条件分岐(フラグチェック)
宮城野礼華が異世界に飛ばされたのは今の学校に入学してすぐのことだった。学校が終わり、家へと帰る途中に道路で遊んでいる子供とそれに気付かずハイスピードで走っている車を見かけ、自分でも意識しないうちに体が動いていた。子供を歩道の方へ突き飛ばした時にはもう逃げることが出来ないほど目の前まで車体が迫っており、轢かれる恐怖で目を閉じて体をこわばらせたが、いくら待っても衝撃が伝わることはなかった。恐る恐る目を開けると先程まで道路の真ん中にいたはずなのに、石造りの建物の中におり、足元には変な光を発する魔法陣が描かれていた。礼華が目を開くのを見て、礼華を召喚した魔法使いの後ろにいた豪華な装飾が施された服を身に付けている初老の男性は満足そうに頷いて召使いに後を任せてその場から去っていった。突然のことであっけにとられている礼華へ挨拶をしながら召使いが話しかけてきた。ここは礼華たちが暮らしている世界とは別世界で、礼華はとある目的のために先程の貴族の命で召喚されたそうだ。礼華を気遣いながら屋敷を案内する召使いだったが、とある部屋から出てきた女性を見て顔をこわばらせた。その女性、女の子と表現した方が正確だが、は礼華に非常によく似た顔立ちをしており、何も知らない人が見れば姉妹にしか見えなかった。その貴族の娘は召喚された礼華を品定めするようにジロジロと見つめてきて、明日からヨロシクという言葉を礼華に言うと隣の召使いにお菓子だか服だかを持ってくるよう命令して自身の部屋に戻っていった。事態が飲み込めていない礼華に召使いは主人の非礼を詫びるとともに、なぜ礼華がこの世界に召喚されたのか説明し始めた。あの娘は数日後からこの世界の貴族の公子公女が通う学園へと入学予定だったが、突然行きたくないと駄々をこね始めたらしい。家の評判にも関わるため一人娘を通わせないわけにもいかないが、学園に行くくらいなら今後口を聞かないと言われた貴族は悩んだ末に娘の身代わりを用意することにした。ただ、そこら辺の町から適当に探してきては何かの拍子で身元がバレる可能性があるし、学園を卒業した後のことが面倒だ。その結果、この世界とは全く無関係な人間を連れてくることにしたのだ。何も後ろ盾がない状況では喚び出した貴族の言うことを聞くしかなく、無事に学園を卒業出来れば元の世界に返せば良い。そんな自分たち親子の都合だけを優先した自分勝手の犠牲者が礼華というわけだ。当時の礼華は良くも悪くも普通の少女で、元凶の娘のことはおろかこの世界の常識すらも知らないのにそんな大役演じられるわけがないと断ろうとしたが、その瞬間脳裏に突然映像が流れた。召使いの必死の説得も拒否し貴族からの直々の依頼も断り、着の身着のままで屋敷から追い出されて街をさまよう自身の姿が見えた。幻覚かとも思ったが説得してくる召使いの発言が全く同じだったことから少し先の未来を見たのだと理解した。このまま断っても元の世界に帰ることは出来ないとなると、条件をのみ貴族の娘を演じて学園に通う以外の選択肢はなかった。幸い、召使いも一緒に入学してくれたので可能な限り手助けしてくれたが、召使い一人の力ではどうにも出来ない問題に入学初日から早速ぶち当たった。あの貴族が家の繁栄のために悪どい犯罪に手を染めていると学園内で噂が広まっていたことだ。礼華自身への対応を見るとただの噂とも思えなかったが、この際それが真実かどうかはどうでも良い。困るのはそんな噂が広まっている中でその一人娘として入学させられることだ。クラス分けの際、周囲の同級生たちに話しかけようとしたが、皆白い目で礼華を見て言葉を交わす前に遠くへ行ってしまった。しょうがなく一人離れて席に座り担当教師の話を聞いていると、頭に丸められた紙が当たった。誰から投げられたのか分からない状況でそばに落ちたその紙を拾って広げると、召使いによって小さい子供レベルまでには文字が読めるようになった礼華でも分かる位の悪意が込められた言葉がそこには書かれていた。気のせいかもしれないがクスクス笑う声も聞こえる気がする。なぜ、あの娘がこの学園に入学したくなかったのかが分かった。入学する前からいじめられるのが決まっていたのだ。悪徳貴族の娘、悪役令嬢なのだから。
「それって、ただおまえの性格の悪さが露呈しただけじゃないのか?」
礼華は結解へ冷たい視線を送りながら聞き返す。
「聞き間違いかしら?今、私のことを性根の腐った地雷女と言わなかった?」
「そこまでは言ってねぇよ」
「そう?なら良いのだけれど。まさか、青葉くんが私のことをそんな風に言うなんてありえないものね」
「何だよ、意外と信用してくれてるじゃん」
「もちろん。陰キャのコミュ弱が本人に面と向かって言えるわけがないもの」
「誰が陰キャのコミュ弱だ!」
結解が礼華にツッコミを入れた。自分も異世界帰還者だという礼華の告白を聞いて、スーパーの中にある休憩スペースへ二人で向かうと腰を下ろして詳しい話を聞き出していた。礼華の話を聞く限り、結解や幸太郎が飛ばされた異世界とも別の世界のようだ。貴族のための学校まであるとは随分平和な世界に思える。おそらく、魔王や邪神など人類にとっての明確な敵が存在しないのだろう。
「長話をするのも疲れたわ。一言でまとめるなら、悪役令嬢として学園に送り込まれた私が未来の見えるスキルでバットエンドを回避したらモテモテになってしまって困る、というタイトルにでもなるのかしら。無事学園を卒業してこの世界に戻ってきてからもスキルは使えるけど、回数制限と使用条件が追加されて使い勝手は悪くなってしまったわ」
「使用条件?自由に未来が見えるわけじゃないのか?」
「いいえ。異世界にいた頃も好き勝手にスキルを使えたわけではなく、今後に影響を及ぼしそうな重要な二択を迫られた時しか使用出来なかったけれど、この世界に戻ってきてからは相手と一定以上のコミュニケーションを取らないと未来を見ることが出来なくなったわ。青葉くん。貴方と初めて会話した時のことを覚えているかしら?あの時の会話で条件を満たしたから、貴方が後輩を助けた未来と助けなかった未来を見ることが出来たわけ。あの後輩くんも同じように異世界に行ったことがあるのでしょう?いずれ話をしてみたいものだわ」
「幸太郎のことか?いやぁ、どうだろうな。アイツも面倒くさい性格してるからな。初対面の相手を信用するとは思えないけど」
「アイツも、という言い方が気になるけれど、今はスルーしておきましょう。貴方が異世界で心を読むスキルを手に入れたと知って、もう少し仲を深めてから私の事も話す予定だったのだけれど、栄恵の件が起きてしまって私一人ではどうしようもなくなったから青葉くんの助けが必要になったの。駄目かしら?助けてくれたらそれなりのお礼はするつもりなのだけど」
礼華は少し勘違いしているが、心を読めるとは言っても結解のスキルもそこまで万能ではない。一日三回しか使用できないし、心の声をリアルタイムに聞くのではなく心の中にまとめられている情報をスキルを使用している時間内で読むため、読みきれなかったり読み方を間違えたりすれば必要な情報を入手出来ないこともある。そもそも、同じクラスの人間だけでも三十人以上おり、他のクラスや部活の先輩後輩も含めたら何日かかるか分かったものではない。自分も悪い噂で苦しめられているので、結解しても同じく苦しんでいる栄恵は助けたい。だが、その前に。そう思い、結解は礼華に一つの疑問をぶつけてみる。
「助けられるか分からないし、お礼も別にどうでも良いけど、なんでそこまでしてその友達のことを救おうとするんだ?公園でも言ったけど、今更犯人が分かったところで、もうどうしようもないかもしれないんだぞ?場合によってはお前の身近な人間がその噂を広めている可能性だってあるんだし、知らなかった方が幸せかもしれないだろ?どうして、俺に頼ってまでそこまでするんだ?」
結解の質問に礼華は質問の意図がよくわからないという顔をした。
「友達が苦しんでいるのに助けない理由があるの?それに犯人が知り合いや友人だったとしたら、お互いの為にも尚更それを止めなくてはいけないと私は思うのだけれど?」
礼華の答えを聞いて結解は少し安心した。結解の扱いや異世界で悪役令嬢だったと聞いて、性格の悪い自分勝手な人間かと心配したが、本質は他人へ手を差し伸べることに躊躇しない優しい人間のようだ。いや、あの毒舌で優しいは言いすぎかもしれないが。
「OK。分かったよ。どれくらい日数がかかるか分からないけど、明日から一緒に調査しようぜ。明日の朝にでもお前の教室に行けば良いか?」
「朝だと教室に人が集まりきっていないし、クラスの違う私はそこまででもないでしょうけれど、学科の違う青葉くんがいると目立ってしまうわ。貴方が私たちのところに来ても怪しまれないお昼と放課後を実際に行動する時間として、それ以外はスマホで情報共有をするようにしましょう」
礼華の提案に結解は頷くと時計を見た。思ったよりも時間が経過していた。礼華と連絡先を交換するとカバンを持ってスーパーから出た。礼華の家の場所を尋ねると結解の家とはここから反対の位置にあるため、そこで別れることにした。手を軽く挙げてその場から立ち去ろうとしたが、礼華から声をかけられたので後ろを振り返った。
「何かまだあるのか?」
結解の言葉に首を少し横に振って礼華は言った。
「今日は私、青葉くんに対してだいぶ失礼なことを言ってしまったと思うの。学校ではなるべく気をつけているのだけれど、異世界にいた頃の悪役っぽさが未だに抜けていなくて。それに貴方との会話のキャッチボールが楽しくて、ついつい盛り上がってしまったし」
「確かに、前に学校で会話した時とはだいぶ違ったな。会話のキャッチボールと言うよりも相手にぶつけるドッジボールみたいだったけど」
「嫌な気持ちにさせたならごめんなさい。助けを求めておきながらあんな失礼なことを言った私の言うことなんてあまり信じられないかもしれないけれど、青葉くんが手を貸してくれて本当に感謝しています。明日からよろしくね」
今まで堅いままだった表情を緩めて頭を下げる礼華に対して、結解は微笑んだ。
結解が礼華に協力し始めてから二日が経過した。礼華が事前に調査をしてくれていたおかげで栄恵と馬が合わなかった同級生や部活でレギュラーを取られた先輩など、栄恵に少なからず良くない感情を抱いている人間はある程度絞れていた。幸い来週からテスト期間に入るため今週から部活も休止状態になっており、対象の学生たちは基本的に自分の教室にいてくれたし、放課後もまっすぐ帰るので簡単に待ち伏せできた。結解の在籍している普通科だったらテスト勉強よりも何処かに遊びに行く生徒の方が多いだろうから、そこは流石特進科といったところだろう。その候補を中心に結解のスキルを使用してみたが、確かに不満に思っていたり噂を他人に伝えたりしてはいたが、噂を広めた張本人はいなかった。今も礼華と共に物陰に隠れて、最後の候補が正門から出てくるのを確認してから本日二回目のスキルを使用してみたが、成果は全くと言っていいほどなかった。結解がスキルを解いて、隣りにいる礼華へ首を横に振ってみせると、礼華は表情を変えずに右の手のひらを自身の頬に当てて考え込むようなポーズを取った。この二日間、昼や放課後のほとんどの時間を礼華と共にしたが、表情が変わったところをあまり見たことがない。結解が礼華を尋ねて教室に行って友達と話している時か、それか結解へ悪口まがいの冗談を言っている時くらいだ。先日のスーパーで別れる際の言葉や表情は幻だったと思うほど、結解に対する礼華の冗談は遠慮がなかった。友達に対してもそんな感じなのかと尋ねたが、そんなことはないらしい。冷たい表情のまま礼華に次のような言葉を言われた。
『同じ秘密を共有してる青葉くんだけが特別よ。感謝してちょうだい』
別にそんな特別扱いは求めていないし、感謝しろと言われてもちっとも有り難くはない。とは言え、異世界の話を理解してくれて気を使わずに言葉も交わせるので礼華へ嫌な感情は抱いていない。幸太郎も同じように異世界を経験しているが、先輩と後輩という関係があるのでどうしても一歩引いた付き合いになってしまう。それに、裏でどんな悪巧みをしているのか分かったものでもないし。幸太郎へ今回の件を相談しようとしたが、相変わらず腹を立てているのか返信はなかった。今度、教室へ行って直接話をするか。
「青葉くん。何をそんなじっとしているの?早く行きましょう」
礼華の問いかけに結解は考えるのを辞めて立ち上がった。礼華の事前調査で挙げられた候補に犯人がいなかった場合、放課後に栄恵の家へ立ち寄って話を聞くことにしていた。礼華の後をついて歩きながら結解は話しかけた。
「予想はしていたけどやっぱり一筋縄ではいかないな。手がかりがない状況でたった一人で怪しい人物を調べたお前もすごいけど、流石に対象人数が多すぎる。まだまだ時間がかかりそうだ」
「貴方に手伝ってもらうだけで簡単に犯人が見つけられるなら苦労はしないわ。それとも、異世界帰りで力とスキルを手に入れた自分ならトラブルなんてすぐに解決出来ると高を括っていたのかしら?他人よりも能力があるのは認めるけど、流石にそれは調子に乗りすぎだと思うのだけれど」
「そんなこと一言も言っていないだろ。確かに異世界から帰ってきてすぐの頃は全能感を持っていたのは認めるけど、今は世の中そんなに単純じゃないって理解してるよ。お前の方こそどうなんだ?未来が視えるなんてまるで神様みたいな力を持ってるんだから、人生楽し放題だろ?」
「たかだか十余年しか生きていないのに、人生がどうこうだなんて偉そうに言えないわ。それに私が視える未来はどんなに長くても一年先までが限界だから、その時は最善の選択肢を選んだと思っていても二年後、三年後、十年後が最善だとは限らないもの。結局は他の人たちと同じように、悩みながら自分が正しいと思える選択をしていくしかないの」
年齢よりも大人びた考え方だが、異世界の経験からだろうか。それとも、この世界では車が通り過ぎる数秒程度だが、実際には四年近く異世界に飛ばされていたせいだろうか。
「今、私のことを本当は大人の癖に学生のフリをしてる痛い女とかすごく失礼なことを思っていなかった?」
「……思ってねぇよ」
「気になる無言があったわね。まぁ、精神的には周りよりも少し歳を重ねているのは否定しないわ。見た目はこちらに戻して貰う前に若返らしてもらったからそこまで周りと違いはないはずだけれど。むしろ若返りすぎてたまに中学生と間違われるくらいだし。見た目に合わせて口調も変えてみようかしら?ねぇねぇ、青葉お兄ちゃん?青葉お兄ちゃんはどっちが好き?年下っぽくて可愛い私?それとも、さっきまでの大人っぽくてクールな私?」
あざとい表情で結解に話しかけてくる礼華。なんでこういう時に限っていきいきとしているのだろう。しかも、少し可愛く見えたのが腹に立つ。
「どっちでも良いけど、そんなことして恥ずかしくならないのか?もし知り合いに見られでもしたら、俺だったら羞恥心で不登校になるぞ」
「一人っ子の男の子にとって可愛い妹キャラは大好物だと友達から聞いたから、ここ数日の調査が無駄に終わってしまったのを労うつもりでやったのだけれど、青葉くんの性癖には刺さらなかったようね。もしかしてお姉さん萌というやつなのかしら?」
「別に俺は妹キャラとかお姉さんキャラが好きとか、そういうのはねぇよ」
「ということはもしかして熟女好き?別に好きになるのに年齢は関係ないと思うけれど、流石にその歳で熟女がストライクゾーンなのは早熟すぎじゃないかしら?」
「人の性癖を勝手に決めつけるな」
「まさか、もっと特殊な性癖だと言うの!?」
「本気で驚いた顔をするな!」
そんなやり取りをしているうちに、礼華の足が止まった。どうやら栄恵の家へ到着したようだ。目の前にあるのはごくごく普通の二階建ての一軒家だ。礼華の話によると中野家は父親が大企業の出世頭らしい。専業主婦の母親はかなりの教育ママのようで、勉学に影響が出るからとソフトボール部に所属するのも当初はかなり難色を示していたそうだ。成績が下がったら部活を辞めると説得して入部した部活だったが才能はあったようで、未経験にも関わらず経験者の先輩や同学年のチームメイトを差し置いて一年目の冬にはレギュラーの座を勝ち取った。好きなソフトボールを続ける為にも勉強も頑張っていたらしく、特進科の中でも上位の成績を残していたそうだ。勉強も運動も出来るとなると当然周囲からのやっかみもあっただろうが、本人はカラッとした性格で友達も多かったみたいだ。そんな友人たちも疑ってしまうほど、悪い噂は多くの人間に広まり、勝手に真実ということにされてしまったわけだ。今回の件で一つ心配しているのは、もし噂をでっち上げた犯人を見つけられたとして、はたしてその噂がデマだったと周囲に認知してもらえるかどうかだ。学校という狭いコミュニティに限った話ではないが、悪い噂はまたたく間に広まるのに、その噂の真相だったり良い噂だったりはなかなか広まりづらい傾向にある。以前になにかの論文で読んだことがあるが、悪口を言いたい人間がターゲットに対して否定的な意見が出るように仲間内で話題をコントロールし、その場で出た勘違いや誇張された内容がまた別の仲間に伝えることでどんどんと悪い噂が広まっていくそうだ。仲間内だからといってその人物に乗せられて他人の悪口を言わなければ良いのだが、同じ話題を共有することで仲間意識は強くなるし、他人を批判することで自分たちのルールが正しいという自己肯定感も満たされる。人によっては悪口もコミュニケーションの一つなのだろう。噂で苦しめられている結解としては、そんなコミュニケーションのとり方で出来る仲間などこちらから願い下げだが。
「栄恵には帰りに友達と一緒に家に立ち寄ると言っているから問題ないけど、青葉くんはお母様と初対面で警戒されるだろうから上手く話を合わせてちょうだい。余計なことを言うと青葉くんだけでなく、連れてきた私まで次から家に上げてもらえなくなるかもしれないわ」
そう言って礼華が中野家のインターホンに手を伸ばそうとした時、急に玄関のドアが開いたので結解は礼華の手を掴んで、ドアにぶつからないよう自分の方へと引っ張った。家から出てきた二人の女性が体を密着させた結解と礼華を訝しそうに見ている。
「あなた達、こんなところで何をしているの?あなたは確か中野さんの友達の宮城野さんね?そちらの子は普通科の方ですか?」
そう言って女性の一人が礼華と結解を順番に指差す。結解と礼華はお互い距離を取ると対して乱れてもいないのに衣類を整えた。
「別に同じ学生同士で清い交際するのは構わないけど、同級生の家の敷地で抱き合うのは感心しませんよ?このことは生活指導の先生に報告させてもらいますからね」
「違うんです、高砂先生。今のはドアにぶつからないように青葉くんが私の手を引いてくれて、勢い余って体が触れてしまっただけです。私は彼のことを別に好きではありませんし、彼も他に好きな人がいるので、私たち二人は付き合っているわけではありません」
礼華が学校で見せる優等生然とした態度でその女性へ状況を説明した。先日すでに言われたことではあるが、面と向かって好意がないと言われるのは流石に傷つく。まぁ、自分には忘れられない大切な人がいるので別に礼華にどう思われていようが構わないが。頭の中でそんなことを考えながら、先程の礼華の言葉で目の前にいる女性が誰か思い出した。結解たちが通っている学校で体育を教えている高砂先生だ。確か一年生の担任だったはずだが、なぜ栄恵の家にいるのだろう。
「そうでしたか。ドアの前にあなた達がいるとは知らずに開けてしまってごめんなさいね。あなた達も中野さんのお見舞いに来てくれたのですね?来週からテストなんだからあまり長居はしないようにね。それじゃあ、お母さん。突然尋ねてきてしまってすみませんでした。タイミングを見て、またお邪魔させていただきますので。何かあればいつでも連絡してください。時間を作って来ますから」
「いえいえ。こちらこそ栄恵がご迷惑おかけしてすみません。せっかく顧問の高砂先生が来てくれたのに気分が悪くなってすぐに部屋にこもってしまって。先生やチームの方々に迷惑にならないよう、一日でも早く学校に戻れるようあの子と話してみます」
栄恵の母親との会話を終えると高砂は足早に家から出ていった。
「礼華ちゃんもごめんなさいね。あの子、急に体調が悪くなっちゃったみたいなの。せっかく様子を見に来てくれたのに、あまりお話出来ないと思うわ」
「そうですか……。それじゃあ、ドア越しに声だけかけさせてください。邪魔にならないようにすぐに帰りますから。いえ、彼はここで大丈夫です。体調が悪いのにいきなり顔も知らない同級生と話なんてできないでしょうし、彼も人の家の玄関で待たされるのは肩身が狭いでしょうから。青葉くんもそれで良いかしら?」
「ん?あぁ、いいよ。ここで待ってる」
栄恵の母親が結解に家の中で待つよう勧めるが、横から口を挟んだ礼華がそれを断る。冷たいやつだなと思いながらも、それよりも気になることがあったため結解は生返事で了承する。申し訳無さそうな顔をしている栄恵の母親とは対象的に、礼華は結解のことなど気にせず家の中へ入っていった。礼華と栄恵の母親がいなくなったことを確認して、結解は片目を閉じて遠くに見える高砂の後ろ姿をじっと見つめた。しばらくすると、高砂が視界から消えたのでスキルを解除される。結解が考えをまとめながら待っていると、ほんの数分で礼華が玄関のドアが開いた。
「本当にごめんなさいね。お友達で頻繁に来てくれるのは礼華ちゃんくらいだわ。これに懲りずにまた家に立ち寄ってもらえると助かるわ。今度はちゃんとお出迎え出来るようにしておくからね。そちらの彼もこんなところで待たせてしまってごめんなさい」
栄恵の母親が礼華と結解へ謝ってくるので、二人はそれぞれ返答しながら中野家を後にした。
「どうだったんだ?話はしたのか?」
しばらく歩いてから結解が礼華に問いかける。
「話と言えるほどの言葉は交わしていないわ。高砂先生と三人でリビングで話をしている最中に体調が悪くなったそうで、ベッドで横になっているとドア越しに聞いて、無理しないようにだけ言ってすぐにその場から立ち去ったもの」
「そうか。しょうがないとは言え、ヒントがなくなっちまったなぁ。明日からどうする?虱潰しに調べてみるか?」
「ふざけるにしてもたちが悪いわね。さっさと分かったことを教えてくれないかしら?」
何のことだとしらを切ろうとしたが、まっすぐ見つめてくる礼華の表情を見て無駄だと悟る。
「やけに鋭いな。お前が家に入ってからスキルを使用したんだが……。あ、もしかして、家の中で待っているように言ってくれたのに、外にいるように言ったのは俺がスキルを使った未来を視たからか?」
「そういう事。あの時、青葉くんを玄関で待たせるかどうか選択肢が出たからスキルを使って未来を確認したわ。そしたら、家の外でスキルを使う貴方が視えたというわけ。それに、私が貴方のスキルを持っていたとしても同じように高砂先生へスキルを使用したはずだわ。だって、ただの部活の顧問が担当教師を差し置いて生徒の様子を見に来るなんて怪しいじゃない?」
「お前の言う通りだよ。それにお前や友人たちがお見舞いに来た時は部屋から出て来なかったのに、あの先生には顔を合わせて話をしたって聞いて、ピンと来るものがあってな。最後の一回分スキルを残しておいてよかったぜ。おかげであの人が噂を広めた張本人だと分かったわけだからな」
結解の告白に対して、礼華はあまり驚いた表情を見せなかった。先程言っていた通り、栄恵の家から一人で出てきた時点でなんとなく予想はついていたのだろう。
「でも、どうして高砂先生は栄恵に対してそんなことをしたのかしら?私もあまりあの先生についてはよく知らないのだけれど、悪い評判は聞かないわ。栄恵から部活の話を聞いた時も高砂先生のことはよく慕っていたようだし、先生の方も栄恵に期待して未経験にもかかわらずレギュラーに抜擢したそうよ?互いに教師と生徒の良好な関係を築いていたはずなので、なぜ栄恵の評判を貶めたりしたのかしら?」
「その理由をこれから説明するけど、その前にどうやって彼女の悪評を覆すかちょうど思いついたんだ。その作戦も一緒に話すからお前の意見を聞かせてくれるか?」
そう言って、結解は礼華へ説明を始めるのだった。
高砂陸が職員室でプリントをまとめていると同僚の男性教師から声をかけられた。美味しいレストランを見つけたので今度の休日に一緒に行かないかという誘いだった。職場に私以外にフリーの若い女性がいないからといって、下心丸出しなのが気持ち悪い。しかも、いっちょ前にその溢れる性欲を隠そうとしているところが腹が立つ。他の教師もそうだ。手を出さなければ性的な目で胸や尻をジロジロと見ても良いとでも思っているのだろうか。中には生徒にまでそういう視線を送る者もいる。下半身でしか物事を考えられないオスが。穢らわしい。そんな本心を悟られないように注意をしながら丁重に断った。少し引き下がってきたが、教頭がわざとらしく咳をしたのに気付いてそそくさと退散していった。誰にも聞こえないように小さくため息をついてデスク作業に戻ろうとしたところ、また背後から声をかけられた。貴重な昼の時間に何度もしつこい。いい加減にしてくれと思いながら振り返ったが、そこにいたのは一人の男子生徒だった。校章を見る限り普通科の二年生なので受け持ったことはないはずだが、その顔には見覚えがあった。昨日、栄恵の家の前で礼華と一緒にいた生徒だ。その生徒は申し訳無さそうな顔をしながら高砂へ話しかけてきた。
「お昼の時間にすみません。実は高砂先生に相談があって来たんですけど、今少し良いですか?」
「良いですよ。担任でもない私で良ければ話を聞きましょう。何を相談したいのですか?」
高砂はその生徒の方へ体を向けるが、目の前の生徒は他の教師を気にして周囲をチラチラと見ている。周りの目があると話しづらいのだろう。高砂は場所を変えようかと提案すると、生徒の顔が明るくなって五階の空き教室はどうかと尋ねてきた。確かに本校舎の最上階は普段使われていない教室が多く、他人に聞かれたくない話をするのであればうってつけだ。空き教室を勝手に使用してはいけない決まりになっているが、他に腰を据えて話ができそうな場所もないし少しくらい良いだろう。一応、自身が担当しているソフトボール部の部室もこの時間なら空いているが、女子用の部室に男子生徒を連れて行くのはまずい。周囲の教師にバレていないことを確認してから了承すると、席を立ってその生徒と共に最上階へ向かった。階段を登りながら名前などを確認する。青葉結解。名前を聞いて思い出した。確か半年近く前に失踪した生徒だ。なぜ失踪したのかは不明だが、何らかの事件に巻き込まれてそのショックで失踪中の記憶が抜け落ちているのではないかと言われている。一方で体を鍛えるために世界一周の旅に出ていたとか嘘か真か不明な噂が最近になって聞こえてくる。そんな生徒が一体どうしたというのだろうか。目的の階に到着し空き教室を確認していく。幾つかは生徒たちが勝手に使用していたが、ちょうど一つ空きがあったので結解をその教室へ招いて椅子に座るよう指示した。結解は他の誰にも聞かれたくないのかドアをぴっちり閉めると、エアコンも入っていないというのに窓も閉め切ってしまった。
「それで、何を相談したいのですか?ここなら誰にも聞かれていないから話しやすいでしょう?あぁ、相談された内容は誰にも言いませんから安心してください」
高砂が改めて話をするよう催促すると、結解は椅子に座って頭を掻きながら話を始めた。
「高砂先生、実は俺、好きな人がいるんです」
その言葉を聞いて高砂は肩透かしを喰らったような気分になった。わざわざこんなところまで連れてきて恋愛相談とは思わなかった。
「そうですか。相手の名前は?いえ、やっぱり良いです。恥ずかしいでしょうし、貴方も言いたくないでしょうから。どうぞそのまま話を続けてください」
学生の恋愛話など興味はなかったが、自分を頼ってくれた生徒の気持ちを無下にする理由にもいかない。とりあえず話だけは聞いてみよう。
「はい。その子はクラスが別なんですけど共通の友達から仲良くなって、一緒にいるうちに恋愛感情を抱くようになったんです」
ありがちな理由だ。おそらく相談したい内容というのも告白するべきか否かと言ったところだろう。共通の友達がいるなら、その友人へ相談すれば良かったのではないだろうか。話の流れが読めたので適当に聞き流そうかと思ったが、そのあとに話す内容は予想した流れとは違っていた。
「でも、彼女が好きになる気持ちが大きくなるにつれて、段々イライラしてくるようになったんです。最初は告白出来ない自分の不甲斐なさに腹が立っているのか思ったんですけど、その子が他の人と話しているのを見て違うと気づきました。彼女が同級生や先輩、後輩と仲良く話していることが我慢出来ないんです。俺にとって彼女が全てなのに、彼女には俺以外にも話をする人間がいる現実に納得できない。彼女にも俺だけを見ていてほしい。いや、見ていなくちゃ駄目なんです」
話の流れが変わり始めた。気のせいか、結解の顔には笑みが浮かんでいるように見える。高砂は黙って話を聞き続けた。
「彼女は優しいし頼りになるから周りの人間からも信頼されている。このままじゃ俺だけのものにならないと焦っていた時に彼女の悪い噂が聞こえてきました。最初はそんなの嘘に決まっていると他の人たちに言い聞かせようとしました。でも、思ったんです。もしその噂で彼女の評判が下がって孤立すれば、彼女は俺だけのモノになるんじゃないかって。それで、俺はその噂をもっと他の人にも伝えることにしました。もちろん、そのまま伝えたんじゃ信用されないかも知れないので、脚色したりしました。俺の思惑は当たって彼女は友達やチームメイトからも疑われるようになり、自宅に引きこもるようになりました。高砂先生、好きな相手にこんなことをするなんて俺はおかしいんですかね?愛している人を独占したいと思うのは罪なんでしょうか?」
結解が落ち着きなく体を揺らしながら問いかけてきた。どうやって答えよう。教師としては否定してあげた方が良いだろうか。
「そうですね。人に対して色んな感情を抱くのは自然なことです。そうして自分の中に芽生えた感情を溜め込まずに、表現したり発散することも大事だと思います。ただ、それらは他者に迷惑をかけない範囲で行うべきですね。貴方の行動によって誰かが傷ついたり苦しむのであれば、それは間違った行為と言うしかありません」
「でも、高砂先生も同じことをしていますよね?」
「はい?」
「高砂先生も好きな生徒を自分だけのモノにするために根も葉もない噂を学生の間に流しましたよね?」
結解の言葉に口から心臓が飛び出そうになった。なぜそのことを知っている。
「俺も同じタイプの人間だから、昨日中野さんの家で会った時にひと目で分かりましたよ。高砂先生が噂を流した張本人だって」
「そんな……。誤解だわ……。私はそんなこと……」
突然のことに頭が上手く回らない。直感で気付いただけで証拠はないはずだから、強く否定すれば良いだけなのにその言葉すら思い浮かばない。そんな高砂を見て結解は畳み掛けるように言葉を続ける。
「高砂先生が違うと否定するならそれで良いです。今の中野さんが唯一心を開いているのは高砂先生だけでしたから、邪魔だと思っていたんですよね。この後、中野さんに連絡して高砂先生も裏では中野さんの悪口を言っていたと伝えます。そうすることで彼女は完全に孤立して、俺が優しくしてあげれば彼女を俺一人のモノにすることが出来る」
そう言って結解が立ち上がってこの場から立ち去ろうとする。まずい。ここで結解を行かせたら今までの努力が全て無駄になってしまう。
「ちょっと待って!分かりました。正直に話します。栄恵さんの噂を流したのは私です。でも、それは好きとかじゃなくて、ただ彼女を周囲の悪意から守りたかっただけなの。貴方も分かってると思うけど、彼女は誰にでも優しくて勉強や運動が出来てもそれを鼻にかけたりしない、言うなれば完璧な人間なの。でも、平凡な人からしてみれば完璧過ぎる人間は称賛の対象でもあり、嫉妬の対象にもなる。実際、私が流した噂が広まるにつれてどんどん内容が付け足されていたし、あんなに仲の良いフリをしていた友達やチームメイトもすっかりその噂を信じてしまったでしょ?人気者や完璧な人間に弱みが見つかれば、誰でも足を引っ張りたくなるものなのよ。それが例え虚偽の内容だとしてもね。彼女の完璧さが知れ渡れば知れ渡るほどその反動も大きくなってしまうから、噂を流すことで彼女をそんな平凡な人間たちから隔離させてあげたの」
結解はポケットに手を突っ込みながら高砂の話を聞いている。この教室からまだ出すわけにはいかない。高砂は話をしながら結解に見えないように後ろ手でスマホをいじった。今話した内容に半分本当で半分嘘だ。確かに栄恵を周囲の悪意から隔離させたかったのは本心だ。ニコニコした顔で彼女のことを妬んでいる上級生がいたことも知っている。だが、彼女を好きではないと言ったのは嘘だ。経験もないのにひたむきに練習に励む姿やコンプレックスを抱いている胸について他の人間と違ってからかったりしない人柄に、いつしか教師と生徒という関係性を超えた感情を栄恵に持つようになっていた。だから、誰にも気付かれないようにSNSで複数のアカウントを作り、学生を装って噂を広めた。部活に関しても練習中の誰もいないタイミングや部員が帰宅したあとに道具へ細工をした。高砂の工作は上手くいき、ようやく彼女を孤立させて私だけを信用するようになった。せっかくここまできたのに、今更邪魔をされる訳にはいかない。高砂は録音アプリを起動させた。
「私は栄恵さんのことを心配しているの。でも、貴方はどう?自分の欲のために一体どれだけ噂を広めたというの?心は傷まない?」
高砂の問いかけにドアの近くで立っている結解は腕組みをした。何かを考えているのか、片目を閉じながらこちらを見ている。なんでも良いから早く喋って欲しい。
「自分のやったことを棚に上げてよく他人を批判出来ますね。有りもしない噂を流して、周囲を騙し、中野さんを孤立させる。理由はどうあれ、貴方と俺がやったことに違いはない」
結解の言葉に高砂は満面の笑みを浮かべた。やった。まさかこんなにすぐに自分が噂を広めたと言ってくれるとは。貴方と、という部分については後で切り取れば良い。この録音データがあれば、結解が何を言ったとしても私の方を信用するだろう。高笑いしそうになるのを抑えて、高砂は録音を終えると椅子から立ち上がった。
「意見の相違ですね。貴方の考えは分かりました。好きにすると良いです。ですけど、栄恵さんはただの友達の貴方よりも信頼している部活の先生である私のことを信じると思いますよ?」
「それは、いま隠し撮りした録音データを使うからですか?」
閉じていた目を開いて結解が言った。気付いていたのか。だが、もう後の祭りだ。データはクラウドで保存しているからスマホを壊されようがこの場で消すことは出来ない。女だから力でなんとかなると思っているのであればそれも甘い。学生のころからソフトボールをやってきていて、トレーニングは今でもやっている。簡単に組み伏せられるほどやわじゃない。結解が体を動かしたので身構えたが、こちらではなくドアの方へと向かっている。
「そのデータについてはご自由に使ってください。ま、使えるならですけど。あと、一応言っておきますけど、ここに来てから俺が言ったことは全部嘘ですよ。そもそも、俺は中野さんの顔もよく知らないし」
「今更何を言っているの?もしかして録音をし続けているとでも?残念だけどもうアプリは終了しているから、無駄よ。それに、貴方が何を言ったところで不要な部分は切り取ってしまえば済む話ですから」
「平気で他人を騙すだけあって、発想も悪意に満ちてますね。さっき言った通り、そのデータをどうこうするつもりはありませんよ。上手く切り貼りすればきっと中野さんを騙すことも出来ると思います。まぁ、そんな機会が来るとは思えませんけど」
そう言って結解が教室のドアを開けた。昼休みと言えど、外がやけに騒がしい。結解がポケットからスマホを取り出した。遠目でも画面が通話状態になっているのが分かった。
「このフロアは音声を切っていたから気付かなかったと思いますけど、スマホを通して先程の会話を校内放送で流しました。先生の告白を聞いて、今頃他の先生たちは必死で何処にいるのか探していると思いますよ。あ〜、只今五階の空き教室におります。お急ぎの方は廊下を走らずにお越しください」
ドアを開けたことで階下からかすかに放送が聞こえてきた。誰かが階段を急いで昇る足音も聞こえる。ようやく事態を飲み込めた高砂はその場で膝から崩れ落ちた。
「……というわけで、今日でテストが終わったわけだが、気晴らしといって遊び歩かないように。テストの出来が悪いと自覚している者は今のうちから補習を覚悟しておけよ?それじゃあ、今日のHRはこれで終了だ。日直の国見、帰りの挨拶を頼む」
起立、注目、礼という日直の号令に合わせてクラス全員が立ち上がって頭を下げた。落ち込んでいる結解も一緒に終礼をした。以前と同じように先生が教室から出ていくのを待たずに、皆大声でどこに遊びに行くか相談しだしたが、テストがボロボロだった結解の耳には呪文を唱えているようにしか聞こえない。先週のほとんどの時間を調査に費やしたのだ。それに、高砂が他の教師に連れ去られた後、放送室にいた礼華と共に生活指導の先生にこっぴどくしごかれたうえ反省文を提出しなければならなくなったせいで、テスト勉強なんてする時間はなかった。会話がスマホ越しに校内にいる人間へ聞かれていると知らずに自分の悪行を告白した高砂は教育委員会に処分されてこの学校から去っていった。高砂との会話で結解が話した内容は嘘だと礼華が証言してくれたので、そのことについてはお咎めはなかった。ではなぜ反省文を書かされたかというと、勝手に放送室を占拠して校内放送を流したことにお叱りの言葉を頂いた。実際に放送室を使用したのは礼華だが、共謀していた事は言い逃れできない以上、結解も同罪ということになった。礼華一人に罪を被せるつもりはなかったし、異世界に飛ばされていたことで出席日数が足りなくなってきているので、停学処分にならなかっただけでも良しとした。栄恵に関しては噂は嘘だったという事があの放送によって知らしめることが出来た。面白半分で広めていた者や元々嫌っていた者は特に反省もせずそんな噂など最初からなかったかのように振る舞っていたが、仲の良かった友達やチームメイトの何人かは栄恵の家へ行き謝罪をしたそうだ。礼華の話だとまだ心の傷は癒えたわけではないが、テスト明けから徐々に学校へ通う予定だそうだ。起きてしまったことをなかったことには出来ないが、本人が立ち直ろうとしてくれているのだったらあの作戦は成功だったのだろう。変わったことはもう一つある。結解や礼華が今回の件に関わっていることは秘密とされたが、放送には二人の声がのっていたために高砂と話していたのが結解だとクラスメイトにはバレてしまっている。以前のような腫れ物扱いは少なくなったが、代わりに独占欲強めのヤバいやつというキャラ付けをされてしまった。高砂の悪行を暴くためというのは知っているはずだが、演技力が高すぎたか。だが、からかい半分でも話しかけてくれる同級生が増えたので、腫れ物扱いされるよりはマシだろう。机の中を見て持ち帰る物を精査する。幾つかの科目で補習をすることは確定しているので、今のうちに勉強でもしておくか。そう思って教科書や参考書を全てカバンに仕舞っていると、また斜め後方から視線を感じた。結解が振り返ると、先日と同じように昔の友人がこちらを見ていた。クラスの人と話すようになっても、彼とはまだ会話をしていなかった。勢いで何か話をするべきだろうか。そんなことを考えているうちに彼がこちらに近づいてきた。何も言えずにいる結解の真横に来ると一言だけ言った。
「やるじゃん」
北山はそれだけ言って早足で友達の輪に戻っていく。結解は手で口元を覆いながら、ただそれを黙ってみていた。一見欠伸をしているように見えるかも知れないが、頬が上がっているので手で隠しても笑っているのがバレバレだった。
お読みいただきありがとうございました
今回のエピソードはこれで終了となります
余談ですが、キャラクターが飛ばされた異世界はRPGを参考にしています(シュミレーションやアクション、恋愛など)
キャラクターのスキルもその世界観やシステムを現実世界に落とし込むとしたらという考えを元に決めました
今後登場させる主要キャラクターも何らかのRPGから設定を作っていく予定です
もし宜しければ感想をお願いいたします
追記 9/4
前回のあとがきに記載させていただきましたが、只今別件で忙しくしております
このシリーズは毎週投稿を予定していましたが、そちらが終わるまでは話の続きを書くことが難しく、誠に勝手ながら9月末までは一旦休止とさせていただくことにしました
お待ちいただいているのに誠に申し訳ありません
できるだけ早く再開出来るようがんばりますので、その際にはまたお読みいただけると幸いです
恐れ入りますが宜しくお願いいたします