戻らない
リリアーナが庭へ行くとスチュワートは立ち上がり、かいがいしくリリアーナの椅子を引きエスコートしてくる。
「…。ありがとうございます、オズワルト公爵様。それと、今日も贈り物をありがとうござます。」
「いや、大したものではない。…気に入っていただけだろうか。」
「はい、もちろんです。」
もちろんリリアーナは今までもらった贈り物を一つも開けていないのだから、気に入るも何もないのだが、ここで正直に「一つも開けていないのでわかりません。」と言えるほど正直者ではなかった。
「…よかった。」
無表情のなかにもどこかほっとしたような表情を浮かべたスチュワートにリリアーナは苦い思いを感じていた。
(こんな会話を結婚していた時に聞けていたら、なにか変わっていたのかしら…)
結婚していた時、スチュワートは決して贈り物を買ってくることなどなかったし、リリアーナとお茶を楽しむこともなかった。
仕事が忙しいからといつも言っていたし、実際そうなのだろう。
スチュワートの仕事は王太子の補佐だ。次期宰相と言ったほうが早いか。
将来王として君臨する王太子に仕え、日々多くの仕事をこなさなければならない。
だからこそ思うのだ、今こうして訪ねてくる時間があるならば、スチュワートがしようと思えば結婚していた時にも時間を作ることくらいはできたのではないか?
(…ばかばかしい。いまさら考えたってどうしようもないことよ。)
改めて結婚していた時にいかにスチュワートに大事にされていなかったかを
リリアーナは改めて突き付けられた気がした。
もう無条件にスチュワートを信じ、頼ることなどない。
リリアーナはすでに準備されていたお茶には手を付けず、話を切り出した。
「…オズワルト公爵様、もう、贈り物は結構ですわ。」
「…っなぜ」
焦ったように椅子からスチュワートが立ちあがる。
「なぜって、離縁した妻にいつまでも贈り物を送るなんておかしな話でしょう。それに、オズワルト公爵様はお仕事が忙しいでしょうに。」
「…。」
これが最後だろうから言わせてもらおうと、リリアーナはスチュワートに盛大な皮肉を込めた。
「えぇ、忙しいはずですわ。新婚の妻を屋敷に一人でおいておくほど、あなたはいつも忙しいとおっしゃっていたではないですか。」
「っそれは」
「いつもお仕事で疲れていたのに、家に帰れば騒がしい妻がいてさぞ煩わしかったでしょう。」
「ちが」
「そんな妻と早く子供を作れとご両親からも急かされてうんざりしていたはず。」
「聞いてくれ」
「このようなところには来られず、次のかわいらしい奥様をお探しになったほうがよろしいわ。」
「リリアーナ」
「なぜ今さら私に構われるのです?」
「それは、」
「オズワルト公爵様はあの時言っていたではないですか、」
「…待ってくれ」
「”あんな子供みたいな女は嫌いだ”と。」
スチュワートはまたゆっくり椅子に座った。深くうつむいており表情は窺えない。
「もう私は謝罪を受け入れました。わたしとオズワルト公爵様の縁は切れたのです。」
深くうなだれているスチュワートとは対象にリリアーナはゆっくりと立ち上がった。
「オズワルト公爵様が不快に思うようであれば、今までいただいていた贈り物もすべてお返しいたします。まだ一度も使っておりませんので、どなたか必要な方に差し上げてください。」
リリアーナがそういうとスチュワートはわずかに肩を反応させた。
「…一度も?」
「?はい。オズワルト公爵様の意図が分かりませんでしたので。」
「…そうか。荷物ばかりを送ったようで申し訳なかった。」
「いえ、今回もあんなに大量の贈り物を選ぶのは大変だったと思います。あれは結婚前に送ってくださっていた贈り物を選んだ方と同じ人ですか?」
リリアーナは今回の贈り物をスチュワート自身が選んでいたとは考えもしていなかった。
結婚前と同じように誰かが選んできたものを送ってきているだけだと考えていたのである。
まったく反応しなくなったスチュワートをリリアーナは数秒見つめた後、くるりと踵を返し背筋をしゃんと伸ばして歩き始めた。
もうリリアーナがそこに戻ってくることはなかった。