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11. エルドの気遣い

 ジェラルド様との甘い新婚生活の時期があっさり終わりを迎えたからといって、私のやるべきことに変わりはない。

 むしろジェラルド様があんな状態だからこそ、より一層私が抜かりなく公務に邁進しなければ。そんな気持ちだった。


(アドラム公爵が上手く言ってくれるだろうし…、きっとそのうちジェラルド様も我に返るはず。それまで私がしっかりしなくちゃ)


 私は黙々と日々の公務をこなした。ジェラルド様の代わりにたくさんの書類に目を通し、来客の応対をし、大臣たちとの会議にも出席し、情報収集のための茶会を開いた。空いた時間には書庫に行き、ラドレイヴンの歴史書や近隣諸国の文化に関する本などを読み耽った。







「……少し休憩なさってはいかがですか、アリア様」


 ある日。立て続けの来客が終わった後、私がいつものように書庫に向かおうとすると、めずらしくエルドの方からそう声をかけてきた。びっくりして彼の顔を見ると、ムスッとした様子で私から視線をそらした。


「…根を詰め過ぎておいでです。朝から晩までそのように働かれては、いずれ体調を悪くなさいます」

「そうですよアリア様っ!昨日だって日中お茶の一杯さえもお飲みにならなかったじゃないですか!さ、紅茶をお入れしましょう。…ね?」


 すかさずリネットがエルドの言葉に乗っかる。…そうだったかしら。私ティータイムもとらなかったんだっけ…。よく覚えていないけど。


「ありがとう、二人とも。でも私は大丈夫。あなたたちこそ、少し休憩してて。書庫はそんなに遠くないし、すぐに帰ってくるから」

「そんなぁ、アリア様…」

「大丈夫よリネット。…分かったから。ちょっと読みたい本があるの。戻ってきたらお茶にするから、待っていて」


 そう言うと私は部屋を出て一人書庫に向かおうとした。


「…おや?アリア様、どちらへ?」


 部屋の外にいた護衛のクラークから声をかけられる。


「ふふ、いつもの書庫よ。すぐ戻るわ」

「あ、いや、お供いたします!」

「いい、俺が行く」


 クラークの申し出を遮るように中からエルドが出てきて私の元へやって来た。


「…ありがとうエルド」

「いえ」


 相変わらず寡黙だけど、やっぱり彼がついて来てくれるらしい。

 私はエルドを伴って書庫へ向かった。







「…あまり無理をなさらないでください」

「……。…え?」


 書庫に着き部屋に持っていきたい本をいくつか選んでいると、隣で私の本を持ってくれているエルドがふいにそう言った。


「そ、そんなに無理してるように見えるの?私」

「畏れながら…。以前と比べてお顔の色も悪い気がしますし、…少し、痩せられました。見ていて心配になります」


 気遣うような翠色の瞳にドキッとする。そ、そんなに…?自分ではよく分からないし、リネットにさえそんなこと言われてないけど。

 リネットは国にいた頃から私の体調の変化に敏感で、熱が出る前なんかも「あれ?アリア様具合悪いですか?」なんて言ってきていたぐらいなのに。


(エルドは周りの人のことをよく見ているのね。些細な変化でも気がつくタイプなんだわ)


 その時、私はふと思い至った。きっと先日のアレだ…。あの時エルドも一緒にいたものね。だから私が大きなショックを受けているだろうと思って余計に気にしてくれているのかも…。


 アレとは、そう。まぎれもなくアレ。ジェラルド様の浮気現場目撃事件だ。もろに見てしまい動揺しているところをこれまたもろにエルドとリネットに見られてしまった。


「…私なら大丈夫なのよ、エルド。別にそんなに落ち込んでないわ」

「……。」


 できるだけ何でもない風を装いながら私はエルドから視線を外し、本棚の方を向いた。数冊の本を取り出しながら彼に向かって言う。


「分かっていたことだもの。この国の国王陛下は皆正妃だけではなく何人もの側妃を娶っていたと…。ジェラルド様はそれを見て育ってきたお方。私以外の女性に目が行くのも、きっと彼にとっては自然なことなのよね。私がそれを受け入れればいいだけ。国を出る前に母にも言い聞かせられてきたわ。この大陸で最も大きな影響力のある大国の正妃となるのだから、そんなことで挫けずに自分の責務を全うしなさいって。…そういった意味のことをよ」

「……。」


 エルドは黙っている。いつの間にか私は自分自身に言い聞かせるように話し続けていた。


「それはまぁ、もう他の女性を…?って、たしかに早くてビックリはしたけど…、でもまぁ、しょうがないわ。殿方ってそういうものでしょう?手に入れた女には興味を失くし、新しい人に目が行くのよね。…元々私はジェラルド様に恋をして嫁いできたわけじゃない。恋に破れ裏切られた世の中の妻たちに比べれば、きっとこんなの、何てことないのよ。…周りがどう変わろうと、私は私のやるべきことをやるだけ。私にしか果たせない役目があるんだもの。…デイヴィス侯爵家やご令嬢を犠牲にしてまで異国から嫁いできた私なのよ。こんなことで落ち込んでいる場合じゃない。しっかりしなきゃ。私が…、……」


 次々と本を取り出してはエルドに渡していきながら、私はハッと我に返った。


 気が付けば私はエルドに山ほど本を持たせてしまっていたのだ。エルドは文句も言わずただ黙ってその本の山を腕に抱えている。


「…ごっ!ごめんなさい…っ!い、いくら何でもこんなには読めないわね」


 私は慌てて数冊ずつ手に取り本棚に戻しはじめた。顔が火照り、真っ赤になるのが分かった。…私ったら、まるで必死になって傷付いた自分を奮い立たせているみたいじゃないの…っ。王妃としての余裕も威厳も何もあったものじゃない。

 これじゃ本当は傷付いて孤独を感じ辛いんです、って打ち明けているようなものだわ。情けない…。


(…頼りない王妃だと思われただろうな…)


「…待たせちゃったわね。行きましょうか」

「…アリア様、それも貸してください」


 私が自分で最後に選んだ3冊の本を持っていると、エルドが返事も聞かずに私からそれらの本を取り上げた。


「俺が全部持ちます」

「……。あ、ありがとう…」


 何となく気まずい思いをしながら書庫を出ようとした時、エルドがぽつりと言った。


「…俺たちがついています、アリア様。あなたはお一人じゃない。…何かあったら、頼ってください」

「……っ、」


 いつも言葉少なな彼の発したその言葉は、弱りきっていた私の心の真ん中にストンと刺さり、そこからじんわりと広がる柔らかい痛みにふいに涙が込み上げてきた。


「…ふふ、どうもありがとう。じゃ、戻りましょう」


 私は慌ててエルドから目を逸らすと、いつもより早足で部屋まで歩いたのだった。






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