26. 言いなり(※sideジェラルド)
「……じゃあ、アリアにはこのフロアの別の部屋を…」
「イヤイヤイヤーッ!!そんなに近くにいるなんて耐えられないっ!後宮でも嫌!渡り廊下で繋がってるでしょう?!いつでもこっちに来られるじゃない!あ、あたしの見てないところであの人とも仲良くする気なの?!そうなのっ?!……うっ……、うぅぅ…」
「………………。」
ならばアリアはどこにやれと言うんだ。
正妃の部屋は駄目。後宮も駄目。
我が儘にも程があるが、ここで怒って追い出すには、俺はこのマデリーンに執心しすぎていた。
機嫌を損ねて出ていかれたのではたまらない。
俺はカイルに命じた。
「おい、ザーディンを呼べ」
「……なるほど……。マデリーン妃は陛下の隣の部屋をご所望で…」
「さすがに不味かろう?マデリーンはアリアにこの王宮に住んでほしくないと言うんだが……。カナルヴァーラから迎えた正妃をどこぞに追いやるわけにもいくまい」
そうは言いながら、俺はこの宰相がいつものように何かいい案を出してくれはしないかと期待していた。
ザーディンは考え込む素振りをしていたが、しばらくすると静かに口を開いた。
「存外、よろしいのではないでしょうか陛下。アリア妃陛下には当面の間中庭の奥のあの離宮に移っていただくというのはどうでしょう」
「……そうか?」
「はい。マデリーン妃はこのように天真爛漫でお可愛らしいお方。すぐに王宮内の者たちの心を掴み、アリア妃陛下よりもマデリーン妃に傾倒する者たちが出てくると思います」
俺の腕をがっしり掴んで離さないマデリーンは、宰相の言葉を聞いてますますきゅ、と強くしがみついてきた。
「アリア妃陛下に危害を加え追い落とそうとする不届き者も出てくるやもしれません。大事になる前に、警備を手厚くして騎士団本部に近い離宮で過ごしてもらうのはむしろ良策かと。人の出入りが多い王宮の方が危険が及ぶ可能性は高いですので……」
「……しかし、カナルヴァーラ王家の不興を買う心配はないだろうか。正妃として嫁がせたはずの娘が、王宮から離宮へ追いやられたなどと伝わっては……」
「そこは上手く濁しておきましょう。万が一アリア妃陛下からあちらへの手紙などでこのことが知れる場合には、陛下が側妃を迎えられたことにより、諸々の事情で一時的に居住を移していると伝えれば問題ないかと。まぁ、手紙も検閲しておりますし妃陛下も滅多なことはお書きにならないとは思いますが」
「……ふむ……」
その後、ザーディンからアリアが中庭の奥の離宮に大人しく移ったとの報告をもらった。
(よかった。やはりあいつは大人しくて聞き分けがいいな。マデリーンとは真逆だ)
できた正妃だ。ありがたい。
だがこの時の俺は、素直で無邪気なマデリーンの反応の方が可愛くてしかたなかったのだ。
マデリーンが嫁いできてからというもの、俺は街での遊びをスッパリと止めた。
あそこで得られていた開放感や快楽は、全て奔放なマデリーンが満たしてくれたからだ。しかも可愛くて素直で愛嬌があってたまらない。俺は請われるがままにマデリーンにいろいろなものを買い与えはじめた。
「ねーぇジェリー。…あの人って、侍女が10人くらい付いてるって本当?」
ある日マデリーンが唐突にそう言い出した。こいつが“あの人”と言う時、それはいつも決まってアリアのことだった。
「さぁ…。そんなにいたか?まぁそうかもな。何せカナルヴァーラの王家から迎え入れた正妃だ。こちらとしてもそれなりに丁寧に扱う必要があるからな」
案の定俺の言葉を聞いたマデリーンは頬をプクッと膨らませた。…この表情がまたどうしようもなく愛らしい。
「ひどーい!あたしにはそんなに侍女を付けてくれていないわ。扱いに差がありすぎる!…あたしが、側妃だから?」
「ふ…、気に入らないのか?人数が足りてないというのなら、お前にも侍女を増やしてやろう」
「っていうか、あの人にそんなにたくさんいらないんじゃないの?だって離宮ってここよりずっと狭いんでしょ?毎日小さな部屋の中で大人しく過ごしているだけなのに、何でそんなに侍女がいるのよ」
「いや、アリアはただ大人しく過ごしているわけじゃない。こうして俺とお前がのんびりしていられるのも、あいつが日々の公務をこなしてくれているからだ。あいつは…」
「また庇った!すぐにあの人を庇うようなことを言うわよねジェリーって!」
「…いや、そんなことはないだろう。考えすぎだ、マデリーン。誰のために正妃の部屋を空けさせたと思っている?」
こうなると自分の要求が通るまでは絶対に引き下がらないともう分かっていたが、俺は一応マデリーンを宥めながらその艷やかな赤茶色の髪を撫でる。
「本当は私より正妃の方が大事なんでしょう?!」
「まさか」
「だったらあの人の侍女たち、あたしの侍女にしてよ!…不安なのよ。いつもいつも、あの人は隣国の王女、粗末には扱えないって皆口を揃えて…。じゃああたしは?あたしなら粗末に扱ってもいいって言うの?あたしが没落貴族の家の出身だから?あ……あたしが……、」
「…馬鹿なことを」
「…う……っ、あ、あたしの方を大事にしてくれないんなら…、あたしもう、今日から違う部屋で寝るからっ」
「……。」
俺はマデリーンを腕の中に抱きしめ、侍女長を呼び命じた。
「アリアのところは侍女の人数は充分に足りているだろう?2、3人だけを残し、あとはマデリーンの専属としろ。マデリーンはまだこの王宮に入ってから日が浅く、戸惑うことばかりだ。不安なようだから、皆でしっかりとサポートしてやってほしい」
「…畏まりました陛下。仰せのままに」
侍女長は静かにそう答えた。
「うふふっ。あたしのお願いを聞いてくれて嬉しいわジェリー!…今夜もたくさん愛しあいましょうね」
心底満足そうなマデリーンの笑顔を見ると、俺の中のアリアに対するわずかな罪悪感はどんどん薄れていく。
(…マデリーンはきっと不安でたまらないのだろう。こいつには俺しかいないんだ。できる限りの望みは叶えてやらねば)




