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 庶民出身だが美しく心優しい少女の主人公、街で王子に見染められて貴族学園に通うことに。それを面白く思わない、血統主義で悪名高い伯爵令嬢が学園から少女を追い出そうと暗躍するが――そんな大衆小説が巷で流行しているという土産話は、エリ・ニーケルクにとって愉快なものではなかった。

 無理もない。悪役として描かれている令嬢のモデルが、小説の結末と同様に現在幽閉されているエリなのは明らかだからだ。


 エリは小さな光魔灯が照らす小部屋の中で拘魔具をつけたまま、質素な椅子に腰かけていた。窓もなく薄ぼんやり明かりの中でも、その美しい銀髪は輝いており、粗末な布に身を包まれながらも、その佇まいは凛としている。


「それで、そのような嫌味を仰るためにわざわざこんな所までいらっしゃったわけではないでしょう。殿下」


 相対するのは上質な軍服に身を包んだ一目で貴族と分かる金髪の男である。それも、最上位に位置する王族、その中でも継承位第一王子のファーライト・ヴェタスだ。

 わざわざ持ち込ませた豪奢な椅子に脚を組みながら尊大に腰かけ、高飛車な声をエリに浴びせてきた。


「貴様はこのような状況でも相変わらず可愛げがないな」

 尊大な声は、先日まで婚約していたとは思えないほど冷え切っていた。それもそのはずだ。この男は、エリではなく庶民の少女を選んだのだ。


「――彼女はカルディラ公爵の隠し子だった」

「それはようございました」

「……何が良いのだ?」

「少なくとも秩序は保たれます」

「秩序か……」

 ファーライトは小さくため息をついた。

「すまない。余が急いた所為だ」 

「その通りでございます」

 ふんっとファーライトは薄く笑う。

「貴様が掲げていた大義名分もなくなり、逆にただの嫉妬で自分より位の高い令嬢に数々の暴挙を働いたという結果になった。何か言い分はあるか?」

「何もございません」

「――すまない。他に誰にも累が及ばないようにはする」

 今度は深くため息をつくと、ファーライトが懐から一枚の紙を取り出しエリに差し出す。王家の勅だ。

「三日後に貴様の処刑が決まった。それまで身を清め、粛としていよ」

 そういうとファーライトは席をたち、部屋を出ようとする。


「殿下」


 エリの声にファーライトは振り向かず足を止める。


「彼女を大切にしてくださいませ」

「――当たり前だ」


 扉が閉まりファーライトのすがたが見えなくなっていても、エリは姿勢を崩さず美しく座っていた。


 ◆


 早朝、沐浴を済ませたエリは白い簡素な服に身を包み、拘魔具を手足につけ目隠しされた状態で処刑場へと連れていかれた。


 処刑場とはいっても衆人環視のなか行うような見せしめの場ではない。

 腐っても名家ニーケルク伯爵家の娘である。処刑にもそれなりの場所が用意されていた。

 目隠しを外されたエリの目前に広がるのは清涼な河原と、その水が何処までも落ちていく深い蒼さで満たされた穴である。


 この国には転生の滝、と呼ばれる聖地がある。

 かの聖ニコライがまだ狂人として扱われていたころ、最期に「この世界にはもう飽いた。この滝に飛び込んで、私は異なる世界で新たな生を全うするのだ」と言葉を残して身を投げた場所だ。

 死後、聖ニコライの狂言と思われていた成果の数々が偉業として認められ、聖人認定されてしまったため、この滝にも転生の効果があるとされている。


 そのため、この世界では相容れなかったが、どこか違う世界でやり直して欲しいとの願いを込めて、この滝は主に貴人の処刑に用いられる。


 もちろん、転生などエリも信じてはいない。


 だが、若し生まれ変われたらもっと器用に――いや、生まれ変わったところで私は私だ。エリは考え直した。自分の信念に基づいて行動したまでであり、生まれ直したところで自分の行動が変わるとは思えない。


 数人の見届け人が見守る中、処刑人に促されるまでもなくエリは自ら崖先に立つと、大きな目を決して瞑ることなく滝つぼへと飛び込んだ。




 ――迫りくる地面へと衝突する目前でエリは本能的に『硬化』の魔法を使っていた。すさまじい轟音とともに、白く無機質な地面が砕け散った。反射的に魔法が使えたことで混乱する頭を働かせながらゆるりと立ち上がる。


 私はなぜ生きている?


 自分の手足を見てみるが、エリには傷一つなく先ほどまでつけていたはずの拘魔具が見当たらない。

 それどころか服すら変わっていた。

 先ほどの衝撃でだろう、ところどころ破けてしまってはいるが、見たことのない意匠が施されていることがわかる。

 白くなめらかな上着に赤い首巻き、腰巻は腰から裾にかけて山折り谷折りのヒダがあり、白い靴下。いずれも布の肌触りがよく、質素なデザインだが、上質な素材が使われている。


 エリは顔を上げて辺りを見回すが、早朝の蒼い滝に飛び込んだとは思えぬほど暗く、ところどころに浮かぶ明かりで照らされた灰色の高い人工物が立ち並ぶ真っさ中だった。

 近くに大きなガラスが光に反射して見えたため、そばに寄る。



 そこに映っていたのは、エリとは似ても似つかぬ、ぼさぼさな黒髪で目つきの悪い少女だった。


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