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67. 酩酊(※sideジェラルド)

 頭上から巨人の手で頭部をぐるりと掴まれ、こめかみ付近をじわじわと締められ、緩められ、それをひたすら繰り返している。

 そんな嫌な感じの鈍痛がする頭を抱えながら、俺はゆらりと起き上がった。……今何時だ?


 ああ、随分飲み過ぎたようだ。最近は起き抜けにこういう頭痛がすることが多い。対処法も心得ている。さらに酒を飲む。それだけでいい。

 それにしても…、俺がここまで深酒する前に誰か気を利かせて止めるべきだろうが。陛下、それ以上はお体に障りますので、とか何とか言って。いつも誰かしら声をかけてきていたはずだ。


 以前は。


「おい、誰かいるか。酒を持ってこい。……。……?」


 返事がない。俺は定まらない視界の中で無理矢理目を凝らす。


(…あ?何故誰も来ないんだ…?)


 呼べばすぐに飛んできていた侍従や使用人たちを次々解雇していったことを思い出すまでに数分かかった。

 そうだ。だから誰も来ないし、俺の深酒を咎めもしなかったのか。カイル…。カイルはどこに行った?あいつさえいないじゃないか。カイルがそばにいないと、何かと不便だ。


 その時、頭にキーンと響く大きな音を立てて部屋の扉が勢いよく開いた。


「ジェリー!ねぇジェリー聞いてよ!!あいつひどいのよ!あのジジイ!宰相のことよ!」


 …マデリーンか。


(…うるさいな)


 目を吊り上げてドスドスと俺の元へ近寄ってくる側妃の姿を見ても、何も感じない。ときめきもなければ、愛おしむような感情も湧かない。ただ、甲高いその声がやけにうるさく聞こえて苛立つだけだ。


「聞いてる?!ジェリー!あの宰相もどこか遠くにやってよ!あいつ最近あたしと顔を合わせるたびに怖い顔して偉そうに説教してくるのよ!あり得ないわ。あたしは国王の妃なのに。見くびってるのかしら。無駄遣いを止めろとか、陛下をこれ以上誑かすなとか。馬鹿みたい、元はといえば自分から仕掛けたくせに!」


 ……何の話だ?アルコールに浸かった俺の頭は、マデリーンの話の内容がよく飲み込めない。


「あいつもクビにしてよ!それか、この王宮から追い出してどこか遠いところで働かせて!あたしもうあのジジイの顔を見るのも嫌だわ!……ねぇ、聞いてるの?ジェリー。……ねぇってば!」


 腕を掴んでグイグイ引っ張られると頭が揺れてなおさら痛む。止めろ。その手を離せ。…腹立たしい女だな。


(…少し前まで、俺はこの女のことが可愛くて仕方なかったはずだ。毎日朝から晩まで、二人きりで甘い時間を過ごした…)


 貴族の女たちにはない奔放さ、素直さ、愛嬌。感情を隠さないマデリーンのことが新鮮で、その内面の幼さと、成熟した妖艶な体とのギャップにやられた。

 だが今日は何故だろう。ただただ煩わしくてたまらない。甲高いわめき声も、品のない態度も我儘も、うるさくて相手にもしたくない。

 まるで毎日夢中になって興じていたカードゲームに、ある日突然興味が湧かなくなった時のような…。


(…なんかもう飽きたな、この女にも…)

 

 頭の中には相変わらず分厚い靄がかかっているようだったが、その一部が妙にクリアになった。もう以前のようにこの女を愛おしく思えない。


「ジェリーッ!聞いてよ!!」

「…うるさい」

「……。……え?」

「手を離せ。頭痛がひどいんだ。静かにしていろ」

「……っ!な……、何よ。酔ってるの?ジェリー。あたしが誰だか分からなくなっちゃったんじゃないでしょうね?…ねぇ!」

「黙れと言っているんだ!俺から離れろ!揺さぶるな煩わしい!」

「きゃあっ!」


 苛立ちが突然爆発し、俺はマデリーンを乱暴に振り払った。そしてそのままもう一度横になる。


「な……何よジェリー…。ひどいじゃない。どうしたのよ急に…」


 女の動揺した声がしばらくの間近くで聞こえていたが、いつの間にかまた静寂が訪れた。俺の意識は再び汚泥のような闇の中に堕ちていく。


(……そういえば…)


 何か大事なことを忘れているような…

 何か…、…いや、誰か…


(…誰だったか…?)


 もっと大事な女。マデリーンではなくて、もっと大切にしなければならない、誰か。たおやかで美しく、頼りになる大切な……俺を支えてくれるはずの……

 俺にはたしかそんな存在が、いたはずだ。


(あれは…夢だったか…?)


 意識を手放す直前、閉じた瞼の裏に艷やかなピンクブロンドの髪が一房はらりと揺れた気がした。ああ、そうだ、これは彼女の……


 滑らかな肌に、慈愛に満ちたアメジストのような瞳。俺を真摯に見つめるいじらしいその顔の主の名を思い出す前に、俺は抗いがたい力によって不快な眠りの世界に沈んでいった。






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