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悪役令嬢

「……というわけで、来週からテスト期間に入るわけだが、早く帰れるからって遊び歩かないように。しっかりとテスト勉強しないと、教科によっては補習があることを忘れるなよ?それじゃあ、今日のHRはこれで終了だ。日直の川平、帰りの挨拶を頼む」

起立、注目、礼という日直の号令に合わせてクラス全員が立ち上がって頭を下げた。もちろん、このクラスの一員である結解も一緒に終礼をする。挨拶が終わると担任の先生が教室から出ていくのを待たずに、皆大声でテスト期間中に遊ぶ予定を相談しだした。先程あんな注意をした先生も、これ以上言っても無駄だと諦めているのか、それともあくまで形式上注意しただけで本心は違ったのか、何も言わずにプリントを整理して教室から出ていった。周りが騒いでいる中、結解は一人帰り支度を進めた。テスト勉強をしっかりするようにと言われても、教科書などを全部持ち帰るのは重労働だ。カバンに仕舞うのは明日宿題が出ている教科だけにして、ほかは週末にしよう。いつも通り土日に詰め込めばテストはなんとかなるはずだ。そんなことを思いながらカバンを閉じると斜め後方から視線を感じた。結解が顔を上げて振り返ると、少し離れた場所に座っている学生が結解を見ていた。視線が合うとその学生は顔を逸して周囲の友達の会話に混じった。結解はまた視線が合わないかとしばらくその学生を見ていたが、まるで結解のことなどはじめから見ていなかったかのように、その学生が顔を結解の方へ向けることはなく、結解も諦めて席を立ち教室から出た。あの学生は中学の頃からの友人だ。いや、だったと言った方が正しいかもしれない。何をするにしても一緒に行動する位仲が良かったのだが、結解が異世界へ飛ばされている間に警察に事情を聞かれたり、周囲の根も葉もない噂にひどく傷ついたようで、結解がこちらに戻ってきてから一度も口を利いていない。結解自身もなんと声をかけていいか分からなかった。異世界に行っていたなんてまともな人間なら信じるはずもないし、ふざけていると捉えかねられない。かと言って何か適当に嘘をついたとしても、結解のせいで苦しんだ彼が許してくれるだろうか。そうやって悩んでしまい、時間だけがどんどん経過して、ついに話しかけることすら出来なくなってしまったのだった。さらに悪いことに、現実世界に帰ってきてから興味本位の悪い噂によって結解が孤立してしまったため、共通の友人や話題など話すきっかけすらなくなってしまっていた。今日みたいにたまに視線が合うこともあるが、すぐに別な方向へ顔を逸してしまう。どうにかしなければと思うのだが、今更なんて話しかければ良いのか分からず、いつも逃げるようにその場から立ち去ってしまうのだった。


それに気付いたのは学校を出てしばらく歩いた時だ。HR後の教室と同じような視線を感じて背後を振り返るが、後ろには誰もいない。気のせいかと思い再び歩き始めると、自身の歩く音に重なるように後ろから靴が地面に当たる音が聞こえた。やっぱり誰かにつけられている。そう直感した結解は帰宅ルートとは別の道を向かった。路地を右に曲がる瞬間にチラッと来た道を覗くと、誰かが電柱の影に隠れるのが見えた。相手の姿までは確認出来なかったが、尾行には慣れていないようだ。一体誰だろう。こんなことをする人間で真っ先に思い当たるのが幸太郎だ。先日のパン屋の騒動が解決して数日後、是非お礼がしたいとパン屋の娘である星乃から連絡を受けたのだが、幸太郎が星乃に好意を抱いていると知っていた結解はお礼は全部幸太郎にあげてほしいと伝えた。星乃と話すきっかけを与えてやったので感謝してほしいくらいだったのだが、幸太郎からしたらいらぬ世話だったらしい。連絡を取っても無視やそっけない回答しか返ってこない。やられたらやり返すタイプの幸太郎がそのまま黙っているとも思えないので、何か弱みを握ろうとして隠れて後をつけてきているのではないかと一瞬考えたが、色々と策を考える割に最後は暴力的な解決方法を取る幸太郎がこんなコソコソ隠れるやり方を取る可能性は低いか。次に浮かんだのはあの友人だったが、すぐにその考えを取り消す。自分が仲直りしたいからといって、あまりにも自意識過剰だ。確かに教室で目はあったが、友人たちとの会話を切り上げて結解の後を追いかけるなんて恋人でもないのにするはずがない。だが、そうなると誰が尾行してきているのだろう。考えを巡らせながら結解は目的の通りにたどり着いた。住宅がずらりと並んだその道は大通りから離れており、この時間帯は道を歩いている人も少なく、電柱や横道といった隠れられそうな場所もほとんどない。結解はその通りに足を踏み入れながら、背後の人物がちゃんとついてきているか警戒した。感じる視線や聞こえる足音の限りでは結解に続いてこの通りに入ってきたようだ。しばらくそのまま歩き、身を隠す場所がないことを確認すると、結解は予備動作もなく後ろを振り返った。突然振り返ってきた結解に反応が遅れた尾行者は隠れる場所を探す素振りを見せたが、遮蔽物が見当たらないので諦めて結解と顔を正面から見た。

「あ、あら〜、青葉さん。こんなところで奇遇ねぇ〜」

「いや、奇遇ねじゃないでしょ?こんな帰宅ルートから離れた場所で偶然会ったフリをするのは流石に無理があるよ。俺の後をつけてきて、一体何の用?」

「後をつけてただなんて、そんな……。たまたまこの道が私の家への近道なだけよ?むしろ、なんで青葉さんはこんな道にいるのかしら?貴方の通学路は違うはずでしょ?」

「俺は帰る途中で誰かに尾行されていたから相手を確認するために隠れる場所の少ないこの通りに誘導しただけだよ。ここは新興住宅地で電線が地中に埋まっているんだ。それに隙間なく家が建っているから路地も少ないし」

「だから電信柱とか横道がなかったのね……。いや、私もよく通るから知ってたけど?新築ばかりだし、空も広いからいい場所よね。それにしても、学校の正門から待ち伏せして尾行するだなんて一体誰がそんなことしてるのかしらねぇ?」

正門からとか結解が言ってもいない情報を明かしておきながら、あくまで尾行は認めないつもりのようだ。それならそれで良いけれど。尾行中に感じた視線や今会話した限りだと敵意はなさそうだし、悪意を持って監視しているわけではないようだ。さて、どうするか。このままここで話し続けるのもなんだし、何処か場所を移した方が良いだろうか。いや、相手が尾行を認めていない以上、わざわざ別の場所で会話をするのもおかしいだろうから、ここは別れを告げて立ち去るべきだろうか。

「ちょっと待って!」

突然目の前の相手が大きい声を上げた。結解がびっくりした表情で相手を見ると、相手は慌てた様子で言葉を続けた。

「ごめんなさい、急に大声を出してしまって。ここで会ったのも何かの縁だし、近くの公園で少しお喋りでもしない?いえ、仲を深めるためにも話し合ってお互いのことを理解すべきだと思うわ。青葉さんもそう思うでしょ?」

「いや、別に俺は……」

「そう思うよね?」

「……はい」

半ば強制的に答えを言わされてしまった。相手がスマホで周囲を検索して公園の場所を指さした。思ったよりもすぐ近くにある。OKしてしまった以上ここで帰るわけにもいかず、逃げ場を失った結解は諦めて目の前の相手、宮城野礼華の後について公園へと向かった。


礼華と共に近場の公園に向かい、ベンチがないのでブランコに腰掛けた。話をしたいと言っていたはずの礼華は公園についた途端に黙ってしまい、隣でブランコで遊んでいる。結解もつられてブランコを漕いでいるが、横目では礼華のことを観察し続けていた。特進科所属の二年生。見た目はいかにもな優等生で、制服を着崩す学生が多いのに礼華はきっちりと着用している。年齢よりも幼く見える顔立ちが髪型や服装などから与える堅苦しい印象を和らげていた。結解が盗み見ているのに気付いたのか、礼華は顔を結解の方へ向けて話しかけてきた。

「どうしたの?そんなに私の顔を見て?なにかおかしな物でも付いているかしら?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「そうよね。顔に何かがくっついていたら流石に違和感を感じるわ。……違和感を感じるだと日本語として間違っているかしら?違和感って、感じる物?覚える物?持つ物?」

「トートロジーなんて言葉もあるし、同じ意味の言葉を重ねて使うのは間違ってはいないんじゃない?文字にしたら少し気持ちが悪いけれど、言葉にする分には違和感はないよ」

「確かに日本語のテクニックとして重言は間違いではないわ。でも、青葉さんは今、違和感はないと表現していたわよね?確かに安定感とか緊張感とかもある、ないで使ったりするわ。そう考えると、感覚に関する言葉はありなしで表現するのが正しいかと思うのだけれど、どう思う?」

どうと言われても、結解は国語が得意なわけではないから礼華の言っていることが正しいのか間違っているのか判断することが出来ない。そもそもなぜこんな話をしているのだろう。そんな結解の困惑も知らずに、礼華はブランコを揺らすのを止めるとスマホを取り出して話を続ける。

「国語が得意でなければ英語でも構わないわ。もっとも、日本語の違和感に当たる言葉は英語にはいくつかあるのだけれど。strange、discomfort、wrongnessなどなど、奇妙とか通常とは異なるという意味を持つ単語が違和感と訳される事が多いようね。それだけ複数の意味を含んだ日本語の奥深さといえば聞こえは良いけれど、扱う側としては送り手と受け手で感じる意味合いやニュアンスが異なってしまうのだから厄介極まりないわ。それにほら。英語だと動詞としてはfeelを使うことが多いみたい。さっきの名詞も含めて日本語に訳すと、違和感を感じるになってしまうわね。これでは白紙に戻って、いえ、二重表現的には白い白紙に戻ってしまったと言ったところかしら?」

「頭痛が痛くなるからそれくらいにしてくれないかな。いい加減本題に入らない?別に国語の討論をしたくてここへ移動してきたわけじゃないでしょ?」

結解がそう言って礼華の顔をまっすぐ見据えると、礼華は少し目を閉じてからブランコから立ち上がり、結解の目の前に立った。

「そうね。どうせ尾行していたのもバレてしまっているのだし、正直に話をしましょう。実は青葉さんにお願いがあるの。聞いてくれるかしら?」

「内容にもよるけどそんな改まられると、ちょっと身構えてしまうな。一応言っておくけど、心に決めた人がいるからね?もしそういうお願いなら残念だけど諦めてよ」

「そういうお願いって、どんなこと?それにしても、まだ学生なのに心に決めた相手がいるなんて素敵ね。私もいずれそんな相手に巡り合いたいわ」

無自覚なうちに礼華から対象外と言われてしまった。別に悔しくはないが、謎の敗北感がある。

「私のお願いは友達についてのことなの」

そう言って、礼華は相談を始めた。


中野栄恵は礼華とクラスは違うが同じ特進科の生徒で、女子ソフトボール部の中心選手だ。文武両道で同級生や部活の先輩後輩からの信頼も厚かったそうだ。なぜ過去形なのかというと、数週間前から悪い噂が流れ出したせいだ。友達の彼氏を奪ったという噂だ。もちろん、勉強や部活で忙しい栄恵にそんな暇はないし、そもそも彼氏を奪われた友達というのも存在しなかったのだが、悪い噂というのはすぐに広がるし、勝手に尾ひれがつく。中学時代も親友の彼氏を奪っていたとか、部室に男子を連れ込んでいたとか。さらに悪いことにソフトボール部の中でも悪い噂が流れ始めた。自分がレギュラーになるために他の部員の道具に細工をしている。その噂を肯定するかのように新品のはずのスパイクの紐が切れたり、バットのグリップテープが緩く巻き直されていたりといった事件が相次いだ。そんな出来事が立て続けに起きたとなると噂を信じたくなるのが人間だ。噂を流した人間の思惑通りかどうかは知らないが、栄恵はクラスや部活で疑いの目を向けられるようになってしまい、数日前から学校を休んでいる。


「噂、ねぇ……」

結解は礼華の話を聞き終わるとそう呟いた。礼華は顔をしかめる。

「信じていないような言い方ね?確かに青葉さんにとってはよく知らない同級生でしょうから、裏で何をしていてもおかしくはないでしょうけど、私からしたらあれだけ誠実な人間はそうそういないわ」

「いや、信じていないわけじゃないよ。ただ、噂で苦しんでいる人間には他にも心当たりがあって……。そいつの経験になるけど、噂って本人が否定しないとそれが真実として広まっていってしまうからな。中には冗談混じりで噂に内容を付け足すヤツもいるし。しまいには普通に考えたらあり得るはずがないことも本当になってしまう。そうなったらもう後の祭りで、どれだけ言っても信じてもらえない。栄恵さんが何よりも先に噂が間違っていることを周囲に伝えるべきだったと思うよ」

「やけに解像度の高い経験ね。まるで貴方の身に起こったことみたい。でも、言いたいことは分かるわ。学校なんて狭いコミュニティの中で噂が広まるのはあっという間ですもの。無関係の外野は面白がってどんどん情報を発信していくでしょうし。当事者や周囲の人間からしたら迷惑な話だわ。もし、次に同じようなことがあったとしたらすぐに否定するようにアドバイスをしてあげる。ただ、今回の話はもうすでに噂は広まってしまっているし、周りの人たちは半分それを信じてしまっているの。栄恵も無関係の人間が好き勝手言っている分には耐えられたのでしょうけど、信頼しているクラスメートや部活の仲間から疑われたのが堪えたみたい。昨日も学校帰りに家へ立ち寄ったけど、ドア越しに話はしてくれても部屋には上げてくれなかったわ。多分、私の表情を見たくなかったのね。私が友達のことを疑うなんてあるはずないのに」

結解にもその栄恵の気持ちは理解出来た。異世界から帰ってきて学校に復学した時、仲の良かったあの友人が見せた怒りとも戸惑いとも取れたあの表情は未だに脳裏に焼き付いている。ただでさえ学校に通えない状況なのに、友達から疑いの眼差しを向けられたら立ち直れないかもしれない。

「とりあえず話は分かった。栄恵さんのことも気の毒には思う。でも、すでに噂が広まってしまっている状況で俺になんの相談をしたんだ?」

「その噂を流した張本人を見つけてなんでそんなことをしたのか白状させた上で、皆の前で真実を話してもらう。それが今、私がやっていること。でも、いくら出どころを探してもその人物を見つけ出すことが出来なくて困っているの。そこで青葉さんにお願いしたいのが、私と一緒に噂の発生源を探ってほしいのよ」

まるで迷い猫を探すかのようにあっさりと言っているが、すでに噂が独り歩きしている状況でそれがいかに難しいかは礼華も理解しているはずだ。

「宮城野さんの気持ちも分かるけど、正直不可能に近くない?噂が広まって皆が好き勝手言ってる今の状態で噂を広めた人間を探すなんて、砂漠からダイヤを見つけろって言っているもんだぞ?そんな状況で簡単に、はい、分かりました、なんて安請け合いは出来ないなぁ」

「別に安請け合いはしなくて構わないわ。熟考した上でOKしてくれれば良いの。それに砂漠からダイヤを見つけるなんて大それたものじゃないわ。せいぜい校庭位の大きさじゃない?」

「どっちにしても探すのは大変だし、どっちにしても手伝うのは確定じゃねぇか!」

「だいぶ砕けてきたわね。いい感じに仲が深まった証かしら?この際、呼び方も変えましょう。私のことは礼華さんでも礼華ちゃんでも礼華様でも好きに呼んでくれて構わないわ。何だったら呼び捨てで礼華でも良いし、親しみも込めて礼ちゃんでも良いわ」

「最後の二つは周りに変な誤解をされるから断固拒否します。それじゃあ、一番無難なヤツで。礼華さんで良いか?」

結解は礼華を下の名前で呼んだ。そこまで付き合いのない女子を下の名前で呼ぶのは流石に恥ずかしさがあるが、本人の希望ならそれに従ってあげた方が良いだろう。だが、当の礼華は結解が下の名前で呼ぶとあからさまに嫌そうな顔をした。

「急に気安く話しかけないで貰える?社交辞令という言葉を知らないのかしら?」

「自分でそう呼べって言ったんだろ!?はしごを外すにしてもこのタイミングはおかしいし!さっきの言葉が社交辞令だったなら、ただ話をややこしくしてるだけだろうが!」

「冗談よ。ついつい反応が面白くて羽目を外し過ぎてしまったわ。傷つけてしまったのだったらごめんなさい。それじゃあ青葉くん。明日からよろしくね」

そばに置いていたカバンを手にして帰ろうとする礼華を結解はブランコから降りて呼び止める。

「何ドサクサに紛れて手伝いの約束を決めようとしてるんだよ!俺はまだ手伝うなんて言ってないぞ」

「同級生の女の子がこんなに必死にお願いしてるのに、まだそんな事を言うのかしら?案外、青葉くんって冷たい性格なのね」

「必死にお願いする人間は冗談で相手をからかったりはしねぇよ」

結解は礼華の前に立つと言葉を続けた。

「正直に話してほしいんだけど、なんで俺に相談したんだ?俺とお前はこないだ初めて会話した位でそこまで付き合いはないだろ?俺が面白がってその噂をさらに広める可能性だってあるわけだから、付き合いの浅い俺なんかよりいつも一緒にいる友達に手伝ってもらう方がよっぽど良いはずだ」

「青葉くんが誠実で真摯で真面目な人間だから、話をしたら助けてくれると思ったからよ」

「それこそ社交辞令だな。それにわざわざ助けを求める理由としては弱すぎる。なにか別の理由があるんじゃないのか?」

結解がずっと感じていた違和感はそれだ。友達を助けたいという礼華の気持ちは理解出来るし、嘘を言っているようには見えない。だが、結解へ助けを求めることに関しては、何かを誤魔化そうとしているのか冗談を言ったり、煙に巻こうとしているように見えたのだった。結解の指摘に礼華は小さくため息をついた。

「思ったよりも頭が働くようね。それとも勘が鋭いのかしら?良いでしょう。分かりました。なぜ青葉くんに依頼をしたのかちゃんと説明します」

観念したように礼華が話し出そうとしたその時、背後から大きな声が聞こえた。

「あれ?もしかして師匠じゃないっすか!?」

礼華が驚いたように目を丸くしているのを見て、結解は後ろを振り返った。そこには自分のことを師匠と呼んで崇めてくるひとつ上の学年の不良たちがいた。俺の顔を確認すると、嬉しそうな表情で公園の中に駆けてくる。

「やっぱり師匠だ!どうしたんっすか、こんなところで?あ、もしかして秘密の修行中とか?」

「マジか!?師匠!ぜひ俺たちにも修行つけてください!」

「いや、盛り上がってるところ申し訳ないけど、違うから。住宅街のそばの公園で修行なんかするわけないでしょ」

「ということは、別の場所で修行してるんっすね!邪魔はしないんで、今度そこに連れてってくださいよ!」

「ウオォォッッオオ!やったぜぇ!ついに師匠の修行を間近で見させてもらえるわけだな!」

誰も連れて行くなんて言っていないし、そもそもこの世界に戻ってから修行なんかしたことがない。どうやって誤魔化そうか考えていると、後ろにいた礼華が少し怯えた様子で結解に尋ねてきた。

「青葉くん?この人たちは?見たところ、一人につき校則を十個は破っていそうだけれど……。誰かと殴り合いでもしたのか、皆顔に怪我をしているようだし……」

不良という言葉をとてもオブラートに包んでいる。まずいな。なにか言い訳しないと自分も不良扱いされてしまうかもしれない。いや、不良ではないのだから、言い訳ではなく正当な主張か。不良たちも結解の影に隠れるように立っている礼華に初めて気付いたようだ。顔を見合わせて話し始めた。

「誰だ?あの娘?見たことあるか?」

「いや。同じ学校の制服だけど、校章の色が違うから特進科の学生じゃないか?」

「なんでそんな頭の良くて可愛い娘が師匠と一緒に二人っきりで学校から離れた公園にいるんだ?」

「もしかして……」

不良たちが一斉に結解と礼華を見てきた。そこから先の言葉は言わなくても予想が出来る。というか、先程本人から直々に対象外と言われたので蒸し返すな。結解が口を開こうとした瞬間、礼華に手を引っ張られた。結解は驚いて手を掴んだ相手を見た。

「え?」

「いいから!早くこっち来て!」

礼華に引っ張られるまま、結解は足元のカバンを掴むと公園から走って逃げた。公園を出る直前に後ろを振り返ってみると、急に走って逃げ出した二人に不良たちは驚いたのか反応出来ずにいるようだった。


不良たちから逃げてしばらく走ると、大きめの通りに出てしまった。不良たちは追ってこず、人目もあるため二人はそこでスピードを落とすと、近くにある自販機へと近寄った。冷たい飲み物を買って喉を潤しながら息を整える。異世界で鍛えた結解は本当はそこまで息は上がっていないが、隣でゼエゼエ言っている礼華に怪しまれないように走り疲れたフリをした。礼華の呼吸がもとに戻るのを待って、結解は声をかける。

「確かに怖いのは分かるけどいきなり走り出すことはなくない?あの人たちも話してみると割と気のいい先輩だぜ。少し前は喧嘩っ早かったけど、最近は落ち着いて無闇矢鱈に喧嘩売らなくなったし」

「別に怖くて逃げ出したわけではないわ。あのまま話を続けていたら変な方向に話題が進みそうだったから、それを避けただけ。それとも、不良友達の青葉くんは私を差し置いて彼らとお喋りをしたかったのかしら?」

「不良呼ばわりするのはやめろ。俺だって今は普通に接してるけど、元々は喧嘩を売られた立場なんだよ。ただ、色々と偶然が重なって仲良くなっただけだ」

偶然というよりは、不良たちの攻撃は軽く防いだことと幸太郎の嘘に乗ってしまって後戻りが出来なくなってしまっただけなのだが。

「なるほど。つまり、河原で殴り合ってお互いの強さを認めて仲良くなったとか、不良漫画さながらのお約束イベントを彼らと繰り広げたってわけね。それじゃあ、改めて。不良の青葉くん」

「不良友達からただの不良になってる!?その二文字がなくなるだけでだいぶ印象悪くなるぞ!」

「そうかしら?どちらも不良には変わりないのだから、大差はないと思うのだけれど?」

「大差ないと思ってるんだったらなんでわざわざ呼び方を変えたんだよ!」

結解が騒ぐのを見て、礼華は面白そうに笑った。

「ごめんなさい。反応を見るのが楽しくてついつい冗談を言ってしまったわ。青葉くんって、話してみると意外と面白いのね。だいぶイメージが変わったわ」

「俺の方こそお前に対するイメージが変わったわ。誰にでも優しい優等生のお嬢様だと思ってたのにこんな他人に辛辣なヤツだとは知らなかったよ」

「見た目で人を判断するのは良くないと思うわ。誰だって外見と内面にギャップを抱えているものよ」

その話題を振ったのはお前だろ、と言おうとした結解だったが、真面目な顔で注意をする礼華を見て口を閉じた。口の悪さや思いの外冗談を言うところに驚いたが、悪いことは悪いとハッキリと口にするところは最初に出会った時と変わらない。真面目な性格なのは確かなようだ。

「まぁ、それはそれとして、私ほど優しい人間はいないと思うけれど」

「恥ずかしげもなく自分のことを優しいと言えるその図太さがすげぇよ。本当に優しいなら、俺に対してももう少し優しくしてくれませんかね?」

「博愛主義ではないから誰にでも優しいというわけではないけれど、青葉くんに対しては十分優しく接しているつもりよ?もし私の優しさを理解出来ないのであれば、それは貴方の心が汚れているからだと思うわ」

「そんな心の汚い人には別の物に見えるおもしろ画像みたいなことを言うな。お前のそれが優しさなら、それに付き合う俺は菩薩のような寛容さを持っていることになるぞ?」

そう言うと、結解は缶ジュースを飲み干して回収箱に入れた。礼華も残ったお茶を飲みながら、結解へ文句を言う。

「人のことを図太いとか言っておきながら、自分のことは菩薩に例えるなんて、随分自分勝手な菩薩様ね。そのまま悟りを開かせてあげようかしら」

「悟りを開かせてあげるって具体的に何をするつもりだよ?」

「そりゃあ、開くと言ってるのだから、体中の穴という穴に決まってるでしょ」

「新手の拷問じゃねぇか!悟りを開く前にあの世への扉が開いちまうよ!」

「面白いことを言うわね。大丈夫よ。仏教で出てくるのは川だから、悟りを開く前に死への扉が開くことはないはずだわ。貴方が極悪人なら地獄の釜の蓋が開いてしまうでしょうけど」

「なんで俺が極悪人なんだよ。どうみたって善人だろう?」

「嘘を言っているのはこの口かしら?閻魔様の代わりに舌を引き抜きましょうか?」

「すいません。嘘をつきました。僕は善人ではありません」

結解の答えに満足したのか、礼華は飲み終わったペットボトルを分別してボックスに入れると、帰り支度をし始めた。

「今日は楽しくお喋り出来て良かったわ。そういうわけで、もう遅いからそろそろお開きにしましょうか?不良だからといって寄り道して他人に迷惑をかけては駄目よ?また、明日の朝に青葉くんの教室へ行くから、今後のことはその時に話しましょう。それじゃあ」

「不良のレッテルはそろそろ剥がしてもらえるか?それにこのやり取りはさっきの公園でもしたはずだ。あの時、邪魔が入ってしまって聞けなかったけど、結局なんで俺に相談したのかそろそろ教えてもらえるか?」

「あぁ、そう言えば忘れていたわ。いけないいけない。ついうっかり」

わざとらしい口調だが、表情はやけに堅い。あの公園でも本当の理由を言うのを渋っていた。何か言いたくない理由でもあるのだろうか。

「単刀直入に言うわ。青葉くん。貴方、この世界とは異なる、一言で表すなら異世界と呼ばれる場所に行ったことがあるわよね?」

礼華の口から異世界というワードが出てくるとは思わなかったので、結解はついあっけにとられて馬鹿っぽい顔を晒してしまった。

「ちょっと。真面目に質問をしているのだから黙ってないで答えてくれる?そんなアホ面で見つめられると、こちらが妙に恥ずかしくなるわ」

「いや、そりゃ突然あんなこと聞かれたら誰だって言葉を失うって。というか今、俺の顔をアホ面って言った?そんなヤバい表情してたか?」

「人前では見せられない顔してたわよ。良かったわね?私しか見てなくて?優しい私は今の顔を盗撮して学校中にばらまくなんてことしないから安心して」

「むしろ今の発言でその心配が出てきたんだが?静音カメラで撮影とかしてないよな?」

礼華は首を横に振ったので一安心……なんてことを言っている場合ではない。なぜ礼華は結解が異世界に行ったことがあることを知っているのだろうか。

「どうして知っているのか、という顔をしているわね?理由は単純よ。貴方が異世界のことについて話しているのをこの間学校で視たから」

「話しているのを見た?いや、確かに幸太郎と話したりはしたけど、周りに人はいなかったはずだぞ?」

「そうね。青葉くんの言う通り、実際にその話をしているタイミングでは私は近くにいなかったわ。私は貴方たちがその話をする未来を視たの」

「未来を視たって一体……。もしかして……?」

結解はそこで言葉を止めた。そして、その先の言葉は礼華の口から出てきた。

「そう。私もスキルを持っているの。一年前に異世界に飛ばされたわ。悪役令嬢として」

お読みいただきありがとうございました

今回は三人目のキャラクターの紹介エピソードとなります

今までにもチラッと登場はしていましたが、その時との違いに驚くかもしれません(書いてる本人もそうです)

想定以上に癖の強いキャラクターになりましたが、今後投稿する後編も含めて楽しんでいただければ嬉しいです

ご意見や感想もお願いいたします


また、今まで土曜の日付が変わったタイミングで投稿を続けていましたが、9月末まで忙しくなるため今までと同じタイミングでの投稿が難しくなります

極力毎週土曜には投稿をしたいと思いますが、投稿を出来なかった場合は申し訳ありません

引き続きどうぞ宜しくお願いいたします

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