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能力平均化(レベルバランス)

学校から歩いて十分位の位置にある公園のベンチに幸太郎は座っていた。少し離れた遊具では小学生たちがワイワイ言いながら遊んでいるのをぼんやり眺めていると、背後から声をかけられた。

「おまたせ。炭酸で良かったかい?」

結解がそう言いながら両手に持った缶ジュースの一つを差し出してきた。幸太郎はジュースを受け取りながら皮肉を言った。

「俺、炭酸苦手なんですけど。自販機に行く前に確認してほしかったなぁ」

「それはどうもすみませんね。苦手だったら俺が飲むから無理して貰ってくれる必要ないぞ?」

「まぁ、今回は好意を受ける意味でも貰っておきますよ。ごちそうさまです」

口だけのお礼を言いながら缶ジュースを開けると、幸太郎は顔をしかめながら中身を飲んでいる。結解もベンチに腰掛けると、蓋に指を引っ掛けながら隣の幸太郎に話しかけた。

「君、結構性格悪いって言われない?慇懃無礼は嫌われやすいよ」

「人前ではチャラチャラ後輩ムーブしてるんで大丈夫です。先輩こそ厄介ごとに首ツッコミ過ぎて周りから嫌われてるでしょ?」

「俺だって好きでこんなことやってるわけじゃない。本当は波風立たない、例えるなら道端に咲く草花みたいな生活送りたいの」

「その割には関わるなって言う俺の忠告を速攻で無視しませんでした?流石に一日経たずに次のアクションを取ってくるとは思いませんでしたよ。おかげで無駄な体力使っちゃったし」

「君がこんなヤツだと知ってたらもう少し迷ったわ。それに無駄な体力使ったのは、俺の話を聞かずに自分から攻撃を仕掛けてきたからだろ?人のせいにするんじゃないよ」

「まぁまぁ、そんな細かいことどうでも良いじゃないですか?それより、先輩の『向こう』での話を聞かせてもらえますか?わざわざこんな公園まで来たのも、周りが子供だけで他人に話を聞かれる心配がないからですし、俺も早くこんな無駄話じゃなく同業者の話を聞きたいんですよ」

自分から他人を煽るような言い方をしておいて無駄話とバッサリ切るとは失礼なヤツだと結解は思ったが、そのことに言及してもさらに時間を無駄にしそうなのでやめておく。幸太郎の言う通り、自分の異世界での話をすることにした。異世界へ飛ばされた時期。異世界に召喚された理由。魔王討伐の旅路とその中で経験した出来事。そしてどうやってこの世界に戻ってこれたのか。先程までとは打って変わって、幸太郎は結解の話を邪魔せず黙って聞いていた。結解は話が一段落すると、喋りっぱなしでのどが渇いたため手にしたジュースに口をつけた。幸太郎はというと、結解の話を聞き終えて何か考え込んでいる。黙って腕組みしている幸太郎を横目で見ながら、結解は少しぬるくなったジュースを飲み干した。空になった缶を横に置くと幸太郎が口を開くのを待った。しばらくすると、幸太郎が静かに話しだした。

「先輩が召喚された異世界ですが、俺が飛ばされた異世界によく似てますけど所々違いますね。魔法の概念だったり、戦い方に関する常識だったり。別の異世界だと考えて良いと思います」

「マジで?そんな何個も異世界があるものなのか?」

「まぁ、自分によく似た人間は世界に三人はいるって言いますし、異世界だって三つ四つくらいあってもおかしくないでしょ」

「そんな都市伝説みたいなノリで異世界が増やされたら、この世界は異世界転生者ばっかりになっちまうよ」

「正確には転生じゃなくて転移ですね。異世界の人間に生まれ変わっているわけじゃないので」

細かいところにこだわるヤツだなと結解は思った。想像したよりも慎重なタイプなのかもしれない。

「それより、君の話も聞かせてもらえるか?学校で俺のスキルを使って大まかな内容は把握出来てるけど、詳しく知りたい。もしかしたら何か気づくかもしれないし」

「はぁ。別に構いませんよ。先輩みたいに愛と友情に満ちた冒険譚じゃありませんけど、後悔しないでくださいね」


幸太郎が異世界キャッスルに転移させられたのはちょうど半年前だ。この世界では邪神を信仰する狂教団が台頭してきており、人々を騙して邪神を復活させようと暗躍していた。教団の操る魔物たちがある国を滅ぼそうと王の住む城にまで侵攻してきた時、一か八かの可能性で国随一の賢者が発動させた魔法陣によって勇者として召喚された幸太郎はわけも分からぬまま魔物たちを撃退することに成功する。異世界に飛ばされ賢者から世界を救うことで現実世界に戻れると知らされた幸太郎は、勇者の役割を全うするべく狂教団を壊滅させるために旅に出る。旅の途中で出会った仲間たちと狂信者や魔物を倒しながら教団の本拠地へたどり着いた幸太郎だったが、一足遅く邪神が復活してしまう。一度は邪神にパーティを壊滅させられ世界もめちゃくちゃにされるものの、再戦の末に邪神を倒して現実世界に戻ってくることが出来た。驚くことに、異世界で暮らした一年間は現実世界では数時間にしか満たなかったらしく、朝から授業をサボった扱いされただけで誰も幸太郎が異世界に飛ばされたことに気づくことはなかった。異世界で使用していた魔法は特殊な鉱石の力を引き出すことで使えたため、その石のない現実世界では魔法を使用できなくなっていたが、戦いで得られた身体能力は現実世界でも健在だった。そして、異世界に転移させられたさいに覚えたスキルも制限はあるが使用することが出来たので、異世界の存在が自分の妄想や幻ではないと確信したのだった。


「邪神ねぇ……。俺が戦った魔王と比べたらそこそこの強さっぽいな。なにせ、こっちは魔王一体に軍隊で戦ったわけだし」

「はぁ?何言ってるんですか?先輩が戦ったのはたかが魔王でしょ?こっちは邪神ですよ。王と神じゃあ、神の方が強いに決まってるじゃないですか。それに、俺のパーティは厳選しているので一人ひとりが強い力を持っていますからね。一人だけでも兵士数十人を倒すのなんてわけないですよ」

「いやいや、そうは言っても純粋に一人の人間が発揮出来る力なんてたかが知れてるから。最終的に必要になるのは、チームワークと的確な指示。これがあれば、たとえ一人ひとりの力が小さくても集団になった時に大きな力に変わるから。それに、いくら一人ひとりが強いと言っても、パーティ全体で見たときは力のバランスが崩れてそこが弱点になるでしょ」

結解が戦闘に関する持論を述べると、幸太郎は頷いた。

「最後の言葉については賛成です。ただ、その点に関しては俺のスキルで補正をかけていましたけどね」

「スキル?そう言えば、君がなんのスキルを身に付けているのか聞いてなかったけど、その感じだと何かのバランスを取るスキルかな」

「正解。と言っても、さっきの言い方だったらすぐに分かりますよね。俺のスキルは複数の対象に俺が用意したアイテムや装備品をそれぞれ身に付けさせることで特定の能力を全員が均等なレベルになるよう補正させる能力です。例えば物理攻撃は強いけど魔法が使えない剣士と魔法力の高い賢者に同じアイテムを持たせて魔法力に関してスキルを使用すれば物理攻撃が強くて魔法も使える剣士の出来上がりです。もっとも、この場合は賢者の魔法力が平凡まで落ちてしまいますけど」

「なるほど。俺のスキルで見える情報で言うのであれば、特定のパラメーターのレベルを仲間で平均化するってことか。聞いた限りだと使い勝手が悪くないか?」

「そこはスキルの使い方ですよ。さっきの例で言えば、魔法力が落ちた賢者はパーティに加えないで近くの宿にでも待機させておけば良い。弱体化してパーティから外そうが、俺のスキルの対象になってパーティの力を底上げしてさえくれればそれで問題ないわけですから」

「いや、それってただスキルを使った能力タンク要員にしてるだけじゃ……」

「え?それの何がいけないんですか?敵を倒すのに十分役に立ってるじゃないですか?」

結解の指摘に幸太郎は全く悪びれる様子もなく返事をする。

「役に立ってると言えばそうだけどもさぁ……。仲間から反発はなかったわけ?それだけ強い力を持った人達ならきっとプライドも高いでしょ?」

「仲間とは元々ビジネスライクな付き合いしかなかったので反発は全然。偶にスキル発動に必要なアイテムを手放して逃げようとする人もいましたけど、そういう人間には呪いのアイテムを使用することで言うことを聞かせていましたよ」

「……呪いのアイテムを使用するのは腹黒いわ。段々、君がどういう人間かわかってきたよ」

「人のことを性格に難があるみたいな言い方するのはやめてもらえますか?勝手に異世界に呼び出された上に世界を平和にしなければ元の世界に帰れないなんてふざけた条件までつけられた以上、利用出来るものは利用して何が悪いんですか?」

「確かにそれはそうだけどさぁ。他にもっとうまいやり方とかあるでしょうよ。やめてよ?俺にもなんか呪いのアイテムを使ってスキルを使用するの」

「残念ですけど、こっちの世界には向こうの装備やアイテムは持ってこれませんでした。ただ、こっちに戻ってからは形は問わず小物であれば発動出来るようになったので、適当に同じ物を持たせてしまえば済んでしまいますけど。残念なのは、異世界にいたときのように細かい設定は出来なくなって、学力とか身体能力とか大雑把なカテゴリーになってしまったので、今の所テストで好成績を取るくらいにしか使用していません」

残念という言葉は異世界のアイテムを現実世界に持ってこれなかったことを言っているのだろうか。それとも呪いのアイテムを使用出来ないことを言っているのだろうか。結解は知らないうちに何かを渡されないように、隣に座る幸太郎から少し距離を取った。

「それで?何か気付いたことはありましたか?俺も話しながら考えてみましたけど、共通点があるのは確かですが、違う異世界なのは間違いなさそうですね。」

「そうっぽいな。世界を平和にするっていう目的は同じだけど、俺のいた異世界が軍レベルの大人数での戦闘が多かったのに対して、君のいた異世界では世界の危機なのに反乱防止のために四人位のパーティでしか戦闘を許されていないし。魔法も大気中の魔力を利用するのと鉱石の込められた力を使用するのでは仕組みも違うようだし」

「仲間への指示の出し方や敵の反撃の仕方も全然違いますね。俺のいた異世界がアクションRPGを基盤としているなら、先輩のいた異世界はシミュレーションRPGみたいだ」

「いや、ざっくりまとめたな。この上なくわかりやすい例えだけど」

お互いの異世界の話が一段落したので、そこで一旦会話が止まった。結解は会話の糸口を探す。初めて見つけた自分と同じく異世界から帰還した人間なので、ついその点にばかり話題が集中してしまったが本来の目的は別だったはずだ。どうやってあの不良たちの話に話題を振ろうか考えていると、幸太郎の方から口火を切った。

「先輩はどこまで話を把握してますか?」

何の話か尋ねるほどバカではない。結解は昼に見聞きした内容を思い出しながら答える。

「一つ、不良たちがコンビニで立ち読みしていたのを生活指導の先生にバレて怒られた。二つ、君が先生へチクったと不良たちは考えている。三つ、不良たちは告発した君へ復讐しようとしている。あぁ、最後にもう一つ、君は不良たちをまとめてボコれる力を持っているけど、面倒事に巻き込まれてうんざりしている」

「客観的視点で言えば正解です。ただ、俺の主観で言わせてもらうと二つ目が間違っていますね。確かに友達と一緒にコンビニへ行った時に不良たちと出会いましたけど、わざわざそれを教師に密告するほど暇じゃありませんから」

「本当か?君の性格の悪さならコンビニで不良に難癖をつけられた腹いせに先生に報告するくらいしそうだけど」

「さっきから俺に対して失礼すぎないですか?そんなことしませんよ。もしやるなら誰にも気付かれないようにするか、脅して口をきけなくしますね」

「昼に脅された人間がここにいるんだよなぁ。しかもやり方がゴリゴリに暴力だし」

「体感しているならわかりますよね?教師に密告するなんてこと、俺がしないって」

物は言いようだが、確かに幸太郎の言動を考慮すると不良たちの主張は外れている気がする。だが、そうなるとなぜ不良たちは幸太郎が密告したと思ったのだろう。

「とにかく、俺としては変な勘違いに巻き込まれて辟易しているんですよ。今日の昼もあの不良たち、わざわざ俺の教室にまで来て空き教室まで連れて行かれることになったし。先輩のスキルで不良たちの情報を確認して結構喧嘩なれしてることがわかったらしいですけど、それでも異世界で身に付けた身体能力を考えれば俺の方が全然強いでしょ?もし不良たちが俺に喧嘩を売ってきても返り討ちにしてやるだけですよ」

「ちょっと待てって。暴力で解決しようとするのは良くないって。君だって無駄に暴力をふるいたくはないだろ?」

「無駄は確かに嫌いですけど、相手から攻撃を仕掛けてくる以上仕方なくないですか?」

「そこだよ、そこ。そもそも相手が復讐しようとしてくる事自体、勘違いが原因なんだろ?なんでそんな勘違いが起きてるのか分かれば平和的に解決出来るかもしれない」

「それはそうですけど……。でもそんなことどうやって調べる……あっ」

幸太郎は何かに気付いたように小さく声をあげて、結解の顔を見た。結解はカッコつけてニヤリと笑い、頷くのだった。


翌日、結解はいつもより少し早めに学校へ登校すると、荷物を置いて階段を降りた。周りの目を気にして始業ギリギリに登校していたので気が付かなかったが、運動部に所属している学生たちは制服ではなくジャージで登校しているようだ。これから朝練を行う関係で、学校で着替える時間を省く必要があるのだろう。ジャージを着た学生が自分の横を通り過ぎて、グラウンドや体育館へ向かっていく。運動部以外の制服を着た学生もチラホラといるが、皆腕章を付けているのを見るに生徒会に所属しているようだ。おそらく、これから正門や昇降口に並んで登校してくる生徒へ挨拶するはずだ。結解も生徒会の学生に紛れて昇降口に向かう。結解がさきほど登校した時と同じく、目的の人物は昇降口の脇に立っていた。生活指導の先生だ。結解は周囲の人間に怪しまれないよう、物陰に隠れるとスキルを使って先生の情報を確認した。昨日の幸太郎や不良の話をまとめると、誰かが生活指導の先生へ不良たちのことを報告したのは確かだ。それならその誰かが分かれば、なぜ幸太郎が不良たちに狙われることになってしまったのかヒントになるはずだ。自分にしか見えないステータス情報を目で追いながら不良たちの項目を探す。生活指導を担当していることもあり、様々な生徒の情報が表示される。昨日、スキルを使用して不良の一部は名前を知っているので一致する項目を探し、しばらく探してようやく見つけることが出来た。『荒井、薬師堂、ほか十名の迷惑行為について』これに間違いないだろう。その項目を詳しく見ていく。『先日、学校近くのコンビニエンスストアにて集団で漫画雑誌を立ち読みしていると生徒から報告を受け、該当の十二名を呼び出し事実確認。当校で禁止している近隣施設、店舗への迷惑行為の確認が取れたため厳重指導を行った。本人たちに反省の色があまり見られないため、しばらくの間近隣施設、店舗の利用を禁止することとした。なお、本件の報告者は……』最後までその情報を確認すると、結解は誰かから声をかけられる前にその場から離れた。


昼休みになってもスマホに結解からの連絡がないため、幸太郎は友人との昼食を断って二年生のいる三階へと足を運んだ。昨日、生活指導の教師の情報が確認でき次第連絡すると約束しておきながら、この時間まで何もないとはテキトウな人だ。自分と同じ異世界転移を経験した人間として、少しは信用してもいいかと思ったが、やっぱり評価を下げておいた方が良いだろう。結解のクラスまで着いたが、教室の中にその姿はない。教室を覗いているのが目立ったのか、教室にいた生徒に声をかけられたので、結解のことを探しに来たと伝えた。

「青葉くん?いや、ちょっとわかんないなぁ。いつも昼休みになるとお弁当を持ってどこかに行っちゃうんだけど、今日はチャイムがなると何も持たずにすぐに教室から出て行っちゃったんだよねぇ」

昨日、冗談半分でボッチと言ってしまったが、もしかして本当に一緒に昼飯を食べる友人がいないのだろうか。

「友達かぁ。前は色んな人とも仲良かったけど、失踪事件のせいでちょっとねぇ」

失踪事件?そう言えば三ヶ月ほど前にこの学校の生徒が失踪したとニュースで話題になり、警察もよく見かけたが、まさか結解のことだったとは。確かに昨日の話でも現実世界換算で二ヶ月ほど異世界に飛ばされていたと言っていたが、失踪事件については一言も言っていなかった。だが、なぜそれで友人がいなくなってしまったのか。

「グイグイ聞いてくるね?ここだけの話だけど、青葉くんがいなくなった時、捜索の手がかりが全くなくてニュースとかでは家族や友達が疑われちゃったんだよね。もちろんデマだと思うんだけど、青葉くんが戻ってきても結局事件の真相はわからないままだったから面白半分でそのデマが未だに学校とかネットの噂になっちゃって、仲の良かった人たちとは妙な距離感が出来たし、そんなに仲が良くなかった人たちは遠巻きに面白いものを見るような感じで接するようになってしまったんだよ」

話を聞かせてくれた先輩にお礼を言うと、幸太郎は昨日結解と出会った空き教室へ向かう。階段を昇りながらさきほどの話について考える。家族や友達が犯人じゃないかという噂は幸太郎も友人と話をしている時に聞いたことがある。さほど興味もなかったし、冗談にしてはたちが悪いなと聞き流していたが、周囲の人間との関係性が変化してしまうほどの影響があるのであれば、ただの冗談では済まされない。自分も異世界にいる間、以前の仲間に有る事無い事を言いふらされたが、それは自分の対応に多少の問題があったからだと理解していたし、彼らは友人ではなくあくまで敵を倒すための仲間だと考えていたので、別に何を言われても気にならなかった。だが、結解自身に否がなく周りが勝手に広めた噂のせいで友人との仲が悪くなってしまったのであれば気の毒だと思う。だから、自分が結解と同じ異世界を経験した人間だと知って少し嬉しそうだったのかもしれない。もしかしたら、ここまで手を貸してくれるのもその同族意識からなのだろうか。まぁ、だからといって連絡をよこさないのは感心しないが。最上階に到着し、空き教室を順番に見ていく。カップルや女子生徒のグループなどはいるが、肝心の結解が見当たらない。そう言えば、先輩の話では今日は弁当箱を持たずに教室から出ていったと言っていた。普段は弁当を持参していると話していたし、噂のせいもあってひと目の多い食堂を利用するとも考え辛い。昼飯を食べに教室を出たのではない?そうなると一体どこに行っているのだろうか?


結解は幸太郎が友人たちに一言断って教室を出ていったのを物陰から見届けると、そのまま相手の動きがあるのを待った。しばらくすると、相手は教室から出てきた。階段を降りていくので、結解は相手に気付かれないように後を追う。恐らく昼ごはんを食べに食堂へ行くのだろう。校舎とは建屋が異なる食堂へ向かうには一階まで降りて渡り廊下を通って行く必要がある。屋外に面した渡り廊下であればひと目の少ない場所へ連れ出し易い。相手が階段を降りきって渡り廊下へ向かうタイミングを見計らって、結解は後ろから声をかけた。

「君たち!ちょっと今時間良い?」

前を歩いていた人物たちが振り返る。幸太郎の友人たち三人だ。

「え?僕たちのことですか?何かありましたか?早く食堂に行かないと定食が品切れになっちゃうんですけど……」

顔を見合わせて戸惑っている幸太郎の友人たちを安心させるため、結解はにこやかに話を続ける。

「ゴメンゴメン。君たち、幸太郎くんの友達だよね?彼に関してちょっと聞きたいことがあってさ。少し質問するだけだからあんまり時間も取らせないしお願い出来ないかな?」

結解の言葉にしぶしぶ三人は頷いた。結解は他の人の邪魔にならないようにと言って、幸太郎の友人たちを校舎裏の人気がない場所まで誘導する。周りに誰もいないことを確認すると、結解は立ち止まり三人へ振り返った。

「こんなところまで来てもらってすまないね。それで早速本題に入るんだけど……」

「あ、ちょっと待って貰っていいですか?スマホにメッセージが届いてるんで」

そう言って三人のうちの一人が少し離れてスマホをいじりだした。他の二人は所在なさげに地面や校舎の方を見ている。顔も知らない上級生に突然声をかけられてこんなところに連れて来られたのだからそんな反応にもなるだろう。結解はその場の雰囲気を変えようと暇そうな二人へ話しかける。

「君たち、幸太郎くんとは昔からの友達なの?」

結解の質問にどちらが答えるのか二人は目線を送り合っていたが、根負けして一人が口を開いた。

「いや、僕とこの二人は中学の頃からの腐れ縁ですけど、幸太郎とはこの学校に入学してから付き合いはじめました」

「へぇ、幸太郎くんだけ中学が別なんだ。何か仲良くなるきっかけでもあったの?」

「きっかけって言うほどのものじゃないですけど、体育の授業で四人グループを作る時、僕たち三人に幸太郎が加わったのが最初です。馬が合ったのでそこから話をするようになって今に至るって感じですね」

「嘘つけ。本当はアイツに勉強教えてもらいたくて話するようになったんだろ?」

スマホを弄っていたもう一人がそう言いながらこちらへ近寄ってきた。その言葉に先程まで話をしていた幸太郎の友達は顔をしかめた。

「別にそれだけが目的じゃないって。確かに赤点ギリギリだからコツだけでも教えてもらえると助かるけど。それに幸太郎って、テストのときは高得点取ってるけど、普段の授業はあんまり成績良くないだろ?」

「確かに。なんで授業中は回答間違えるのにテストではあんなに正解出せるんだろうな?ヤマを張ってるにしては当たる確率高すぎるし、事前にテストの内容でも入手してんじゃないの?」

それはきっと、テストの時は先生か頭の良い同級生にスキルを使って自分の学力を底上げしているからだろう。実際、本人も昨日そのような事を言っていた。

「多分、テスト前日に職員室に忍び込んでカンニングしてるんだよ。それか、テスト受けながらスマホでネット答えを検索してるか」

「スマホで調べたって、テストの答えなんか出てこないでしょ」

「いや、わかんないぞ?試しにこの前、英語の授業で出た日本語訳の宿題についてネットの知恵袋で聞いたらすぐに答え教えてもらったし」

「英語の翻訳だったらわざわざ質問しなくても、ネットの翻訳サイトを使えば良かったじゃん?」

「うん。知恵袋でもお礼のコメントしたらそう言われた」

話が変な方向に行ってしまっている気がするので、早めに軌道修正した方が良さそうだ。結解は咳払いをすると、宿題のやり方について議論している三人の注意をこちらに向けた。

「ごめんね。ただ、止めないと永遠に話をしてそうだったから。本題に入っていいかい?」

「別に良いですよ?先輩が話を振るから脱線しただけだし。な?」

スマホを弄っていた幸太郎の友達がそう問いかけると、残りの二人は頷いた。仲良くなったきっかけを聞いただけで、別に勉強がどうとか宿題がどうとか話を振った覚えはないが、訂正するのも手間なので黙っておく。それよりも、本題だ。

「君たちに聞きたいことは一つだけだから、緊張しないで答えてほしいんだ。数日前に幸太郎くんも含めて四人でコンビニに入った時、三年の不良の集団を見かけたと思うんだけど、なんで生活指導の先生への報告は君たち三人だけで行ったのかな?」

結解の質問に目の前の三人の身動きが止まった。この反応はやっぱりわざとか。今朝、先生の情報を確認すると、なぜか幸太郎を除くこの三人の名前が表示されていた。幸太郎から友人と一緒にコンビニで不良を見かけたと聞いていたので、彼らが報告したのはおかしな話ではない。だが、そうなるとその後が奇妙だ。幸太郎は彼ら三人が先生へ報告したことを知らない上に、不良たちはなぜか幸太郎だけをあの空き教室に呼び出していた。考えられる可能性は二つ。一つは、三人が幸太郎へ相談するのを忘れたかその暇がなく先生へ報告することとなり、不良たちも幸太郎のことしか知らず他の三人に気付いていなかった可能性だが、その場合、昨日の昼に不良たちが教室に来て幸太郎を呼び出していることを知っているはずの三人が幸太郎へ先生に報告したことを伝えないのはおかしい。もう一つの可能性は、三人があえて幸太郎に声をかけず先生へ報告をし、不良たちに密告した犯人が幸太郎だと伝えた場合、つまり幸太郎を陥れようとした可能性だ。少し飛躍した案だが、そう考えると上手いこと辻褄が合う。確信はない中で幸太郎のいる前でそんな質問をするわけにもいかないため、彼がいなくなったタイミングを見計らって問いただすことにしたが、挙動不審になった三人を姿を見ればどちらが正しかったかは明白だ。結解はため息をつくと三人へ質問を続けた。

「別に君たちを責めているわけじゃないよ。この話を彼に教えるつもりもないし。ただ、なんでそんなことをしたのか理由を知りたいだけ。あの不良たちが幸太郎くんのことを勘違いで逆恨みしているって君たちも知ってるだろ?」

「……本当にアイツには黙ってて貰えますか?」

一人が重そうな口を開いた。他の二人が必死に止めようとする。

「おい、今更何言ってるんだよ!?」

「そうだって!わざわざ言う必要ないって!」

「いや、でも、僕たち三人を呼び出してコンビニのことを尋ねてきた時点で多分バレてるでしょ?」

結解へ問いかけてきたので黙って頷くと、止めようとした二人も黙って下を向いてしまった。最初に口を開いた一人がそのまま喋りだす。

「本当はこんな大事にするつもりはなかったんです。コンビニであの不良の人たちを見かけたのも偶然ですし。ただ最近アイツがちょっと調子乗ってる気がしたから少し痛い目を見せてやろうかなって話になって。先生に叱られた後に指導室から出てきた不良の人たちの前でわざとらしく大声で幸太郎が生活指導の先生に何かをチクっていたって言ったら、僕たち三人とも不良たちに囲まれて問い詰められてしまったんです。まさか僕たち三人の仕業と本当のことを言うわけにもいかないし、そのまま嘘を突き通すしかなくて……」

年上の不良大勢に囲まれることを想像すれば、確かに恐怖で嘘もついてしまうかもしれない。もっとも、彼らの場合は最初から幸太郎をハメる目的で嘘をつこうとしていたわけだが。

「幸太郎を探しに教室へ不良が来た時も怖くて本当のことは言い出せませんでした。だって、アイツに本当のことを教えてしまったらあの不良たちにそれを伝えてしまうかもしれないじゃないですか?密告したのに加えて嘘までついたとバレたら何をされるかわからないですし。僕たちだって後悔はしてるんですよ?」

「そうなんです。ただの悪ふざけのつもりがあんなことになるなんて思ってなくて……。不良の人たちがあそこまで好戦的じゃなければどこかのタイミングで幸太郎にはネタバラシをするつもりではいたんですよ?」

「それに幸太郎だって、最近ひどいんですよ?普段はおちゃらけてる癖に、ふとした瞬間に僕たちのことを下に見てくるし。あんな態度を取られたら、ちょっとお灸を据えたくなってもしょうがないじゃないですか」

三人が好き勝手に話し始めたので結解は片手を前に出してそれをやめさせる。理由を知りたいとは言ったが、言い訳まで聞くつもりはない。そもそも第三者の自分にそんなことを言っても何の意味もないだろうに。

「とりあえず、なんで君たちがあんなことをしたのかはわかった。これからどうするか、ちょっと考える必要があるけど、もし君たちが本当に後悔しているなら、君たち自身でどうにか解決した方が良いと思うよ」

「解決って言ったって、どうやってですか?今更不良たちに本当のことを言ったら僕たちがボコボコにされちゃいますよ?幸太郎に話をするにしても何を言われるかわからないし……。どうすれば良いっていうんですか?」

「それは俺にだってわからないよ。ただ、自分でしでかしたことは自分で責任を取りなよ。どんな理由があったにしても、君たちの言動はほかでもない君たち自身が発したものなんだからさ」

結解の言葉に三人は揃って俯いてしまった。言い過ぎてしまっただろうか。結解は明るい口調で解決案を提示することにした。

「例えばさ、あの不良たちを大勢の人がいる前に呼び出して本当のことを説明するとかはどうかな?そんな場面だったら流石にあの不良たちも簡単に手は出せないでしょ。後はそうだな、どうしても自分たちの身を守りたいんだったら、存在しない架空の人物を作り上げてその人物に罪をなすりつけ……」

「おい。お前らこんなところで何してんだ?この時間、ここは俺たちが昼飯を食う場所だぞ。って、あれ?おい、後ろの一年、何か見覚えないか?」

下を向いていた三人が顔を上げて声の主を見ると、サッと顔色が悪くなった。結解も背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に嫌な予感を覚えながら振り返る。予感は的中した。あの不良たちがその場に立ってこちらを見ていた。


「こないだは驚かせて悪かったな。俺たちのことをチクったあの一年はただじゃおかないが、お前たちのことは別に悪いようにはしないから安心しろよな」

「そうそう。むしろ貴重な情報を教えてくれてサンキューって感じ。あのふざけた一年はマジでボコらなきゃ気がすまねぇけど」

不良たちは仲間と話をしながらこちらに近づいてくる。幸太郎に対しては不穏なセリフばかり言っているが、幸太郎の友人たちに対しては本当に恨んでいる様子はなさそうだ。先程の話を聞かれていなくて良かった。変に興味を持たれる前にさっさと三人を連れてここから立ち去ろう。

「そう言えば、そこの二年の話が少し聞こえたんだけど、不良が云々とか言ってたよな?あれって何の話?」

「この学校で不良っつったら、やっぱ俺たちのことだよな?あれ?じゃあ、俺たちについて何か話してたってことか?」

「なぁ、そこの二年。罪をなすりつけるとかどうとか言ってたけど、その一年たちと何を話してたんだ?内容自体は俺たちのことで間違いはなさそうだけど」

どうやら逃げ出すのが遅かったようだ。しかも、なんだかんだしっかり話を聞いているし。なんとかテキトウにごまかすか……。

「すいません!実はこないだ先輩たちに嘘をついてました!」

結解が口を開く前に、後ろにいた幸太郎の友人たちが話し始めた。流石にタイミングが悪いので結解は焦って止めようとする。

「ちょっと待って。確かに自分たちで解決した方が良いって言ったけど、今はやめておいた方が……」

「先輩のことを先生に報告したの、本当は幸太郎じゃなくて別の人なんです!すいませんでした!!」

一年生たちは恐怖に耐えられなかったのかそれだけ言うと、結解が静止するのも聞かずに走って逃げていってしまった。その場には突然の告白に驚いている不良たち十数名と逃げるタイミングを逸した結解だけが残った。

「おい!今の聞いたか?」

「あぁ、俺たちのことを売ったヤツはあの一年じゃなかったってことだよな?それじゃあ、一体誰なんだ?」

「ちょっと待てよ。怪しいヤツがここに一人いるよな?」

不良たちの目が一斉に結解へ向く。話の流れ的にそうなる気がしたが、このままでは全て自分のせいにされてしまう。嘘を言っても怪しまれるだけだろうから、正直に話をすることにした。

「いやいやいや!俺は違いますよ!コンビニでの一件を小耳に挟んで、先輩たちが勘違いで無実の一年生をどうにかしようとしていたからなんとか止めようとしていただけですって!!」

「コンビニの一件って、俺たちが立ち読みしてたのを怒られたことって、噂になってたか?」

「いや、昨日の今日でそんな話、誰もしてなかったぜ。それに勘違いって、なんでそんなこと知ってるんだよ?そんなの当事者位しか知らないはずだろ」

「さっきもあの一年たちが話すのを止めようとしたよな?昼のこの時間にこんな人気のない場所にいたのもおかしいし。もしかして、本当のことをバラされないように脅してたってことか?」

まずい。完全に話しの流れが悪い方向へ向かっている。

「ちょっと待ってください!勝手に俺が黒幕みたいな話になってますけど違いますから!昨日の昼に空き教室で荒井さんたちが一年と話してたのを聞いてただけです!先輩たちのことはそれまで顔も知りませんでしたから!」

「ちょっと待て!なんで俺たちのことを知らないはずなのに俺の名前を知ってるんだ?」

スキルを使って得た情報をつい口走ってしまった。これは本当にまずい。

「やっぱり、お前怪しいな」

「そんなことありませんって!たまたま荒井さんの名前を知ってただけです!全部本当のことを話してますよ!」

「もし本当のことを言ってるんだったら、誰が俺たちのことをチクったか知ってるんじゃないのか?」

「それは……」

先程逃げてしまった一年生たちとは言い出せず、つい言いよどんでしまう。

「あ!コイツやっぱり何か知ってるぞ!」

「丁度いいや!コイツが黒幕かどうか知らないが、少しボコって口を割らせようぜ!」

完全に自分がターゲットにされてしまった。何を言っても聞いてくれそうにもない。どうしようか。ここで逃げ出してもきっと後で教室に乗り込んでくるだろうし、かと言ってここで相手をするにしても不良たちはそれなりに喧嘩慣れしてるようなのでこの場を収めるにはどちらかが怪我、というよりもこの不良たちに怪我を負わせてしまう可能性が高い。昨日の情報を見る限りだと、今スキルを使用しても効果はなさそうだ。

「とりあえず一発腹パンでも食らわせるか。今更何を言っても遅いぞ?本当のことを言うまで少々痛めつけてやるからな」

「いや、だから最初から本当のことしか言ってませんって……」

「問答無用だ!オラッ!!」

一番前にいた不良が拳を振り上げて殴りかかってきた。こうなったらしょうがない。なるべく怪我をさせないようにするしかない。結解は不良のパンチを腕でガードした。

「あれ?」

「あ?なんだ?思ったよりも力が……」

「あれ〜?先輩方こんなところで何してるっすか?」

想像したよりも弱いパンチにガードした結解と実際にパンチを打った不良が驚いていると、遠くから声が聞こえた。声の方へ顔を向けると、ヘラヘラした顔をした幸太郎が歩いてきていた。

「お前!なんでここにいるんだよ?それにそうだ!なんでチクったのは自分じゃないって言わなかったんだ?」

「一気に質問しないでくださいっすよ。ここに来たのはそこにいる青葉先輩を探しに来ただけっす。約束破ってコソコソ裏で何かしてたみたいっすけど。それと、昨日も僕言ったすよ?先生にチクったのは違うって」

咎めるような視線を結解に送る幸太郎。結解は弁解しようとしたが、別の不良から蹴りが飛んできたのでそちらに集中した。だが、蹴りを入れようとした不良は片足を振りかぶった瞬間、バランスを崩してこけてしまった。

「イッテェ!」

「何やってんだよ!?いつもは上手くハイキックを食らわせてるだろ!?」

「いや、俺だってわかんねぇよ!?いつもの感覚で蹴ろうとしたら急にバランスが取れなくなって……」

疑問を口にする不良たちを幸太郎は意地悪そうに笑っている。それを見て、結解は幸太郎が何かをやっていることに気がついた。

「先輩方、今日は体調悪いんじゃないっすか?無理は体に良くないっすよ?」

「うるせぇな!ちょっとやそっと体の調子が悪いくらい、どうってことねぇよ!」

「そうは言っても、そこにいる青葉先輩じゃ分が悪いと思うっすよ?青葉先輩のこと、何も知らないっすか?」

「青葉?この二年のことか?いや別に有名じゃないだろ?運動部のエースってわけでもなさそうだし」

不良たちが結解をジロジロ見てくる。確かに見た目はスポーツをやってるようには見えないだろう。だからと言って、舐めてるような言い方は腹が立つが。それに、幸太郎は何を言おうとしているのだろう。

「あぁ、それじゃあ数ヶ月前に失踪したこの学校の生徒って言えば通じるっすか?警察とかも来てニュースになってたじゃないっすか?」

「失踪した生徒……。あ!思い出したぞ!二年の青葉って、三ヶ月位までに急に姿を消したと思ったら、ついこないだ突然家に帰ってきたっていうアイツか!」

「俺も噂で聞いたことがあるぜ!ただの家出とか誰かに誘拐されたとか、帰ってきた時の服装がボロボロだったから修行の旅に出てたとかって!」

いや、最後の噂はおかしいだろ。なんでそんな俺より強いやつに会いにいくみたいな話になってるんだ?

「そうっすよ。実は青葉先輩って小さい頃から武道を習っていて、この街で互角に戦える相手がいなくなったから、強い相手を探すために二ヶ月くらい世界中を旅してたんっす」

「おい!嘘だろ!?噂は本当だったっていうのか!?」

「マジで!?修行のために世界中を旅するとか漫画の主人公みたいじゃね!?」

「ちょっとアンタ!今の話は本当なのか!?」

不良たちが結解を一斉に見る。先程とは違うのは怪しい人物を見るような目ではなく、野球少年が憧れのスター選手を見るようなキラキラした目をしているところだ。結解は幸太郎のころと横目で見るが、幸太郎は今の状況を楽しんでいるのか口元をにやけさせながら知らん顔をしている。ここは嘘の噂に乗っておいた方が良いだろう。それに異世界でも経験も考えればあながち嘘とは言えないし。

「ま、まぁ、ちょっと脚色されてる部分もあるけど、大まかには合ってるかな?」

結解の回答に不良たちは歓声を上げる。

「やべぇって!この人マジですげぇぜ!!」

「いや、パンチを止められた俺はわかってたけどね?この人が只者じゃないってさ」

「舐めた口聞いてスンマセンっした。これから貴方のことを師匠って呼んでも良いっすか?」

「ん?あ〜、別に人前で言わなければ構わないけど……」

不良たちは先程よりも大きな歓声を上げた。なんか厄介なことになってる気がするが、コレで良かったのだろうか。


不良たちから握手や武勇伝を求められたがそれはまた次の機会にと言い逃れた上で、他人や施設に迷惑はかけないよう注意をして結解はその場から足早に立ち去った。すぐ後ろを幸太郎がついてくる。不良たちから十分離れると、結解は立ち止まって幸太郎へ話しかけた。

「おい!さっきのあれは何だったんだよ!?」

「あれ?何か怒ってます?せっかくあの場を収めてあげたのに、怒られる筋合いはないと思いますけど?」

確かに不良たちの注意がコンビニの一件から結解の噂に向いたため、下手に暴力を振るわずには済んだ。

「もしあそこに俺がいなかったら、きっと殴り合いの喧嘩になってたんだろうなぁ。まぁ、俺としては先輩や不良たちが傷つこうが関係ありませんけど」

「いや、まぁ、その点については感謝してるけどさ……。代わりに変な噂が広まりそうで怖いんだが?」

「今だって好き勝手にデマを流されてるんでしょ?バカバカしい噂で上書きしたって別に良いじゃないですか?」

幸太郎の言葉に結解は口を閉じる。そう言えば、自分の失踪事件に関しては教えてなかったはずなのに、いつの間に知ったのだろう。もしかしたら結解が他人の無責任な噂に苦しんでいることを知って、幸太郎はあんなことをしてくれたのかもしれないと思ったが、昨日からのやり取りを思い返してみるとただ面白がってるだけの方が正しそうだ。

「それよりも、なんで連絡よこさなかったんですか?朝の時点でスキルで情報を確認出来てたんですよね?」

「あー、連絡する前に色々と調べたいことがあって……」

「へぇ、それって、俺の友人たちがなんで嘘をついたかに関してですか?」

「なんだよ。知ってたのかよ」

「当たり前でしょ……と言いたいところですが、知ったのはついさっきです。あの場所に向かう途中に走って逃げてくる三人からすれ違いざまに謝られたんですよ。最初は何を言ってるか分かりませんでしたけど、先輩が連絡も寄越さずに裏でアイツラと話をしてたと知って、全て理解しました。隠さずに俺に言ってくれれば、あんな面倒なことしなくて済んだのに」

「黙ってたのは本当にすまん。確証もないのにいたずらに友達を疑わせるようなことはさせたくなかっただけなんだ」

結果としてはあの三人は故意に嘘をついていたわけだが。幸太郎の言動を見ていれば確かに腹の立つやり取りもあるだろうが、一線を越えたのは彼らだ。彼らに裏切られた挙げ句、その嘘のせいでトラブルに巻き込まれたとあっては、流石に幸太郎が可哀想だ。幸太郎は深い溜め息をつきながら頭を左右に振る。

「どうせ、友人に裏切られて俺がショックを受けるとか思ってたんじゃないですか?命を預けていた仲間からも裏切られたことがあるんですから、あれくらい別にどうとも思いませんよ。裏切った以上は復讐はさせてもらいますけど」

「おい!」

「今のは冗談です。ここは先輩の顔を立てて水に流してやりますよ。一応謝罪の言葉もあったわけですからね」

そう言って幸太郎は笑った。いつものような嫌味や何か裏があるようには見えなかった。想定外のトラブルはあったが、終わってみれば全体的に上手く着地出来たようで結解は肩を撫で下ろした。ついでに結解は先程不良たちと対峙した時に気になった点を幸太郎へ尋ねる。

「そう言えば、あの不良たちが思ったよりも力が弱かったり、キックも上手く出来なくなっていたけど、あれって君がなにかしたんだろ?」

「さぁ、何のことでしょうか?何を言っているか分かりませんね」

「あんな意地の悪い顔で見ておいて、シラばっくれても無駄だぞ。スキルを使ったっていうのは予想がついているんだけど……」

「察しが良いですね。先輩だったら余裕で勝てたでしょうけど、俺のことで勝手に怪我でもされたら後味が悪いですから、スキルを使用してあの不良たちの運動能力を下げさせてもらいました」

やはり幸太郎のスキルで間違いなかった。だが、スキルの発動条件は何かアイテムを持たせることだったはずだが、いつの間にそんなことをしたのだろう。それにあれだけの人数の運動能力を下げるなんて一体誰と平均化させたのだろうか。

「発動に必要なアイテムを持たせた瞬間は先輩も見ていたはずですよ?いや、先輩も隠れるのに必死で見落としてたのかな?昨日の昼に空き教室で先輩が先生のふりをして不良たちを慌てさせた時です。教室から逃げるのに必死で俺が学ランのポケットにアイテムを忍ばせたのに誰も気付いてませんでしたけどね」

「あの時かぁ。確かにすぐに隣の教室に隠れたからポケットに入れた瞬間は見逃してたかも……。いや、それでもおかしいな。逃げる瞬間は気付かなくても、ポケットにアイテムが入れっぱなしになってたら流石に不良も気づくだろ?」

「かさばるアイテムだったらバレてもおかしくないでしょうね。あの人たち、変に気がつくところもありますし。でも、ポケットに入っても気にならない位薄い物だったら?」

そう言って幸太郎は自分のポケットから何かを取り出して結解に見せた。何の変哲もない、ただの破れた小さな紙だ。

「え?もしかして、今回使ったアイテムってコレ?」

「はい。と言っても、この紙はもう効果を失ってますけど。俺のスキルを発動するのに必要なアイテムは、縦横各五センチ以上のサイズがあればどんな物でもアイテムとして認識されます。形状が異なっても同じ材質のものであれば同アイテム判定されるので、適当なサイズに破ったノートの切れ端を持たせるだけでスキルを発動することが可能なんです」

確かに紙であればポケットに入っていても異物感は感じないだろう。違和感がなければ洗濯でもしない限りポケットを確かめることもないだろうし、それが学ランともなれば尚更だ。

「なるほどね。ノートの切れ端だったら学校でも簡単に用意出来るし、あの人数でも枚数には困らないわけだ」

「流石にあの場で即席で用意したわけじゃありませんけどね。俺のスキルは事前準備が大事なので、何時でも仕込めるように紙とかかさばらない小物を常備するようにはしています」

「OK。どうやってアイテムを持たせたのかはわかったよ。あと気になってるのは不良たちと誰にスキルを使用したかなんだけど……」

結解の質問に幸太郎は地面に指を指した。その先には列になって歩いているアリがいた。

「いや、嘘でしょ」

「嘘じゃありませんよ?俺のスキルは生物であれば人だろうが人じゃなかろうが関係なく使用出来ます。しかも相対値ではなく絶対値で能力を平均化させるのでサイズの違いによる補正もありません。おまけに一枚の紙の上に何匹もアリが乗ればその数だけ平均化されますから、あの時あの不良たちは小学生以下の運動能力しかありませんでしたよ。むしろ、小学生並の小さいアリの方がよっぽど脅威ですよね」

「いやいやいや。簡単に言ってるけどチート過ぎない?それじゃあ、赤ん坊と敵にスキルを発動させたら簡単に敵を弱体化させられるってこと?」

「そういうことですね。最初に戦って負けてしまった邪神にも、この方法で弱体化させたら余裕で勝つことが出来ましたから。強い仲間を集めて必死に能力を底上げしてたのが馬鹿らしくなりますよね」

そう言って愉快そうに笑う幸太郎を見て、結解は愛想笑いをしながら背中に冷や汗をかいていた。幸太郎の機嫌を悪くするのはなるべくよそう。そして、ポケットに見覚えのない紙が入っていないか毎日チェックしようと思ったのだった。


結解と幸太郎が校舎裏で話をしているのを校舎の窓から見ている人影が一つあった。自分と同じく異世界から帰還した人間がどこかにいるのではないかと前から考えていたが、まさかこんなすぐ近くにいたなんて。どうしたら良いのだろう。すぐに話しかけてみるべきか。いや、変な噂も流れているようなのでタイミングを見計らった方が良いかもしれない。そんなことを考えていると、後ろから自分のことを呼ぶ声が聞こえた。その人は最後にチラッと階下の二人を見ると、友人たちの輪に戻っていった。

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