大丈夫だろ。俺はわざわざ死にに行くような事はしたくねぇー」
俺が思いの丈を口にするも、愛華は必死に俺を立たせようと腕を引っ張って来る。だが、俺は断じて動かない。
――愛華は何をそんなに驚いているのか知らねーけど、見たところ四天王とやらは派手にやってんじゃねーか。
ここで見てりゃその内勝手に倒すだろ。
しかも今日の俺はゴミ以下のステータスだし、きっとあん時よりも弱ぇーはず。
殴られたら痛ぇだろうし、今日はここで見物してんのが一番良いに決まってんだ。
「おじさん……!! お願いだから……立ってよ……っ!!」
「嫌なこった。テメェが何と言おうと、俺はここから動かねーぞー」
不毛な一進一退を続ける事、数分。漸く諦めた愛華は俺の横に立ち、戦況をじっくり眺め始めた。
「ねぇ、おじさん? 本当に今日は何もしないつもり?」
「しつけーぞ。俺がここでじっとしてんのが一番世の中の為になんだよ」
「そんな事無いと思うんだけどなぁ……。まぁおじさんにやる気が無いのは今に始まった事じゃないし別にいいけどさー」
愛華はそう言うと不満そうな表情を浮かべている。俺はそんな愛華に若干の引け目を感じつつも、自分の決めた結論を曲げず、ひたすらにじっと座っていた。
◇
一方その頃、前線で奮闘を続ける四天王達は――――
「ちょっと? わたくし達はいつまでこれらの相手をしなくてはならないんですの!?」
最初に口を開いたのは、とてつもない威力の竜巻を起こしモンスターを次々と葬り、長く金色に輝く髪が特徴的で高飛車な女性――――名を龍崎玲奈。二つ名は風切り。
「うるさいぞ龍崎。余計な事を考えず、今は目の前の敵に集中すべきだ」
それに答えるように厳しい口調で話すのは、鋭い電撃を操り、確実にモンスターを殲滅していく短髪で大柄で硬派な男性――――名を大門治五郎。二つ名は雷人。
「でも流石にこの量はちょっとキツいっスよー。コイツらどうにかならないんスか〜? さすがにしんどいんスけどぉー!?」
次に口を開いたのは、美しく鋭利な氷を生み出し、モンスターの頭上へ降らせる小柄でツインテールがよく似合っている後輩口調の女性――――名を東雲唯。二つ名は氷ちゃん。
「氷ちゃん……悪いんだけど君は僕のスキルと相性が悪い。離れて戦った方が効率がいいと思うよ?」
ゆったりと優しい口調で話しながら、東雲唯の氷諸共燃やし尽くす彼はご存知、自他ともに認める日本探索者のトップ――――周防誠一。二つ名は炎帝。
四人はそれぞれのスキルを惜しみなく使い、次々とモンスターを殲滅していく。だが、モンスターの数は多く、やはり親玉であるミノタウロスには手が届かない。
「今更効率云々とか言ってもしょーがないっスよ炎帝さん! そんな事言ってる間にもジリジリと階段までの距離を詰められてるッスよ!?」
「静かにしてくれ。集中力が乱れるだろ。あと、俺の雷の音が聞こえん……」
「聞こえていますでしょ!? あなたは耳がおかしいんじゃなくって!?」
「はいはい、みんなー。揉めてる場合じゃないよー。とりあえず目の前のモンスターを食い止める事に集中するよ? 隙を見て僕がミノタウロスを倒すからさ!」
絶え間なく続くスキルの応酬。だがそれでもモンスターの勢いは衰えず、ジリジリと上層への階段との距離が迫っていた。
◇
そんな攻防戦が続くこと八時間。
いよいよ体力の限界が近付く四天王の面々は、最後の力を振り絞り、何とかギリギリの所で踏みとどまっていた。
「もう……無理っスよ……。私の氷も……段々と小さく……なってるっス……」
「泣き言を言うな……。ここにいる皆は限界などとうに超えている……。かくいう俺もな……」
「な、情けないですわね……。わたくしはまだ戦えます……わよ……!」
「一旦退くにしても、モンスターの数が減らない以上、ここを通す訳にはいかない……。だが、一体どうすれば……」
四天王は皆、満身創痍だった。体力は底を尽き、スキルを扱う力もほぼ残ってはいない。
しかしここを通せばモンスター達はやがて地上へと溢れ出し、暴れ回る可能性が極めて高い。
諦める事も戦い続ける事も困難だと理解しつつも、それぞれが世界の平和を願い、抗い続けた。
刹那――――遂に、あの男が立ち上がる。




