異類の身
校舎内はあの外観にしては綺麗に保たれていた。もう少し古めかしい感じだと思っていた。しかし、予想は外れたようだ。
「以外に綺麗なんですね…」
藤堂のやつ随分失礼な言い方だな。彼女に悪気は無いのだろうが、「以外に」は余計だ。
「まあ…都会の学校には勝てないですけど、日本の古き良き文化を残したかったらしいので」
「なるほど…印象が変わりました」
「なら良かったです。外観だけ見てしまうと少し怖い印象を受けてしまいますからね…」
廊下はやけに長く感じた。廊下からはあのプールも見える。さっきは気が付かなかったが、ドラマなどでよく見る、黄色くて立ち入り禁止と書かれたテープが入り口には張られている。そして、そこにはいた。
「あれ…またあの子だ」
やっぱおかしい。
そうだ…
『入り口、閉まってたじゃないか』
それに気づいた瞬間、全身に戦慄が走った。これが違和感の正体だったのだ。その少女はゆっくりと、こちらへ振り返る。
「うわ!!」
あまりの恐怖に素っ頓狂な声が出てしまった。そして、その声に応えるように
ドンッ
と鈍い音がした。
「何!? びっくりした! 急に大きな声、出さないでくださいよ! 痛たた…。障子さんのせいでぶつけちゃったじゃないですか! もう…」
どうやら、藤堂が私のあまりの驚き様にびっくりし、ピョンっと飛び跳ね、壁に激突したようだ。
「何故、お前が一番驚いてんだ?」
慌ただしい。
「う…うるさいです」
藤堂は顔を真っ赤にしている。
「どうしたって言うんですか? いつもの障子さんらしくないですよ」
それでも冷静沈着な真壁は態度を変えるようなことはしなかった。
「怨霊さん、大丈夫ですか?」
依頼主である佐々木さんまでにも心配されるとは…。こちらが頼まれている身にも関わらず情けない。そんな気持ちが胸を駆け巡っている。
「い…いえ。何でも…ないです。でかい虫が飛んできたもんで…びっくりしちゃいました」
「なら良いのですが…」
もちろん実際は違う。私は、そんなことでビビらない。
私が何を見たかというと…
それは、あまりに異類すぎたのだ。なぜかって、少女の顔には血色が無く、一番気持ちが悪かったのはその目だ。白目が無かったからだ。真っ黒で空洞のようになったその瞳は私を吸い込み、何処かへ連れて行ってしまう。そんな説得力のようなものを感じさせたのだ。しかもよく見ると、その体はぐっしょり濡れていて、制服の裾からは水滴が垂れていた。そして、それが地面を湿らせていたのがよく分かった。これが事実だが、依頼主の前では誤魔化した方が良いだろう。この場を混乱に陥れる訳にはいかない。しかし、恐らく今、佐々木さんは「本当にあの人に頼んで大丈夫なのだろうか…?」という不安に駆られているに違いない。この場合では仕方がないのだが。
「障子さんって虫、嫌いなんですね。以外です。ギャップというか何と言うか…。そんな障子さんも嫌いじゃないですよ」
「何を言ってんだ?」
「も…もう。冗談じゃないですか…。そんなマジな顔しないでくださいよー」
場を和ませようとでもしたのだろうか。しかし、依頼主の前でそのノリは控えて欲しいものだ。
「虫なんていました?」
真壁が空気をまったく読まない発言をする。察してくれ…。
「真壁…『いたん』だよ」
「あーなるほど。そういうことですね。そういえば、虫、いたかもしれません。逃げちゃったんですかね…。障子さんがびっくりするほどの虫ですか…。是非、見てみたかったです…」
思いは伝わったが、嘘が下手すぎる。棒読みだし、嘘ですって顔に書いてあるじゃないか。真面目な彼だからこそ、そういうのは苦手なのだろう。そうこうしているうちに、突き当たりの部屋へと辿り着いた。
「ここが職員室です。さあさあ、お入りください。お席も用意しております。狭いですけど、ゆっくりと座ってお話をしましょう」
「では、失礼致します」
第四話 完