24. 側妃に(※sideジェラルド)
「…酒場の女を、側妃に、でございますか…?」
その日王宮に戻るやいなや、俺は宰相のザーディンを呼び寄せ内密に相談をした。俺の話を聞いたザーディンは目を丸くする。
「ただの酒場の女じゃない。マデリーンは男爵家の娘だそうだ。調べてくれ、ザーディン。それが本当なら、どうにか俺の側妃にすることはできないだろうか。あいつを手元に置いておきたい」
「ほぉ…、それほどまでにご執心とは…。珍しいですな、陛下。ですが、その女性が本当に男爵家の娘であったとしても側妃となると…、」
ザーディンは渋い顔をする。分かっている。男爵家の娘では爵位が低すぎてそのままでは側妃にはできないのだ。
だが…、
「どうにかできるだろう、ザーディン。誰か、マデリーンを養女にする貴族家がいるんじゃないか。それなりの爵位の」
「……。……なかなか難しいかもしれませんなぁ…。妙齢の娘のいる侯爵家や伯爵家ならば、それよりも我が娘を側妃に、となるでしょうし、…だとすると、レドモンド伯爵家…、いや、デイヴィス侯爵家の派閥に属するあそこでは無理か…。…ウッドマン伯爵家は…、いや…あそこはカナルヴァーラとの貿易で財を成している…。正妃の国にたてつくような縁は結びたくないでしょうしな…。…かと言ってあまり王家との関わりもなく信頼のおける家かどうかも分からぬところでは……」
「……。」
眉間に深く皺を寄せながら唸っている宰相の顔を、俺は祈るような思いで見ていた。
「…陛下、では我がアドラム公爵家の遠縁にあたるベレット伯爵家ではいかがでしょうか。ベレット伯爵家ならば私の目が行き届きますし、私が後見としてそのマデリーン嬢に助力することもかないましょう」
「っ!…そうか。それならば助かる」
さすがは宰相。マデリーンを側妃にする妙案を出してくれた。
俺の胸は期待に高鳴った。この話が上手く進めばマデリーンを手元に置くことができる。苦労しているマデリーンのことだ、王宮で俺とともに暮らせるとなれば大喜びだろう。実家にも支援してやれる。あいつは俺に感謝して、生涯離れることもないだろう。
その後マデリーンが本当にとある没落男爵家の一人娘であることが分かり、ザーディンの手配でマデリーンはベレット伯爵家の養女となった。
「……えっ?!本当に?!ジェイ!あたし王宮に住めるの?ジェイと一緒に暮らせるの?!すごいっ!!」
俺が国王であり、マデリーンを妻として迎えることを伝えると、案の定彼女は大きな目を見開いて喜んだ。
「それと、俺の本当の名はジェラルドだ。そう呼んでくれ」
「ええっ?そぉなのぉ?!…じゃあ、これからはジェリーって呼ぶわね。あたしだけの呼び方で呼びたいもの。だって夫婦になるんだから。いーい?」
「ああ、好きにしろ」
「うふふっ。嬉しい…っ!夢みたいだわジェリー!このあたしが、お姫様のように王宮で暮らせるなんて…。あぁーんありがとうジェリー!あたし一生あなたに感謝するわ。ずっとずっとあたしのことだけを大事にしてね、ジェリー」
「ふ…、ああ。分かった。お前こそ、よそ見をするんじゃないぞ。これからは俺の妻として、俺のことだけを愛するんだ」
「もちろんよぉ!大好きよ、ジェリー!」
そう言うとマデリーンは俺の腕に飛びつき強く抱きしめてきた。素直に喜びを表現するその姿が可愛らしくてしかたなかった。
そして数週間後。
俺はアリアを部屋に呼び寄せ、マデリーンを紹介した。
側妃を迎えたのにそれを黙っているのはさすがに不自然だろう。
望んで強引に隣国から迎えた正妃に対する、ある種の裏切り。自覚はあった。その若干の気まずさを感じつつ、俺は平静を装って伝えた。
「アリア、これはマデリーン。ベレット伯爵家の娘だ。俺はこの者を側妃とすることに決めた。よくしてやってくれ」
「…さようでございますか。アリアと申しますわ。これからよろしくお願いしますわね」
意外にも、アリアは顔色一つ変えることなくそう返事をした。俺は心底ホッとした。さすがは一国の王女、そして大国の正妃だけのことはある。この程度のことで取り乱したりはしないというわけか。
マデリーンの天真爛漫さとは真逆だな。
「さ、マデリーン。アリアに挨拶をしろ。このラドレイヴン王国の正妃だ」
「…はじめましてぇ」
当のマデリーンは俺の腕に巻き付けた両手を放すこともなく、不貞腐れたように一言そう言っただけだった。
(…ふ、全く…。本当にアリアとは真逆だな)
そんなマデリーンの様子を見ても、俺はそう微笑ましく思うだけだった。数日前、俺には正妃がいるからお前は側妃なのだぞと伝えた途端マデリーンは急に機嫌が悪くなった。
『えぇっ!何よそれぇ!聞いてないそんなことっ。あたしだけがお妃様じゃないのぉ?!』
『いいじゃないかマデリーン。大国の妃となるには、本当は長年の厳しい妃教育を乗り越えなければならないのだぞ。子供の頃から毎日ひたすら勉強漬けの日々だ。様々な教養を身に着け、近隣諸国の言語や文化をみっちり学び、正妃となってからは国内外の来客たちとのひっきりなしの応接。面倒な雑務も山ほどある。…お前に耐えられるか?遊ぶ暇などないのだぞ』
『……。……いや』
『だろう?だからこそ、アリアという正妃がいる。彼女が面倒な仕事は全部やってくれるから、お前は側妃としてただ俺と楽しい毎日を過ごせばいいんだ。たっぷり贅沢もできるぞ』
『……。…うん、そうね。いいわね、側妃って。あたし側妃でいいわ!あなたと優雅にのんびりした毎日を過ごす』
可愛いマデリーンは素直にそう言うと途端に顔を明るくした。
はずだったのだが。
(実際にアリアを目の前にするとやはり不愉快らしい。困ったものだな)
アリアからツーンと顔を背けて俺の腕にしがみついてくる幼子のようなマデリーンの仕草に、俺は苦笑したのだった。




