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お人好し

昼休みの鐘がなってからしばらく経ち、結解と幸太郎は昨日と同じく校舎最上階の空き教室で昼ごはんを食べていた。母親が作ってくれた弁当を口に運びながら、結解は幸太郎へ話しかける。

「いやぁ、でも意外だったな。恋愛どころか他人に興味ありませんなんて顔しておきながら、あんな可愛い娘に目をつけてたとは思わなかったよ」

「俺のことを血も涙もない人間みたいな言い方しないでくれますか?俺だって人並みに色恋沙汰には興味あります。俺のことをよく知らないくせに分かったようなこと言わないでください」

星乃への思いを誤魔化しきれないと悟った幸太郎は眉間にシワを寄せながら答えると、袋からパンを取り出して頬張った。今朝、トミーズベーカリーを出る際にお土産と称してパンを何個か貰っていた。

「俺でさえよく知らない扱いだったら、君の周りの人間は全員赤の他人レベルで知らないことになるんじゃないか?普段おちゃらけてる癖に、本性は打算的で慇懃無礼なヤツって学校で知ってる人間いないだろ?そもそも友達と思っている人はいるのか?」

「そんな担任の教師みたいな心配をされなくても友達はいます。先輩だって、こないだ三人の友人には会ったでしょ。まぁ、表面上の付き合いだけというのは否定しませんけど。それに慇懃無礼だなんて失礼ですね。俺はただ相手によって対応を変えてるだけですよ。優しくしてくれる人には優しくしますし、失礼な人間には無礼で返すようにしてますからな」

「それじゃあ俺がお前に対して失礼な態度取ってるみたいじゃねぇか!どちらかと言えば、優しく接してあげてるつもりなんですけど!?」

「そんなことより、明日の作戦上手くいくと思いますか?自分で言い出したことではありますけど、本当に想定通りに進むか心配ではあるんですよね」

結解の言葉を無視して幸太郎が不安を口にした。結解は無視されたことに少し腹を立てながらも、弁当のおかずを食べ終えると口を開いた。

「勝率は五割ってところかな?正直俺たちが導き出した結論が間違っている可能性も十分ありえるし。まぁ、駄目だったら駄目で他の手を考えるしかないさ」

「楽観的な考え方をしてますね。羨ましいですよ。人生が楽しそうで」

「別にそういうわけじゃないんだけど……。後で後悔することだってたくさんあるし。でも、何もしないでそのまま放って置くわけにもいかないだろ?今考えられる行動の中でコレだと思えるものがあるんだったら、それを信じて動いてみるだけさ」

「そういうものですかね?俺からしたら現状維持で何も変化がないことよりも、合ってるかどうか分からないのに行動して、間違ってしまったときのリスクの方が怖いですけど」

それなのに今回は幸太郎から富沢家へ作戦を提案してしまった。短い付き合いではあるが、結解の影響を受けてしまったということなのだろう。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが。

「どっちにしても今の俺達に出来ることは明日が来るのをただ待つだけだよ。予想が合ってるか間違ってるか、明日になれば白黒ハッキリするんだから」

そう言って結解は弁当の残りをまとめて口の中へ放り込んだ。周囲の裏切りが当たり前だった異世界を経験してからというもの、幸太郎は他人を信用したり他人の言葉に耳を傾けることがほとんどなくなったはずだが、自身と真逆の考え方をしている結解の言葉に不安だった心が少し安らぐのを感じた。この人に相談して良かったかもしれない。もちろん、そんなこと本人に対しては口が裂けても言うつもりはないけれど。


HRが終わり、同級生が帰り支度をしているなか、結解は急いで荷物をまとめて教室から出ると、昇降口で靴を履き替えて校舎を出た。これだけ急いでいる理由は、毎日のように追い回してくる武道系の部活の勧誘から逃げるためでもあるが、今日に限ってはもう一つの理由がある。正門の影に隠れるようにして帰宅する学生を見張っていると、目的の人物が一人で校舎から出てきた。そのまま正門を通り過ぎてちょうどバス停に到着した駅へと向かうバスに乗ろうとしている。結解も物陰から出ると何食わぬ顔でそのバスに乗り込み、尾行がバレないようにターゲットと距離を開けて座席に座った。駅までは十分もかからずに到着するだろうが、結解の予想が正しければターゲットはその数個前のバス停で降りるはずだ。ターゲットはバスに揺られながらスマホを弄っている。結解もじっと見ていることがバレないようにスマホを取り出して操作するふりをした。こんな時スキルが使用出来たら良いのだが、今朝の段階で一日の使用回数を使い切ってしまっている以上はしょうがない。そもそもそのスキルでより具体的な情報を得ることができていればこうして尾行する必要なんてなかったのだから、それを補うために行動するのは必要なことだ。それはそれとして、さっさと目的地にはついてほしいが。

「ちょっと、すいません」

背後から急に話しかけられて、思わず体が大きく飛び跳ねてしまった。結解が後ろを振り返ると同じ学校の男子学生がいた。どうやら三年生のようだ。結解が二年生だと知って安心したのか、声をかけてきた学生はニヤッと笑うと親しげに話しかけてきた。

「ゴメンな、急に声をかけて。実は君にお願いがあるんだけどいいか?」

ニヤニヤとした表情に嫌な予感を覚えつつ、相手の話を聞くことにした。

「別にいいですけど……。なんですか?」

「いや、簡単なお願いだよ。俺の座ってる席と君の座ってる席を交換してくれないか?彼女と一緒に座りたかったんだけど、二人がけの席がどこも埋まっちゃってて」

そう言って男子学生が斜め後ろの席を顎でさした。そこには同じく三年の女子学生が無表情でスマホを弄っていた。改めてバスの中を見ると、男子学生の言う通り二人がけの席は全て乗客が一名座っており、話しかけてきた男子学生やその後ろにいる女子学生の隣にも老人や居眠りしたサラリーマンがいる。離れ離れに座ることになったが、隣に誰も座っていない結解と席を交換することで彼女と一緒に座っていちゃつこうという魂胆なのだろう。

「なあ、良いだろ?別に通路に立っていろって言ってるわけじゃなくて、席を交換するだけなんだからさ。早くしないと駅前に着いちまうよ」

どうせすぐに駅に着くんだから、ちょっとの時間くらい離れていてもいいんじゃないですか。そう口から言葉が出そうになったが、相手の反応を見る限り下手に断るとブチギレそうな気がする。尾行を続けるためにも揉め事は避けたほうがよいだろう。結解は黙って頷くと立ち上がって席を開けた。男子学生が喜んで後ろにいる女子学生に声をかけると、その女子学生は無表情のままこちらへ歩いてきた。すると、すれ違いざまに小声が聞こえた。

「馬鹿な男のせいでごめんなさいね」

表情が変わらなすぎて一瞬誰が言ったのか分からなかったが、男子学生が話しかけているのに知らん顔をしながら座席に座ったこの女子学生の言葉で間違いないだろう。その横顔をどこかで見たような気がする。声に聞き覚えはないから、多分顔見知りか遠目で見たレベルだとは思うのだが……。改めてよく見ようとしたが、ターゲットが停車ボタンを押したのが視線の端に写り、そちらへ意識が持っていかれた。気付いたらもう大通りまで来ていたようだ。バスが減速してバス停に停まる。降車する乗客と共にターゲットもそこで降りた。もちろん、結解もその乗客たちに紛れてバスから降りている。怪しまれないように地図アプリで目的地を探すフリをしていると、ターゲットが歩道に沿って歩き始めた。十分に距離を取ってから後ろをついていくと、ある建物にターゲットが入っていった。その建物を見て、結解は満足すると中には入らずその場から立ち去った。


河原新汰がいつものようにトミーズベーカリーへ立ち寄ると、富沢夫妻やスタッフから挨拶をされた。最近調子どうですか、ウチのパン以外にも野菜とか食べてくださいね、など。河原は声にならない声で曖昧に返答すると、店内を見回した。いつも顔を合わせる客の他に二人の男子学生がいた。一人は昨日の朝も店内で見かけた気がする。友人でも連れてきたのだろう。河原が学生二人の横を通り抜けて店の奥に向かうと、目的の人物がいた。周りを伺うようにあちこちへ視線を向けているので、河原は見ていることに気付かれないようテキトウに近くのパンへ手を伸ばした。横目で監視をしていると、その人物はカバンから何かを取り出した。ハムや卵が盛り付けられたロールパンだ。周囲を警戒しながら取り出したパンをバスケットに入れると、近くの惣菜パンを手に取ってレジへと向かっていった。河原はその後ろ姿が見えなくなったことを確認すると、先程まで相手がいた場所へ移動した。問題のバスケットを見る。一見、全部同じ物に見えるが、色味や具材の形状が一つだけ異なっている。コレで間違いないだろう。河原はそれを掴むと次の目的の場所へ向かう。何気なく陳列された売り物を物色しているフリをしつつ、その場所へたどり着くと辺りを警戒した。先程の二人の学生が近寄ってきたかと思ったが、手前の棚で曲がっていった。誰も見ていないことを確認して、河原はジャケットの内ポケットから潰れたホットドッグを取り出すと、今日焼き上がったばかりの物に紛れさせた。こんなことをするのは何度目になるだろう。果たして自分のこの行動に意味があるのか。そんなことを思いながら、河原は足早にその場から移動してレジへと向かった。そのまま会計を行う。レジ打ちをしているスタッフから何か言われた気がしたが緊張で頭に入ってこない。会計が済んで逃げるように店から出る。店の外に出てホッと一息をついた。最近は毎朝こんな感じだ。いい加減こんなことやめたいが、かと言って自分の力では現状どうにも出来ない以上、しばらくは続けるしかないと思う。気持ちが落ち着いたので歩き出そうとした時、後ろから声をかけられた。

「そこの人。少しいいっすか?」

振り返ると、トミーズベーカリーの中にいた二人の男子学生がそこにいた。一体何の用かと訝しむが、次の言葉に心臓が一瞬止まるかとかと思った。

「おじさんが店に置いてきたホットドッグについて聞きたいことがあるっすよね。駄目じゃないっすか。あんな潰れたパンを持ってきた上に店に放置するなんて」

「いや……、何かの見間違いじゃ……」

「見間違いかぁ。内ポケットから取り出すのを見たっすけどねぇ。先輩も見ましたよね?」

隣の学生も頷く。決定的な瞬間まで見られていたとは。言い逃れ出来そうにない。

「分かったよ。あれは確かに俺の仕業だ。大人しくお店の人にいうなり、警察へ通報するなりしてくれ」

「やけに諦めが早いな……。まぁ、いいか。っと、その前にもう一つ確認したいことがあるっす」

先程から喋っている学生がこちらへ指さして質問を投げかけてきた。

「さっきおじさんが買ったパン。それを確かめさせてもらえますか?僕たちが見たとおりなら、そっちは学生が自分のカバンから取り出した物のはずなんですけど」


驚きつつも諦めたような表情をした河原を連れて、幸太郎と結解は店の裏口からスタッフルームへ戻った。結解に富沢夫妻を呼びに行って貰っている間、河原のバッグから先程購入したロールパンを取り出して机の上に置いた。正直、見た目はこの店で売っている物と見分けがつかない。偽物を区別出来るということはこの男もこの店のパンが相当好きなのだろう。だからこそ、なぜあんな回りくどいことをしていたのかが疑問だった。昨日の話をまとめた結果、幸太郎たちが出した結論はこうだ。あの学生、長町がまず誰かから依頼されてパンをこの店に持ち込む。そして、そのパンをこの河原が購入し、翌日パンを物色するフリをして店に戻しているのではないか。しかも、パンを潰した状態で。そう考えると、結解がスキルで確認したことや長町が持ち込んだはずのパンが見当たらなかったこと、購入履歴を調べて河原が前日に購入したパンが潰れて発見されることにも一応の説明がつく。つくのだが、まだ分かっていないこともいくつかある。今回の事件の犯人が分かったのだから、長町と河原を警察にでも連れて行って解決としても良かったのだが、うなだれている河原に質問しようかと思ったが、ちょうど結解が富沢夫妻や星乃を連れてスタッフルームへ戻ってきた。俯いて椅子に座っている河原を見て、富沢親子は驚いたような顔をしている。昨日の時点で河原が犯人の一人だという予想は伝えていたが、普段の来店時の話を聞く限り愛想は良くはないが常連としては良い客だったらしいので、実際にその目で見るまでは信じられず、驚いてしまうのも無理はないだろう。幸太郎は机に置かれたパンを掴むと源に確認を依頼した。

「あぁ、コレは全然違うね。昨日やさっき取り除いた物と違って、潰れてないから異なる部分がよく分かるよ。それに何だが匂いも……」

そう言って袋から取り出した瞬間、嫌な匂いが溢れ出した。酒やシンナーに似た鼻に残る匂いだ。昨日の河原が持ち込んだモノからはそんな匂いはしなかったが、元々のモノはこれくらいキツイ匂いが発生していたということだろう。源はその匂いを確認するとすぐにパンを袋に戻した。そして、椅子に座っている河原を見て問いかけた。

「河原さん、なんでこんなことを?ウチに何か恨みでもあるんですか?」

その質問に河原は急いで頭を横に振る。

「そんなことないですよ。この店のパンは美味しいですし、仕事に追われて疲れ切っていた私にお店の人たちは優しく話しかけてくれてすごく助かりました。恨みなんてあるわけ無いです」

「それじゃあどうして?コレが間違ってお客さんの手元に渡ってしまったら、ウチの評判は間違いなく悪くなっていたんですよ?しかも、他所のパンだってバレないように潰した状態にするなんて」

星乃が河原の言葉を受けて質問を投げかける。横にいる結解と目があった。一応助け舟は出してあげるか。

「星乃さん、それは少し違うよ。この店のモノじゃないことを誤魔化すためにパンを潰していたわけじゃないんだ」

「え?どういうこと?潰して見た目で判断し辛くして、お客さんに間違って買わせるつもりだったんじゃないの?」

「いや、その逆だよ。この店のモノじゃないパンが買わないように、わざと潰して置いていたんだよ」

考えてみれば当然だ。店にずらりと陳列されているモノの中から、わざわざ潰れているモノを選ぶなんて普通じゃありえない。実際に、この事件が発覚した当初は該当のモノは昼前後まで売れ残っていた。源が手に持っているパンを指さして幸太郎は話を続ける。

「その潰れていないパンを見てもらえれば分かる通り、作った本人やこの店のパンに詳しい人間だったら見た目で区別出来るだろうけど、俺や先輩、それに会計をしたスタッフの人でさえパッと見ではこの店のモノと同じにしか見えないほど似てるんだ。何も知らない客だったら疑問も持たずに買っていってしまうよ。そんな本物に似通っている偽物を間違って購入されないようにするため、この人はパンを潰して置いていくことにしたんだ」

潰れたパンであれば客に手に取られることなく売れ残る可能性が高い。仮にもしそれを買おうとしてレジに持っていったとしても、潰れた『不良品』をこの店が売るなんてことはありえない。幸太郎の言葉に富沢親子は腕組みをして考え込んでおり、河原は驚いた顔でこちらを見ている。まるで探偵にでもなった気分だ。

「でも、なんでそんな事を?わざわざこんなことをするってことはウチの評判を落としたかったんじゃないの?でも、今の話だと逆にウチの評判が落ちないように守っていたように聞こえたけど……」

「そこで重要になってくるのがあの学生なんですよね?」

幸太郎は河原へ問いかけるが、質問された河原はまた俯いてしまった。分からないのはここだ。問題のパンを置いていったのは長町で間違いない。それを誰かに取られる前に購入していって、翌日に気付いてもらえる状態にして店に戻す。この行動をする理由がよく分からない。長町の行動を気付かせたいならそんな回りくどいことをしないで店に直接言えば良いし、気付かせたくないのであればわざわざ翌日にパンを戻す必要がない。河原の行動には一貫性が欠けているようにしか思えなかった。本人が黙ってしまった以上、あとは学校で長町本人を捕まえて問い詰めるしかないか。そう思っていた幸太郎だが、それまで黙っていた結解が急に口を開いた。

「河原さんは長町先輩に捕まってほしくなかっただけなんですよね?でも、このお店に危険が迫っていることは知らせなければならないから、こんな遠回りな方法で警告を出すしかなかった。違いますか?」

幸太郎や富沢親子が驚いた表情をしている中で、河原はゆっくりと頷いた。

「あの学生さんは悪い子ではないんです。きっと悪い大人に脅されてこの店にあんなことを……」


河原の話をまとめるとこうだ。元々、河原と長町は朝にこの店で軽く挨拶する位の顔見知りだったらしい。それが二ヶ月ほど前、この店から少し離れた路上で老人を狙ったひったくりが発生した。幸い、たまたま近くにいた河原と長町のおかげでひったくり犯を捕まえることが出来たが、その際に長町は大怪我を負ってしまい、注力していた部活も諦める羽目になってしまったそうだ。顔見知りだったことから病院まで付き添い、怪我の具合や回復の目処も一緒に聞き、涙を流しながらも老人のことを気遣っている長町を見て、河原はひどく不憫に思ったそうだ。それからしばらく会うこともなかったが、一ヶ月ほど前からトミーズベーカリーで再開するようになった。様子を聞いても自嘲気味に部活を辞めたと話す長町を心配する河原だが、二週間ほど前に帰宅途中で長町の姿を見つけた。大通りの店でバイトをしており、忙しそうに働く長町を見てショックから立ち直ったのだと思った。だが、翌朝この店で顔を見かけて話しかけようとした時、長町が自分のカバンからパンを取り出してバスケットに入れるのを見たそうだ。その場で問い詰めれば良かったのだが、突然のことで隠れて見ていることしか出来ず、長町も逃げるように店から出ていってしまった。その場に残された河原は長町が弄っていたバスケットを確認すると、一つだけ見た目が微妙に異なるパンを見つけたらしい。もしかしたら見間違いかもしれないと心のどこかで思ってしまい、店にも言い出せないままそのパンを購入して店の外で確認すると、異常なアルコール臭とひどい味に驚いたそうだ。イタズラにしては度が過ぎていると感じた河原はその日の帰り道に長町のバイト先へ向かった。長町はちょうどバイトを終えたようだったので、捕まえてなぜあんな事をしたのか聞き出そうとしたが、帰ろうとしている長町を店長と思われる人間が捕まえて店の外の路地へと連れ出すのが見えた。遠くから覗いていたので話は聞こえなかったが、嫌そうな顔をしている長町に店長が無理やり袋に入った何かを渡しているのを見て、その日の朝の出来事を思い出した。翌日、再びトミーズベーカリーで見かけた長町は周囲を警戒していた。昨日見たことを尋ねようとも思ったが、ただの顔見知りの自分に正直に話してくれるとは限らない。それに面倒な出来事に巻き込まれている可能性もあり、下手に手助けするのも迷惑なるかもしれない。そんなことを考えているうちに、前日と同じく持ち込んだパンを売り物に混ぜるとテキトウなパンを購入して店から出ていった。長町が持ち込んだパンを確認したが、やはり匂いも味も到底売り物とは思えない物だった。富沢夫妻に知らせるべきだろうか。いや、そうなると長町が悪者になってしまう。昨日の様子を見る限りだと指示されてやらされているだけだと信じたいが、事情を知らない人間からしたら長町が犯人としか思えないだろうし、下手すれば警察沙汰になってしまう。ただ、そのまま店に黙っているわけにもいかないだろう。長町の件は自分が買うことで被害を防ぐことが出来るが、こんな陰湿なことを計画する人間が次の手を考えないわけがない。人の良い富沢夫妻の警戒心を上げておかないとどんな被害を発生するか分かったものではない。そうして思いついたのが、長町が置いていく偽物の商品を購入して、翌日再び店頭に放置するという方法だ。そのままの状態では誤って買われる可能性もあるため、わざとパンを潰してひと目で不良品と判断できるようにした。他の売り物に匂いが移らないよう、一晩袋からだしてアルコール臭を揮発させた。いつまで続けることになるかは分からないが、真実を唯一知っている自分がやるしかないと使命感を覚えた。


河原の話を一通り聞き、幸太郎は腕組みをした。あの学生を庇いつつこの店には警告を送りたい。そんな河原の願いがあんな一見矛盾したような行動に繋がったわけだ。その気持ちを否定するわけではないが、誰にも頼らず自分一人でなんとかしようとした結果、回りくどい計画を実行する羽目になるとはなんとも不器用な人間だ。まぁ、この場にもう一人そういう人間はいるのだけれど。

「河原さんの考えやあの子の事情は理解しました。でも、誰がウチにそんなことを?」

源が独り言のように呟いた。その問いに答えたのは河原ではなく、もう一人の不器用な人間である結解だった。

「その人物については富沢さんも知っているはずですよ。この店を吸収しようと企んだけど失敗して、対抗するために大通りに新しい店をオープンしたけどお客を奪い取ることにも失敗した結果、ここの常連でありその店でバイトしていた長町先輩を利用してこの店の悪評を広めようとした、そういうこの店を逆恨みしている人物がいるはずです」

そこまで言われればお人好しの富沢夫妻も感づいたのだろう。大手パンチェーン店のオーナーがこの事件の黒幕だ。昨日の時点で怪しいと睨んではいたが、結解ときたらいつの間に調査していたのだろう。困ったように顔を見合わせている富沢夫妻に星乃がすこしイライラしたように声を荒らげた。

「だから言ったでしょ?あのオーナーは信用出来ないって!常連さんを利用してまでウチの評判を貶めようとしてくるなんて最悪だよ!さっさと警察に相談しよう?河原さんや長町さんを証人として連れていけば動いてくれるって!」

「警察沙汰にするなんてやりすぎじゃないか?連絡先は知っているから一度話してみても……」

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ!河原さんのおかげで被害は出ていないけど、二週間経っても効果がないと知ったらまた何か別の手段を取ってくるに決まってるよ!」

「でもねぇ。そうすると河原さんや長町さんにも迷惑がかかるし、もしかしたら他のお客様にも聞き取りとかしなくならなきゃいけないかもしれないでしょぉ?」

菜々がそう言うと、椅子に座っていた河原は立ち上がって答えた。

「私については気にしないでください。どんな理由があったにしてもこのお店に迷惑をかけたのは確かですし、私がもっと早くに相談を、いやあの子と話をしていればこんなことには……」

河原はそう言っているが、警察へ相談するとなったら河原もそして長町も何らかの罪に問われる可能性は高いだろう。幸太郎としては犯した罪を償うのは当然だと考えるが、事情が事情だけに警察の世話にまでなるのは少し可哀想だとは思う。菜々や河原の言葉を聞いて星乃が悩むような表情を浮かべているのを見て、ここは自分が動くべきだと直感した。

「みんなの意見は聞かせてもらいましたが、ここは一度客観的な立場の僕に任せてもらえませんか?この店に迷惑をかけた以上は河原さんと長町さんも罪を償うべきだと思いますけど、今は状況証拠ばかりなので指示を出しているはずのオーナーに否定をされてしまって、有耶無耶になったあげく実際に行動したお二人だけが犯人扱いされる可能性も十分ありえます。今日、学校で当事者の長町さんと話をしてみますよ。警察に相談するかどうか決めるのはその後にしてもらえませんか?」

幸太郎に任せても良いものか富沢夫妻は少し悩んだが、他に良い案が思いつかなかったようでその提案を飲んだ。河原もまずは長町の事情を知りたいと賛成した。結解や星乃が学校で長町から聞き取りするのを手伝おうかと言ってきたが丁重に断った。複数人で話しかけて警戒させたくないという表向きの理由で二人には納得してもらったが、実際はいつの間にか真相にたどり着いていた結解に良いところを持っていかれてしまったので、ここで星乃にかっこいいところを見せたかったのだ。


どうしてまたこんなことに。結解はそんなことを思いながら学校の校舎を走り回っていた。少し後ろにはガタイの良い三年生が群れをなすようにして結解のことを追いかけてくる。二週間ほど経過して彼らの行動パターンはある程度把握したはずだったのだが、なぜか今日に限って逃げようとする場所に先回りされている。こちらの行動パターンも読まれているのか、それとも……。結解は廊下を走りながら、どうやって後ろの人たちを振り切るか必死に考えていた。廊下の端の階段から別のフロアに降りると、向こうから女子学生の集団が横一列になって歩いてくるのが見えた。上手く間を通り抜けられないか隙間を探しながら集団に向かって走っていると、真ん中にいた女子が突然大きな声をあげた。

「そこの方!廊下は走ってはいけませんよ!歩いている方々にぶつかって怪我をしたらどうしますの!」

急に大声で自分が走るのを咎められたため、追われているというのについ走るスピードを緩めてしまう。自分を叱る声に聞き覚えがあり、その女子の顔をよく見る。特進科に所属している宮城野礼華だった。彼女とは以前に空き教室で見かけた縁から会話をしたことがある。礼華も結解に気付いたのか、驚いたように目を丸くしている。

「あら、青葉さんでしたか。ごめんなさい、はしたないところをお見せしてしまって。大きい声で呼び止められてびっくりしなかったかしら?」

「いや、宮城野さんが言ったことは間違ってないから、悪いのは俺の方なんだけど……。こっちこそゴメン」

口元に手を伸ばして苦笑しながら礼華が謝ってくるので、結解はそれを制するように両手を前に出す。もちろん後ろを警戒して逃げるのは止めない。走るのを叱られた手前、早歩き位の速度でだが。結解の発言に礼華の周りの友人たちが同調する。

「そうだよ、礼華。悪いのは礼華じゃなくて校則を破ってる向こうなんだから謝る必要なんかないよ」

「そうそう。君、礼華の知り合いっぽいけど礼華に頭を下げさせるなんて何様のつもり?」

「それに謝るならちゃんと謝りなよ。後ろをチラチラ見て視線を逸しながらとか、誠意が足りないんじゃない?」

ひどい言われようだ。そもそも廊下を横一列になって歩いておきながら人のことそんなに責められるのだろうか。彼女たちとも顔を合わせたことがあるのだが、どうやら礼華と違って結解のことなんか覚えていないらしい。こちらも彼女たちの名前は知らないし、別に覚えるつもりもないが。

「皆、そうやって人のことを大勢で責めるのは良くないわ。私が自分の非礼を侘びて、青葉さんもご自分の行動を謝罪した。当事者同士がそれで納得しているのだから、この件はそれで終わりで良いの」

礼華が周りの友人たちをなだめる。礼華の言葉に友人たちも口を閉じた。なんだか以前にも見た光景だ。何か言った方が喋った方が良いかと思ったが、後ろでバタバタと走る音が聞こえてきた。早くこの場から立ち去れなければ。

「あら、青葉さん?どうしたの、そんなに焦ったような顔をして?もしかして、何か予定があって急いでいたのかしら?」

「そういうわけじゃないけど、ちょっとここから離れないといけないかな。そう言えば、さっきみたいに校則を破って廊下を走る人には誰にでも注意してるの?」

「誰でもというわけではないわ。ちょこっと早く走る人なんてどこにでもいてきりがないもの。先程の青葉さんみたいに誰かとぶつかったら大怪我をしてしまいそうな位全速力で走る人にはそれが例え先生でも注意をしますけど」

「そう。それじゃあ、また注意をしてもらう必要が出てきたかも。押し付けるようで悪いけど宜しく!」

そう言って結解は駆け足で女子学生たちの間を通り抜けた。礼華が再び注意しようとしたが、結解が階段を降りてきた方から多数の運動部員が押し寄せてくるのでそちらに意識を持っていかれたようだった。廊下の反対側から階段を昇る時にチラッと見たが、体格の良い運動部の部長たちに物怖じする様子もなく、礼華が叱りつけているのが見えた。彼女が足止めをしてくれているうちに、さっさと行ってしまおう。スマホを取り出してメッセージを見る。アイツがまだ自分のことを待ってくれていれば良いのだけれど。


スマホに何もメッセージがないため、幸太郎はそろそろここから立ち去ろうかと考え始めていた。昼休みが終わる頃に結解からメッセージが届いていた。トミーズベーカリーで河原から話を聞いてから二週間ほど経過したが、それ以降結解とは顔を合わせていない。その間に幸太郎の方で色々と動いていたが、結解には何も話をしていなかったのでその報告をしてほしいとメッセージには書かれていた。結解に何も言わなかったのは、あの人のことだから説明しなくてもなんとなく察しているだろうから、わざわざ自分から話をしなくても良いと思っていただけだ。別に結解が二週間前のあの時、長町のことを一人で調べて自分に黙っていたことに対する報復をしようとしたわけでは断じてない。幸太郎はメッセージに返信を入れて、放課後にいつもの空き教室で会うことになったのだが、放課後のチャイムが鳴ってからしばらく経っているのに結解は未だに現れず、遅れる旨の連絡も届いていない。あと五分待って来なかったら帰宅しよう。勝手に帰ったところで悪いのは約束の時間に来なかったあの人なのだから。家に帰ったところで何も予定はないし、そもそも結解が間に合わないように運動部の部長たちへ情報を流したのは幸太郎なのだが。スマホを弄りながら時間が経つのを待っていると四分経過したタイミングで教室のドアが開いた。そちらへ顔を向けると、息を切らした結解がそこには立っていた。

「随分遅かったですね。あともう少し来るのが遅れたら帰ってしまうところでしたよ?」

幸太郎の言葉に何も答えず結解は教室に入ると近くの椅子に倒れるように腰掛けた。

「どうしました?喋る元気もないようですけど。疲れ切っているなら、話はまた後日にしましょうか?」

肩で息していた結解だったが、呼吸を整えるとゆっくりと言葉を紡いだ。

「大丈夫だよ。何か今日はやけに部長さんたちが先回りしてたから振り切るのに手間がかかっただけ。もしかしたら君が裏で手を引いているんじゃないかって頭の片隅で考えていたんだけどね」

「そうやってすぐに俺を疑うのは良くないと思いますよ。様子を見る限り苦労したのはわかりますが」

しらばっくれる幸太郎をしばらく結解は見つめていたが、このやり取りで時間を無駄にするのは得策ではないと判断したのか、早速本題に入った。

「それで?結局どうなったわけ?あれから何度か店には行ったけど、富沢さんたちもよく分からないうちに解決したことになっていたらしいけど?」

「店に行ったのだったら別に俺の話は聞く必要なくないですか?」

幸太郎から長町と話をする聞いてから数日後、結解はその後の経過が気になってトミーズベーカリーに足を運んだ。店の中に入ると、内装が大きく変わっていた。配置の変更もあったが、一番の変化は棚が小さくなっていたことだ。ちょうど店の手伝いをしていた星乃に話を聞くと、レジから店内を見渡せるように棚を入れ替えたらしい。店内で異常が起きているのにそれに気づけず、常連客に守ってもらっているようでは駄目だと富沢夫妻が話し合って決めたそうだ。レイアウトの変更によってお客さんが困っていることにもすぐに対応出来るようになり、店としては良いことづくめだそうだ。結解が尋ねたその日も夕方前だというのに入れ替わりで人が出入りしており、以前にもまして繁盛していた。星乃は未だに不満そうだったが、警察へ被害の相談をするのは止めたそうだ。富沢親子の中でも意見が割れたそうだが、最終的には幸太郎の報告が決定打となって結論を出したらしい。一体どんな報告を行ったのだろうか。

「店の状況は知ってるよ。あれから事件が起きてないのも聞いてる。でもどうやって被害を抑えたんだ?長町先輩は?それにあの人が止めたとしても、他に実行犯は現れなかったのか?」

「そのことですか。別になんてことはないですよ?長町さんについてはバイト先の備品を壊してしまって、そのことを材料に脅されて実行犯にさせられていただけだったみたいですから、話を聞いたその場でバイトを辞めさせただけです」

「脅してあんなことをやらせていたのか。河原さんの見立ては正しかったわけだな」

「話してみて分かりましたけど、長町さんって見た目に反して気は小さいというか流されやすい性格だったので、バイト先での失敗と富沢さんたちへの罪悪感で板挟みになってしまって誰にも相談出来なかったみたいです。もっとも、本人は疑問に感じてなかったですけど、備品を壊した流れもオーナー側に仕組まれていたようでしたけどね。多分オーナー側としてはバイトで雇った時点で実行犯として目星をつけていたんじゃないですか」

オーナーやその周辺の人間が交渉などでよくトミーズベーカリーに来ていたことを考えると、その店の常連の顔を覚えていてもおかしくはないだろう。富沢家に復讐したい時にその常連客がバイトに募集してきたとしたら利用する以外手はない。

「それにしてもよく長町先輩はバイトを辞められたな?あんなことをさせていたなんてバレたらヤバいだろうから、どんな手を使っても手元に置いておくはずだろ?」

「あの人が連絡取ったらまた流されてしまいそうだったので、辞める連絡は家族を装って俺がしました。だいぶ粘られましたけど、最後は諦めてくれましたよ。今どき辞めたがっているアルバイトを無理やり働かせたらブラック扱いされますからね」

長町に電話をかけてもらいその場で代わってもらったが、電話の向こうにいる店長はやけにねちっこい男だった。本人は体調が悪いので俺が話をすると言っているのに、執拗に長町に代わるよう要求してきた挙げ句、おそらく自分たちが仕組んだであろう備品の破損について責任を取れと言ってきた。自身のスマホを片手に弁償の義務はないと突っぱねた上で労基の名前を出すと、先程までの態度はどこへやら、急に下手に出て人情に訴えてきたから、ユニフォームや名札は後日郵送すると伝えて電話を切った。弱い立場の相手には強気なくせに、相手の方が上だと思ったら相手の優しさに漬け込もうとする。幸太郎の一番嫌いなタイプの人間だった。

「でも、そんな相手だったら長町先輩がいなくなっても他の実行犯を用意しそうだけど?もしかして富沢さんたちが気付いていないだけで、まだ妨害は続いてるんじゃないのか?」

「星乃さんやその両親も同じことを心配してましたけど、それはないですね。ライバル店のことを構っているほどの余裕は今のオーナー側にはないですから」

幸太郎の発言に結解は口角を上げた。予想はしていたがやはり何か手は打っていたようだ。

「何を笑ってるんですか?気持ち悪い」

「直球で暴言を吐くんじゃないよ。それで?あのチェーン店にどんなことをしたんだ?噂じゃ悪臭騒ぎで臨時休業中って聞いたけど」

「なんだ、知ってるんじゃないですか。先輩の言った通りですよ。店中が酒臭くなってしまって、気分を悪くする店員がたくさん出たから保健所のお世話になっているところです。当然ですよね?パンを作るのに酒用の酵母を使ったらパンやキッチンが酒臭くなるのは」

「酒用の酵母でパンを作る?なんでそんなことが起きたんだ?」

結解の質問に幸太郎は答えなかった。幸太郎がやったことは二つだ。一つはバイトの募集に応募して大通りのあの店に潜入したこと。そして二つ目は店の奥に隠されていた嫌がらせ用の材料が入った容器とキッチンの材料が入った容器に紙を貼り付けておいたことだ。あの時河原が購入していった偽物について富沢夫妻に詳しい話を聞いたところ、ビール用の酵母を使ってパン生地を発酵させたのではないかと言っていた。酒用の酵母を使うことはたまにあるらしいが、通常よりもアルコールが多く発生するのでしっかり焼き上げないと匂いが残ってしまうらしい。それを聞いていた幸太郎は酵母の働きに対してスキルを使用することで、店内用のパンにもアルコールが残りやすくなるよう細工をした。その結果オーブンやパンには酒の匂いが残ってしまい、売り物にならないどころか店内にもその匂いが充満し大騒ぎになった。そんな状態で店を開くわけにもいかず、従業員たちからのクレームで保健所の立入検査が行われ、嫌がらせ用に作られたパンも発見されたことで指導を受けているそうだ。幸太郎がこの件について富沢親子や結解へ何も言わなかったのは、無関係な従業員も巻き込む計画だったからだ。幸太郎個人としては恨むならあんな嫌がらせをしたオーナーや店長を恨め位の気持ちだったが、結解たちに相談すればきっと難色を示しただろう。客を巻き込まなかっただけでも良しとしてほしいところだが、人の良い富沢夫妻やおせっかいな結解はいい顔はしないはずだ。それに星乃の好感度も下がる気がしたので、黙って一人で実行することにしたのだった。

「黙ってないで何か言ってくれよ。一体何をしでかしたんだ?」

「失礼な言い方ですね。俺が何をしたっていうんですか?きっと他人を貶めようとするから天罰が下ったんですよ」

「このタイミングでそんな都合良い話あるか。それにお前、天罰なんて信じてタマじゃないだろうが」

「とにかくあのオーナーたちは自分のことで手一杯で他の店にちょっかい出す暇なんかないはずですし、富沢さんたちも店のレイアウトを大きく変えたのでこれ以上の被害は出ないと思いますよ。そんなことより、河原さんと長町さんのことは聞いてますか?」

これ以上言及されたら尻尾を掴まれそうだったので、テキトウに話を切り上げて別の話題へと話を逸らす。幸太郎の思惑通り、河原と長町の件は結解の興味を引いたようだ。

「いや、何も聞いてないけど?あの二人がどうかしたのか?」

「なんと、あの二人付き合い始めたそうですよ。あまり大きな声では言えないですけどね」

二人の処遇について富沢夫妻と話し合ったが、長町は脅されて、そして河原はそんな彼女を庇うための行動だったので不問にしたいとのことだった。強いて言えば、今回のことを気にせずにまた店に来てほしいという要望を受けて、幸太郎は河原へ連絡を取った。富沢夫妻の言葉を伝えた上で長町にも話しておいてほしいと連絡先を教えた。店で話をしたあの時、年上として心配している風を装っていたが、顔見知り程度の相手にあそこまで入れ込むなんて普通は考えづらい。大方、長町に恋をしているが世間の目を気にしてそれを彼女や周囲に気付かれないようにしていたのだろう。電話口でカマをかけてみたところ、河原は簡単に長町への好意を口にした。

「それで、河原さんから長町さんへ連絡して二人で店に謝りに行ったそうです。それからも二人一緒に店で買い物することが増えたらしくて、数日前に河原さんから告白したみたいですよ」

先日河原から連絡が来て、長町と恋人になったと告げられた。別に報告はいらなかったのだが、きっかけをくれた幸太郎には報告とお礼をした方が良いと思ったらしい。幸太郎としてはその結果に万々歳だ。純粋に河原と長町の二人を祝福する気持ちもあるし、何より結解への嫌がらせも成功出来たのだから。二人の話をしながら、幸太郎は結解の表情を観察する。

「そうか……。確かに河原さんの動機が弱いと思っていたけど、そんな理由があったとは。よく気付いたな。恋してる人間同士、何か感じるモノがあったのか?」

「ただ他人をよく見てるだけですよ。それにそんな理由だったら、先輩の方こそ同じ人に好意を抱いた者同士で気づけたんじゃないですか?」

幸太郎の言葉に結解は怪訝そうな顔をする。そんな顔したところで誤魔化せると思っているのだろうか。

「隠しても無駄ですよ。先輩も長町さんのこと好きだったんでしょ?思えば最初からおかしかったですから。スキルで調べた情報を黙っていたり、俺に隠れて調査したり。河原さんと同じく長町さんを庇おうとした結果、そんな行動を取ったんじゃないんですか?」

幸太郎は自信満々にそう言い放った。星乃に関することを散々からかってきたのだ。同じように結解のことも笑ってやろうとしたが、それを聞いた結解の表情は驚きや恥ずかしさよりも困惑したように見えた。

「いや、全然違うけど?黙ってたのは前も言った通り、お前が勝手に犯人を決めつけるのを防ぐために前もって情報を揃えたかったからだし、その後に隠れて調査したのも自分たちの推理が間違っていないか確かめるためだぞ?」

「え、でも、前にここで言ってたじゃないですか?今の俺たちに出来るのは待つことだけだって。それに推理が間違っていないか確かめるためとは言いますけど、スキルも使い切ってたはずですからわざわざ自分で色々調べたってことですよね?」

「別に嘘は言ってないぞ。あの時は実際に情報が届くのを待ってたわけだし。それに自分で調べたと言っても俺がやったのは自分の伝手を使って聞き込みしたのと、放課後に尾行した位だしな。お前のおかげで不良の先輩たちが俺を慕ってくれるから、同学年の長町先輩について知ってることがあれば教えてほしいって連絡したら放課後になる前に色々情報提供してくれたぞ。ひったくり事件のこととか、その時に一緒に病院に行ってくれたサラリーマンのこととか、部活を辞めて大通りでなんかのバイトしてるとか。その情報のおかげで彼女と河原さんの繋がりを知れたし、バイト先があのチェーン店なんじゃないかって予測を立てられたわけだから感謝しなくちゃな」

予想外の回答に驚くのは幸太郎の方だった。完璧に結解も長町のことが好きなのだと勘違いしていた。だが、そうなると結解の行動理由が分からない。今も何でもなさそうに言っているが、聞き込みや尾行となると結構な手間がかかっているはずだ。

「なんでそこまで動いてくれたんですか?俺が無理やり巻き込んだだけで、貴方にそこまでするメリットはないはずでしょ?」

幸太郎の問いかけに結解は再び困惑したような表情をする。

「困っている人がいたら手を差し伸べるのは当たり前だろ?誰かを助けるために行動することがそんなにおかしなことか?」

あまりにも単純な答えに幸太郎はつい笑いそうになってしまった。そう言えばこの人は俺に殴られたにも関わらず俺のことを助けようとしてくれたのだった。そんなお人好しにあんな質問してしまった自分がバカバカしくなる。幸太郎は笑いを抑えながら立ち上がると、いつものように皮肉を口にした。

「随分ご立派な答えですね。その割には最初はあまりやる気がなさそうでしたけど」

「あれはだって、実際に事件が起きる前だったし。お前のことだから富沢さんと仲良くなるための自作自演なんじゃないかと半分疑ってたからな」

「……さっきの発言をした人間と同じ人とは思えない言葉ですね。そう言えば長町さんの件を黙ってたのも俺が暴走するせいだとか言ってましたけど、証拠もなくそんなことはしませんよ。俺のこと、信用しなさすぎじゃないですか?」

「それが日頃の行いってやつだろ?嫌だったらまず自分の行動を見直すんだな」

結解の言葉にイラッとしてスマホを取り出すと、幸太郎は教室のドアへと向かった。

「そうですか。それじゃあ先輩のためを思ってあまり運動部の部長たちには情報は伝えないようにしてましたけど、これからはどんどん連絡していきますよ。今日みたいにね」

「やっぱりお前が教えてたんじゃねぇか!」

結解の怒声を聞き終わる前に幸太郎は空き教室から出ると、スマホを操作して部長たちに結解の居場所を報告するのだった。

お読みいただきありがとうございました

今回のエピソードはキャラクターの内面を深堀するための話になっています

考え方だったり心の動きを知って、二人のことやこれからの話に興味を持ってもらえたら嬉しいです

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