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58. 秘めた恋心(※sideカイル)

 我がアドラム公爵家には女児が産まれなかった。


 代々何人もの宰相を輩出してきた当家で、自身も望み通りに宰相にまでなった父だが、内心はまだ満足していなかった。本当は女児を儲け、王家に嫁がせ王妃の父となりたかったのだ。


 だが俺の母は体が弱く、俺の他に子を産むことができなかった。

 手頃な令嬢を養女に迎える話も出たようだが、国内随一の名門公爵家である我がアドラム家に迎えることのできるレベルの才知溢れる美しい娘などそう簡単には見つからなかった。いたとしても、それはデイヴィス侯爵家のコーデリアのように高位貴族の家で大切に育てられた令嬢で、わざわざ他家に養女に出す理由などない。


「いいか、カイル。何があっても、どんな手段を使っても、ジェラルド王太子殿下の側近というポジションは守り抜けよ。誰を蹴落としてもだ。王太子殿下が即位されたあかつきにはお前が右腕となり、私の後に宰相の座を継ぐのだ」


 子どもの頃からそう言われ続けていた俺は、父の望むままにジェラルド王太子殿下の右腕を演じた。


 学園に通っている時も、殿下の機嫌を損ねぬために奴の命じるままに動いた。


 奴がコーデリアを裏切って度々女と情事に耽っていられたのも、この俺が手引きしてやっていたからだ。

 

 厳しい国王の監視の下朝から晩まで勉強漬けの自分には、それなりの憂さ晴らしが必要なのだと、もっともらしい言い訳を並べては至極当然のように俺に手頃な女を連れてこいと命じた。


(…馬鹿な男だ。コーデリアのような非の打ち所のない女性を婚約者に持つ身でありながら、取るに足らぬ女たちとの悦楽に耽るとは…。くだらない。救いようのないクズだ)


 俺がコーデリアの婚約者でいられたのなら、彼女を裏切り傷付けるような真似は決してしないのに。


 父の手前幼少の頃から殿下に付き従っていた俺だが、この頃にはもう完全にこの男に愛想を尽かし軽蔑の感情しか持っていなかった。

 

 俺ほど優秀でもない。上手く猫を被ってみせても、実際は勤勉さなどまるでない怠惰な男。能無しのくせに、ただ王家に生まれたというだけであのコーデリアを妻にできるとは。


(……コーデリア……)


 デイヴィス侯爵家の令嬢コーデリアは、俺にとってただ一人の特別な女性だった。

 子供の頃、初めて出会った瞬間に心を奪われて以来、彼女は俺の喜びの全てだった。

 深い栗色の髪に、澄んだ青空のような美しい水色の瞳。慈愛に満ちた可愛らしい笑顔。若干6歳にしてすでに洗練された立ち居振る舞いはこの上なく上品で、そしてたまらなく愛らしかった。


 その天使のようなコーデリアは、いつもジェラルド殿下のことだけを見つめていた。


 幼い頃からすでに叩き込まれていたのだろう。自分は将来この男の妃となり、この男の治世を支えていくのだと。


 だから俺のことなど見向きもしなかった。

 きっと“大切なジェラルド様のお友達”ぐらいのポジションだったに違いない。そしてそのポジションは最後まで変わらなかった。


 聡いコーデリアはあの男が自分を裏切っていることに気付いていた。そのことに傷付きながらも、自分の責任を果たそうと懸命だった。あの男を責めることなどせず、日々勉強に明け暮れ、王太子妃教育に励んでいた。ひたむきで健気な彼女の姿を見るたびにどうしようもなく胸が痛んだ。


 すまない、コーデリア。あいつに女を充てがっているのはこの俺なんだ。あなたを苦しめたくはないのに、俺は父に、あの男に逆らうことができない。


 ああ…、あなたにこの想いを伝えることが許されるのなら。


 あんな男のことは見限って、この俺の元に来てくれと、俺ならあなただけを生涯大切に守り抜くからと、そう伝えあなたの愛を乞うことができる立場であったならどんなによかったか。


 だが現実、俺はアドラム公爵家の嫡男であり、公爵を継ぎ王宮の宰相となって生きていく以外に道はない。そのためにこの世に生み出されたようなものだ。


 優秀なデイヴィス侯爵家の娘であるあなたが、生まれた時からあの男のものであることが決まっていたのと同じように。




 それでも、俺はコーデリアがジェラルド殿下の妃となる未来に疑いを持ってはいなかった。

 俺は彼女が王太子妃となりジェラルド殿下の隣に立つ姿を、奴の側近となって陰ながら見守り続けることになるのだと信じて疑わなかった。


 それなのに国王陛下が病に倒れ崩御されるやいなや、あの男は突如コーデリアとの婚約を解消したのだ。


 信じられなかった。あまりの衝撃に、何が起こったのか分からなかった。

 

 奴は留学中に見初めた隣国カナルヴァーラの末の王女を正妃として娶るなどと宣言したのだ。元々、学生の時分留学から帰ってきた時にうるさいほどに何度も言ってはいた。カナルヴァーラの末の王女が見たことのないほど美しい少女だった、あの娘を俺の妻にできたらどんなにいいか、ピンクブロンドにアメジストの瞳を持つ稀有な王女で……、俺はいつもの戯れ言だと相槌を打ち聞き流していた。奴がコーデリアをないがしろにして他の女にうつつを抜かしたり褒めそやしたりするのは日常茶飯事だったからだ。隣国でまでこの調子だったのかと呆れただけだった。

 まさか本気で正妃に迎えようとするなどと、誰が想像するものか。

 長年自分のためだけに尽くしてくれていたあのコーデリアを見捨ててまで……!


 俺はさすがに止めた。内心怒り狂いながら、冷静になってください、コーデリア嬢との婚約を解消するなど有り得ないことです、デイヴィス侯爵家は我が国の王政になくてはならない存在であり、彼らの不興を買ってまで今更正妃を隣国から迎えるなどと…、と、初めてあの男に逆らった。


 しかし奴は聞く耳を持たなかった。




 


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