20. 恋(※sideジェラルド)
カナルヴァーラに留学中、王太子ルゼリエと親しくなり王宮での夕食会に招かれた。その時に、俺は初めてルゼリエの妹、アリアを見たのだ。
ひと目見た瞬間、心を奪われた。まだ幼さが残る面立ちではあったが、垂涎ものの美しさだった。真っ白できめ細かい滑らかな肌。ピンクブロンドの艷やかな巻き毛に、アメジストによく似た紫色の瞳。ただその場に立っているだけで、その存在は稀有な輝きを放っていた。
国王や王妃への挨拶より、ルゼリエや他の妹たちとの会話より、俺はアリアのことが気になって仕方なかった。何という美しさ、愛らしさだ。こんな女は見たことがない。国に連れて帰りたい。連れて帰って、ぜひ俺の妃に……。
しかし事がそう簡単には運ばないことは予想していた。俺には幼少の頃からの婚約者がラドレイヴン国内にいたし、その相手は歴史ある侯爵家の才女。申し分のない王太子妃候補者だった。俺も別に彼女、コーデリアのことが嫌いだったわけじゃない。それなりに美しい女であったし、明るく溌剌とした性格は好ましく、また知性に溢れてもいた。何より物心つくより前からの気心の知れた仲だ。俺のことをよく分かってくれていた。結婚すれば良き王太子妃になって俺を支えてくれるだろうと、そう考えていた。
だがそんなコーデリアもアリアの魅力の前には霞んで見えた。一度欲しいと思ったものは何が何でも手に入れなければ気が済まない性分の俺は、アリアを諦めることなど考えられなかった。
アリアを妃に迎えることを、特に強固に反対したのは宰相のザーディンだった。
「賛成いたしかねます、殿下。他国の王女を正妃のお立場に据えてしまうことは、状況が変わればカナルヴァーラに足元を掬われる可能性も…。正妃には自国の、王家に従順な家の令嬢が一番よろしいでしょう。どうぞ、一度冷静になってよくよくお考えくださいませ」
父との話し合いも俺に都合のいいようには進まず、俺の結婚の話は一時的に保留となった。
そうこうしているうちに、ある日父は胸の病に倒れ、そして呆気なくこの世を去った。母を王宮から最も遠く離れた離宮に隠居させ、即位した俺はすぐさまアリアを妃に迎えることを宣言したのだった。
一部の臣下たちや宰相のザーディン、そしてコーデリアの父デイヴィス侯爵からは強い非難を受けた。
「…あんまりでございます、陛下。娘のコーデリアはこれまで20年近くの歳月、このラドレイヴン王国の王太子妃に、そしてゆくゆくは王妃となるために厳しい教育に耐え抜いてまいりました。全ては陛下の治世をおそばでお支えしていくためです。その娘も、もう22…。…今更陛下との婚約を解消され放り出されて、一体どうしろと…?もう釣り合いのとれる良き家柄の子息など残っておりません。娘と私たちデイヴィス侯爵家のこの長い年月の苦労は、一体何だったのでしょうか」
「……。」
そうは言われてもな。
この気持ちはもう抑えようがない。
俺だってただ無我夢中で、どうしても、いかなる女であったとしてもアリアだけを、というわけではないのだ。この大国の王妃となるに相応しい器を持つ女性であるかはきちんと調べさせてある。アリアとて成績は優秀、一国の王女としてきちんと教育を受けてきているからこそ、教養や立ち居振る舞いにも申し分はなく、周囲の者からの信頼も厚いという。コーデリアもそれは同じだが、それならば俺の心が求める女性をそばに置いておきたい。
こんなにも心惹かれる女に出会ったのは、生まれて初めてなんだ。
失礼は百も承知だったが、俺はこれが一番マシな返答だろうと思われる案を口にした。
「……側妃ではどうだ?カナルヴァーラのアリアを正妃に迎えることはもう揺るがぬが、コーデリアとてこれまで王妃となるために長い時間を費やしてくれたのは分かる。ならば、俺の側妃としてその培ってきた知恵を発揮し、王国の未来を共に支えていってはくれないだろうか」
「…………。」
「…………。」
デイヴィス侯爵をはじめ、話し合いの場にいたザーディンや大臣たちまでもが石化したようにピシッと固まった。部屋の空気は途端に張り詰め、息をするのも躊躇するほどだった。
結局デイヴィス侯爵は外交官長の勤めを辞め、王宮を去った。コーデリアとの婚約解消に際しデイヴィス侯爵家へ支払った慰謝料は莫大な額に及んだ。俺個人の所有となっていた領地の一部もデイヴィス侯爵家へ譲り渡すこととなった。
だが、俺はそれでも構わなかった。自分の決断に悔いはない。俺は多大なる犠牲を払って真実の愛を手に入れたのだから。
愛に試練はつきものだろう。
こうして俺はついにアリアを手に入れた。




