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60. 印象の変化(※sideカイル)

 カナルヴァーラから嫁いできた王女は、確かに見目麗しい女だった。


 だが俺はこの女が憎くてしかたがなかった。ジェラルドの奴は確かに軽薄な男ではあるが、長年の婚約者であるコーデリアだけは別格だときちんと弁えていた。他の女は所詮ただの遊び相手だと割り切っていたはずだ。それなのに…、そのコーデリアを捨てるような真似までさせるとは、おそらくこの女の方からも何かしらのモーションをかけたに違いない。色目を使って、大国の妃の座を狙ったのだろう。そしてそれが首尾よく成就した。王宮内にもそう噂する者たちは大勢いた。皆優秀で謙虚な、穏やかな人柄のコーデリアに好意を持っていたからだ。

 彼女のポジションを奪った正妃を敬い丁重に扱う気など、俺には毛頭なかった。必要最低限の挨拶をする以外には目も合わせなかった。




 そして正妃があのデイヴィス侯爵家の娘でなく隣国の末の王女となったことで、宰相である俺の父は歯噛みする思いで諦めていた野望を実現するために動きはじめた。


「…父親譲りのあの助平のことだ。絶対に遅かれ早かれ他の女に目移りする。誘惑に勝てる傑物でもない。ならばこちらから仕掛けてやろうじゃないか。我々が裏から操りやすい女を、陛下にあてがうのだ。小国の王女を王宮から追い出し、我々が意のままに動かせる女を陛下のそばに置く。…そしてこの大国の実権を、アドラム公爵家が握るのだ」


 父は俺に命じ、ジェラルドを民たちの暮らす街に連れ出させた。小国の王女アリア妃陛下が嫁いできてからというもの他の何も目に入らぬ勢いで溺愛していたジェラルドだったが、情けないほど簡単に目新しい女の誘惑に落ちた。自分で仕掛けたことながら、激しく失望した。こんなくだらない軽薄な男のために、コーデリアはその気高き人生を狂わされたのだ。


 平民たちの暮らす街での夜の遊びにすっかり嵌り公務を放り出すようにまでなった陛下の代わりに、黙々と働く妃陛下。さぞ心細く大変な思いをしているだろう。…ざまあみろ、自業自得だ。そう思った。小国の中で大人しく高位貴族の男の妻にでもなって生きていけばよかったものを、欲を出しわざわざ大国の妃の座など狙うからだ、と。


 しかしアリア妃陛下は予想に反してただひたすら真面目に公務と勉学に取り組んでいた。弱音を吐くこともしつこく陛下を責め立てることも、泣き喚くこともない。




 一度だけ、俺を自分の部屋に呼び出して陛下の最近の行動についてどう考えているのかと問い詰められた。側近としてどう思っているのか、諌めることができるなら協力してほしいと言いたかったのだろう。それほどあの男の愚行は度を超えていたからだ。

 だが俺は苛立ち、不敬と言われても仕方ないほど雑に対応した。この女の顔を見るだけでコーデリアのことを考えてしまう。こいつのせいで今もきっと彼女は深い傷を抱えたまま辺境の土地で生きているのだ。

 王妃もさすがに不愉快そうな顔をしていたが、勝手に部屋を出て行く俺を咎めることもしなかった。




 その後は特に呼び出されることもなかった。

 ただ日々ひたすらに、自らのやるべきことをこなしているようだった。


(……。確かに、能力だけはあるようだな)


 ジェラルドがこれだけ仕事もせずに遊び回っていても王宮内で大きな不満も出ず、どの部署にも支障が出ていないということは、あの小娘がきちんと対応し全ての公務をこなしている証拠だ。悠々自適な贅沢三昧の生活でも望んで嫁いできたのかと思っていたが……


 少しだけ、見る目が変わった。


 王宮内での妃陛下の評判も徐々に良くなってきているようだった。

 しかし愚鈍なジェラルドは自分の楽しみにかまけ、彼女のことなどまるっきり頭にないようだった。




 奴が平民街での遊びを繰り返す日々がすっかり日常となった頃、父が俺を呼び出した。


「頃合いの娘を見つけた。あの助平が気に入りそうな豊満な体の若い美女だ。一時期は景気が良かったとある没落男爵家の一人娘でな、見栄っ張りの男爵夫婦が浪費を止められず家計が逼迫し、ついに娘を酒場で働かせはじめたらしい。ある程度の事情は伏せ、娘をとある貴族家の養女として貰い受けたいと話したのだ。…この話が上手くまとまったあかつきには充分な金額を支払うと言ったらあっさりと乗りおったぞ。その娘を、陛下の懐に入り込ませる」

「……どうなさるおつもりですか」

「陛下の心を掴み、女を側妃にさせるのだ。我が家の遠縁にあたるベレット伯爵家は分かるな?今では大した交流もない家で、田舎の領地経営をかつかつやっとるようだがな。…もし首尾よく陛下がその娘を気に入れば男爵家から買い取り、私が後見してそのベレット伯爵家の養女にする。…そして側妃として輿入れさせるのだ」

「……っ、…父上…」


 父は醜く顔を歪めてクックッ…と不気味に笑い出した。


「国王が馬鹿でよかった。これまでのアドラム公爵家の当主たちのように宰相の座を得、ここで満足すべきなのかと半ば諦めていたが…。あのデイヴィス侯爵家と王家の縁が切れ、こちらに運が向いてきたな。先代国王の死と陛下の愚かさに感謝せねば。…上手くいけば本当に、我らが国政を支配できるのだぞ。……ふ、……くはははは…!」

「……。」


 権力欲に塗れて下卑た笑いを浮かべる父の顔を冷めた目で見つめながら、俺は考えた。あの男さえコーデリアを大切にしていたら、こんなことにはならなかった。コーデリアが正妃となり、デイヴィス侯爵家という真っ当な強い後ろ盾が王宮にあれば、あの男がこうして足を掬われようとする事態など起きなかったはずだ。


 父はどこまでも貪欲だ。例えその娘のことが首尾よくいかなかったとしても、次の手を考えるだろう。そしていずれは本当に国を裏から支配する日が来るかもしれない。全てはあの男の自業自得だ。あいつは大国の王の器じゃなかった。


(…慢心した自分が悪い。信用しきっていた家臣から裏切られ、王の座を追われればいい。貴様などにこの大国の統治はできない)


 あの能無しはいずれお飾りの王となるだろう。腹黒い父がこの国の政権を裏から操り、自分の都合のいいように支配していくに違いない。奴が気付いた時にはもう何もかもが手遅れだろう。


 そう思った俺の頭の中に、一人の女性の姿が浮かんだ。


 隣国から嫁いできた、あの憐れな王妃。


 そうなった時、彼女はどうなるのだろう。父によってどこかの離宮にでも幽閉され、国に帰ることも家族に会うこともできないまま、一人寂しく生涯を終えるのだろうか。


 視界にも入れたくないほどに不愉快な存在だったはずのあの女性のことが、何故だか無性に気にかかった。







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