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9. 宰相の理解

 側近は話にならない。

 ジェラルド様本人はまるで私を避けてまわるかのように、昼間は姿を消し夜は夫婦の寝室にも現れない。

 こうなったら少しでもこの状況に疑問を感じてくれそうな人物と話をするしかない。このままどんどん陛下の素行が酷くなれば取り返しのつかない事態になるのではないか。私がこんなにも不安に思っているのに、重鎮たちが何も感じていないはずがない。

 私は宰相のザーディン・アドラム公爵を呼び寄せた。




「…いかがなさいましたか、アリア妃陛下」


 一見厳つくて恐ろしげな風貌のこの人は、話すといつも柔和で優しい。今も私の心を和らげるような、人の良さそうな笑顔でこちらを見ている。


「アドラム公爵…。その…、折り入ってご相談がございます」

「ほほう」

「…ジェラルド様の、…陛下のことですわ」

「ほう。陛下の。…どのような」


(…分からないのかしら)


 今のところ私の相談内容を察している様子は一切ない。不思議そうな顔でこちらを覗っている。


「…陛下は最近、変わってしまったように思います。私がこういう話をすると、見苦しい嫉妬だとか幼稚な独占欲だとか思われてしまいそうで、それは心外なのですが…。最近の陛下は公務を放り出して、日夜どこかのご令嬢方との時間をお楽しみのようですわ。心配しているのは、これがこのままエスカレートしてしまった場合のことです。私が代行できる仕事ならいくらでもいたします。ですが、陛下が今のようにやるべきことを後回しにして女性たちと大っぴらに遊び歩いている状況は、王宮内の秩序にも影響しますわ。陛下ご自身の人望や求心力にも…。それに…、肝心な時に陛下の決断を仰げないような事態になれば…」

「ええ、ええ。なるほど。…妃陛下のご心配は全くもってその通りでございます」

「っ!…そ、そうですわよね」


 よかった…!やっぱりこの人は分かってくれたわ…!


(息子とは大違いね)


 私は幾分ホッとした。宰相は言葉を続ける。


「おそらく陛下は、妃陛下の素晴らしい才覚にご安心なさって少し気持ちが緩んでしまっておるのでしょうな。…いや、実は今だからこそ申し上げますが、ジェラルド陛下が長年の婚約者であらせられたデイヴィス侯爵家のご令嬢とのご縁を解消してまであなた様を妃に迎えようとなさった時、王宮内ではちょっとした論争が巻き起こったのでございます」

「……。」


 やっぱり。そりゃ反対する人たちだってたくさんいたはずよね。


(デイヴィス侯爵家…。きっとこの王家に大きな恨みを抱えているに違いないわね。将来の王妃にと幼い頃から娘を教育してきて、きちんと婚約まで交わしていたのに、土壇場になって他の者を娶るからと突然これまでの労力を無駄にされてしまったのだもの。先日の私たちの結婚式にも、もちろん出席していなかった…)


 王宮側も招いていないだろうけれど、向こうだって私の花嫁姿など見たくもないだろう。


「実はこの私めも、一部の重鎮たちと王家との関係を悪化させまいと、表向きは陛下に意見申し上げたこともございます。わざわざデイヴィス侯爵家の面目を潰してまで、隣国の王女を正妃に迎える必要があるのですか、と。…ですが、陛下の意志は固うございました。自分の妻はアリア様を置いて他にはいない、と。一部の大臣や高位貴族たちの反対を押し切る形で妃陛下を我が国に迎えられて、表には出さずとも内心様々な思いを抱えておられたと思います。ところが…、妃陛下は我々王宮の者たちを皆納得させてしまうほどの実力をお持ちだった。元々の教養や知識に加え、真摯に取り組んでくださった王妃教育は早々に終了され、今では王宮内の者たちは皆申しております。やはり国王陛下の目に狂いはなかったと。妃陛下は尊敬に値する素晴らしいお人柄である、と」

「そ、そんな…。…ありがとうございます…」


 ここまで手放しで褒められると、何だか恥ずかしい。

 アドラム公爵はニコニコと微笑みながら続けた。


「陛下はずっと神経を張り詰めておいでだったことと思います。アリア妃陛下に害が及ぶことのないよう、不届き者が妃陛下を蔑ろにするようなことがないよう…。そして、ここに来てようやく皆が妃陛下を心より受け入れ、妃陛下もご自分の伴侶として、そしてこのラドレイヴン王国の王妃として日々の公務を全うしてくださっている。…安心して、つい気が緩んでしまっておられるのでしょうな。ですが、…たしかに、いささか羽目を外しすぎておいでで」

「…でしょう?」

「ええ。それもこれも、全ては妃陛下を信頼しきっている証ではございましょうが…、私からもまずはやんわりと、陛下にご忠告させていただくとします。何と言ってもアリア妃陛下に首ったけの陛下でございますので。ほほ。そのうち目を覚まされるでしょうが」

「…ありがとうございます、アドラム公爵。心強いですわ」

「は…。畏れながら、ジェラルド陛下が幼少の頃よりおそば近くで仕えさせていただいておりました私でございます。あのお方の性格はよく存じ上げておりますゆえ…。どうぞここは私めに一度お任せくださいませ。上手いこと話してみせましょう」

「頼りにしています、アドラム公爵。よろしくお願いしますね」

「承知いたしました、妃陛下」


 全て心得たと言わんばかりの宰相の顔を見ていると、ようやく少し気持ちが落ち着いてきた。宰相が話の通じる相手で本当によかった。このままジェラルド様にどこの誰とも分からないような相手と遊びまわられては困るもの。公務もそうだし、何より…このままだと大切なお世継ぎがいつになることやら。

 私が口煩く文句を言うのは逆効果になりそうなので、少しこのアドラム公爵に事の成り行きを任せてみることにしたのだった。





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