21. 宰相の提案(※sideジェラルド)
アリアが王宮にやって来て初めての夕食。
長旅の疲れを労い、我が国の美食をふるまいながらこれからの二人の未来についてゆっくりと語り合おうと思っていたのだが、夕食の時間になる前に宰相のザーディンから内密に話がしたいと申し出があった。
「…一体何なのだ、ザーディン。アリアが俺を待っているはずだ。早く行ってやりたい。今日でなくては駄目なのか」
若干苛立ちながら、俺は人払いをした自室の中でザーディンの言葉を待った。
「は…、畏れながら陛下、アリア妃陛下がいらっしゃった今日だからこそ、ご提案しておきたい事項がございまして」
「…だからそれは何だ」
俺が急かすと、ザーディンは懐から何かの袋を取り出した。
「陛下、こちらを」
「……何だ?これは。何の薬だ」
「は、こちらは営みの際にお子ができるのを防ぐ効果のある…」
「っ?!…避妊薬か。何故」
袋の中には数十包もの薬が入っている。一体何のために…?
「今夜より当面の間お使いいただくのがよろしいかと存じます、陛下。アリア妃陛下を隣国カナルヴァーラより我が国の正妃として迎えることは、ご存知の通り多くの意見を生みました。今は表立って王家や陛下に対して批判的なことを言う者など一人とておりませぬが、腹の中ではどう思っているやら分からぬ者もおります」
「当然だ。だからこそ一刻も早くアリアが身篭るのがよかろう。世継ぎの母となれば、もはや誰もアリアを粗末に扱うような真似はするまい」
「ですが陛下、それが逆効果になる可能性もございます。反発する思いが残る者たちはこれから虎視眈々とアリア妃陛下の粗探しをするでしょう。妃陛下のラドレイヴンに対する愛国心や、王家への忠誠心、そして陛下の治世を支えていくだけの知力や精神力が備わっているのか。重鎮たちの妃陛下に対する強い信頼心を獲得してからお子を作られた方が、妃陛下やお子の安全が確保されるのではないかと。その方が、よからぬことを企てる愚か者も出てきますまい」
「……。」
そんなものだろうか。
詭弁のような気がする。
カナルヴァーラの王女を正妃として娶ったことが気に食わぬ者は、たとえアリアがコーデリアよりはるかに優秀で器の大きな賢女であったとしても何かと言いがかりをつけてはアリアを糾弾したり、攻撃するのではないだろうか。
それならばアリアの周辺の警備をより強固にする方がよほど有効な手段ではないか…?
そんな考えが浮かんだが、その後ザーディンが続けた言葉に、俺の心はグラリと動いた。
「それに…陛下。長年恋い焦がれた想い人がようやく陛下の元にやって来られたのですから。お二人だけの蜜月を少し長く過ごすお楽しみがあっても良いのではないでしょうか。妃陛下はまだ充分にお若く、お子はいつでも授かることができましょう。授かってしまえば、女性の体はデリケートですから…。妃陛下は日中は王妃教育や公務を覚えたりと、これからお忙しゅうございます。どうぞ思う存分、今はお二人だけの夜をお過ごしくださいませ。半年でも一年でも愛を育まれて、陛下が満足なさった頃からお子を考えればよろしいかと」
「……。…なるほどな」
たしかに、それはそうだ…。
すぐにでも子を成してアリアの正妃としての地位をより盤石なものにしてやるべきだという思いはあったが、あまりあっさりと身篭ってしまっては、夜の夫婦生活を存分に楽しむこともできなくなるわけだ。
何度も夢にまで見た、アリアと肌を合わせる夜を…。
「…この薬は何ヶ月分だ?」
「ここにはひとまず二月分ほど…。残りが少なくなる頃にはまた次をご用意いたします」
「間違いなく安全なものなのだな?万が一にもアリアの体に悪影響が出たり、子が授かれなくなるような可能性はないのだな」
「それはもう、当然でございます陛下。ご心配なさいますな。薬についてはこのザーディンが入念に調べ上げ、より信頼のおける専門医に内密に相談した上でご用意したものにございますので」
「…分かった。ならば使おう」
「避妊薬の使用についてはくれぐれも他言無用であることを妃陛下に念押しくださいますよう。どこから誰にどう話が広まるやもしれませんので」
「確かにな」
他国から嫁いできた正妃がその大きな役目の一つを放り出して国王との情事に夢中になっている、などと口さがないことを言ってアリアを攻撃する連中が出てくるだろう。
俺はその夜から早速アリアに薬を飲ませ、ついにこの手に得た可愛い女との時間を存分に満喫したのだった。




