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英雄と勇者

週一位のペースで投稿予定

「グワアアァァァッアアッ!!」

周りを取り囲む王国軍の銃撃や魔法攻撃により、魔王が悲鳴をあげる。ユイトは魔王が弱ったタイミングを見逃さず、剣を構えて突撃する。英雄であるユイトが魔王に向かっていくのを見て、王国軍の攻撃が止む。魔王は急いで体勢を立て直そうとしたが、目前に迫ったユイトの攻撃を躱すことが出来なかった。一閃により魔王の攻撃が両断される。

「ば、バカなァァァアア!?この我がこんな雑魚共にィィイッ!?」

断末魔を上げながら、魔王の体が光の粒子となって消えていく。呪詛を吐きながらユイトに悪あがきをしようとする魔王だったが、ユイトの後を追いかけてきた王国騎士スカーレットが放ったレイピアの刺突により魔王の額が貫かれると、その体は完全に粒子となり虚空へと散っていった。周囲の王国軍から歓声が上がり始める。英雄と王国の力によって世界を我が物としようとしていた魔王が討伐されたのだ。歓声に包まれながら、中心にいるユイトはその場にへたり込んだ。この異世界に召喚されてから半年、やっと全ての元凶である魔王を倒すことが出来て、体の力が抜けてしまった。

「ユイト!?大丈夫?まさか怪我をしたの!?」

家宝だと言っていたレイピアを放り投げてスカーレットがユイトのそばに駆けて、ユイトの両肩を掴んだ。美しい紅い長髪が乱れている。

「大丈夫。戦いが終わって気が抜けてしまっただけさ」

ユイトの言葉を聞いて安心したのか、スカーレットはそのままユイトへ抱きついた。ユイトは驚きながらも自分の腕をスカーレットへとまわして抱き返す。しばらくそのまま抱き合っていた二人だったが、周りの王国軍の目線に気付いてお互いの体から離れた。恥ずかしそうに顔を俯いたスカーレットだったが、周囲のどよめきが気になり顔をあげる。ユイトの体が光りに包まれていた。

「ユイト!!」

思わず大声をあげるスカーレットをユイトが落ち着かせる。

「落ち着いてスカーレット。来るべき時が来ただけさ。魔王を倒した以上、別世界から召喚された英雄はもう必要ないんだよ」

「そんな!?待ってユイト!私は貴方のことを……」

泣き出しそうなスカーレットのことをユイトは抱きしめた。スカーレットに触れている感覚が徐々になくなっていくのを感じる。

「言わなくても分かっているよ。この時が来ることを恐れて今まで黙っていたけど、俺も君のことを愛しているよ。別世界で離れ離れになってもその気持ちが変わることはない。ずっと君のことを思っているから、君も俺のことを忘れないでくれ」

ユイトの最期の言葉を聞いてスカーレットは泣きながら頷く。その涙がユイトの体へ落ちる前に、ユイトの体は光と共に消えていった。


「……葉。いい加減にしろ!青葉!!」

怒声を浴びて結解は飛び起きた。居眠りしていた結解のことを数学の教師が教壇の上から憤怒の表情で睨みつけている。椅子から立ち上がった結解は寝ぼけた頭で周囲の状況を把握しようとする。

「はい?先生どうしました?」

「どうしましただと!?授業中にいびきをかきながら爆睡しておいて、起きて最初に喋る言葉がそれか?いい度胸だ!前に出てこの問題を解いてみろ!!」

教師からの無茶振りと周りの同級生からの冷ややかな視線に結解は冷や汗をかきながら、心のなかで悪態をつく。黒板に書かれている意味不明の数式をさっきまで寝ていて話を聞いていない俺に理解出来ると思うのだろうか。

「何をしている!早くここまで来い!!」

教師の声のトーンが一段上がった。ヤバイ。ブチ切れてる。どうやって落ち着かせようか。結解は同級生達の横をダラダラと歩きながら、この場を収める解決策を考えたが特に何も思い浮かばないまま教壇まで辿り着いてしまった。

「さて!それじゃあこの簡単な問題をさっさと解いて貰おうか、頭の良い青葉君?俺の授業が退屈過ぎて寝てしまうくらいだもんな?」

「そんなに褒めないでくださいよ。俺が熟睡してるのも退屈だからじゃなくて、先生の教え方が睡眠学習に適してるからですし、もっと自信持ってください」

「テストでいつも平均点ギリギリのお前を褒めてるはずないだろうが!!それにお前に言われなくとも自分の指導方法については自信を持ってとるわ!!」

冗談で雰囲気を変えようとしたが、火に油を注いでしまったようだ。このまま普通に回答出来なかったら廊下に立たされるだけじゃ済まなそうだ。しょうがない。スキルを使うか。結解は片目を閉じて目の前の教師を見た。すると、教師の周囲に文字や数字、記号が浮かんで見え始めた。結解はその空中に現れた表示から自分に関する項目を探した。『青葉結解』という文字が自分と教師の間にプカプカと漂ってきたので確認すると、名前の下に『評価:コミュニケーションは下手だが、いざというときリーダーシップがある。学力は中の下。失踪事件以降、一人でいることが多いので要注意』と書かれていた。コミュニケーションが下手なのは事実だが、他人にそう思われているのは心外だ。それにほとんどの教科で平均点は取れているので、中の上〜中くらいの学力はあると自分では思っている。そんなことよりも、せっかくスキルを使用したのにこの情報じゃ、今この状況をなんとかできそうにない。何か他に役立ちそうな情報を探ろうとして空中の文字を見ようとしたとき、教師の顔が視界に入った。口元は笑っているが眉間にはシワが寄っている。

「ウインクして誤魔化そうとでもしているのか?そんなので機嫌が取れるわけないだろ!もう良い!!自分の席に戻ってしっかりと授業を聞いてろ!!」

結解は閉じた片目を開くと教師の周囲に浮かんでいた表示は消えてしまった。教師の言う通り席に戻る。スキルで上手く誤魔化せないかと思ったが、ウインクしてると勘違いして呆れてくれたおかげで怒りのボルテージが下がったみたいだ。一日のスキルの使用制限三回のうち貴重な一回だったが、結果オーライだったな。結解はそんなことを思いながら自分の席に戻る途中、周囲の同級生の視線に気付いた。授業中に居眠りをしていたことに呆れたような表情、教師に怒られているのにふざけたことに感心しているような表情も見られるが、一番多いのは動物園で動物を見るような物珍しそうな表情だ。結解はため息をついた。好奇の目にさらされることには慣れたが、一ヶ月経ってもこれはいい加減勘弁してほしい。自分の席の椅子を後ろに引くと、結解は周りの目を無視して前を向いて座った。


結解が異世界に英雄として呼ばれたのは今から三ヶ月前だ。自宅で寝ていたはずが、目が醒めたら魔法陣が描かれた大理石の上にいたことに気付いた時は夢にしては現実感があるなと思った。貴族っぽい豪華な服装を着た人物達や騎士のような鎧を身に付けた人物達、魔法使いみたいなローブを着た怪しげな人物達など、魔法陣を取り囲む大勢の人間が驚きの声を上げて魔法陣の中心にいる自分を指差してなにやら話しているのを見て、夢ではなさそうだと薄々感づき、何が何やらわからないまま引きづられて大広間に連れて行かれ、頭に王冠を載せた小太りのおじさんと面会した時に夢ではなく現実だと気付いた。自分が召喚された異世界シュラインは数百年前に倒された魔王が復活し、世界を支配しようと企んでいた。魔王の強大な力に対抗するため、王国は伝説に基づき別の世界から英雄を召喚し魔王討伐の任を託すことにしたそうだ。そして召喚された英雄が結解だったというわけだ。王様の側近が自分を殺して別な英雄を呼ぼうとしたり、魔王の幹部がやたらライバル視してきたり、自分の世話役に選ばれた王国騎士のスカーレットといい雰囲気になったりと紆余曲折があったが、なんとか王国軍と協力して魔王を倒すことが出来た。魔王を倒すと体が光に包まれて元いたこの世界に戻ってこれたが、異世界と時間の流れが多少違うがしっかりと時間は経過しており、異世界に行っていた半年間、この世界では二ヶ月の間、自分は突然失踪したことになっていた。親や警察、病院で異世界に飛ばされていたことを説明したが、そんな摩訶不思議なことを当然理解してもらえるわけもなく、何者かに連れ去られたショックによる妄想と判断されてしまった。自分もこの世界に戻ってきてすぐはただ長い間夢を見ていたのではないかと思ってしまったが、異世界で身に付けた身体能力はそのままだった(流石に魔法は使えなくなっていたが)。そして何より、異世界に召喚された時に身に付けた召喚スキルがこの世界でも使えるようになっていたことで、妄想ではなく現実だったのだと実感することが出来た。召喚スキル。どういう理由で身に付けたかは不明だが、異世界に召喚された際にいつの間にか覚えていた、魔法とも違う能力で、数百年前に魔王を倒す為に召喚された以前の英雄も強力な召喚スキルを身に付けていたらしい。自分が身に付けていたのは対象の状態や能力、他人との関係性を確認出来る能力で、パラメーターチェックと呼んでいた。戦闘向きではないスキルと思われたため、王国からは期待外れの英雄と呼ばれたりもしたが、相手の弱点を把握したり、ともに戦う仲間達の体力なども確認出来たので、英雄兼王国軍指揮官として魔王と戦うことが出来た。異世界にいた頃は特に回数制限もなく使用出来たが、この世界に戻ってきてからは一日に三回までしか使用出来なくなってしまった。とは言え、平和なこの世界でも誰かとやり取りするときには役立つので、このスキルは重宝している。スキルを使う時に片目をつぶって相手を見る必要があるので、人によってはふざけていると思われることが難点だが。


昼休みになり、別棟にある食堂に向かって階段を降りていく同級生とは反対に、結解はランチバッグを右手に持って階段を上がっていた。この校舎の最上階は空き教室が多く、鍵もかかっていないので結解は昼ごはんを空き教室のどこかで食べることにしている。自分の教室で食べても良いのだが、ごはんの時間まで同級生の目線を感じるのは嫌だった。ランチバッグの中には母親の作った弁当が入っている。異世界に行く前は学食代を渡されていたので食堂に行ったり、売店でパンを買って自分の教室で食べたりしていたが、異世界から帰ってきてからは両親が過保護気味になり毎朝弁当を渡されている。自分としては周囲の好奇の目に触れさえしなければなんでも良いが、食べ終わった弁当箱をちゃんと翌日の朝までに洗っておかないと母親に怒られるのだけは面倒だ。最上階にたどり着いた結解は廊下を歩いて一番手前の教室に近づく。教室のドアの小窓から中を覗いた。カップルの先客がいて、弁当を食べさせ合っている。制服を見る限り二人とも三年の先輩のようだ。バレたら気まずいので中の二人に気付かれないように素早く小窓から顔を離した。足音に気をつけて次の教室へ向かう。この教室にも先客がいた。女子学生のグループが教室の中で食事をしながら話をしている。楽しそうにしていて羨ましい。このグループは自分と同じ二年生だ。知らない顔ばかりなので違うクラス、もしかしたら別の学科かもしれない。中の生徒の一人と視線が合ってしまい急いで小窓から顔を隠した。別に隠れる必要はなかったかもしれない。これじゃあストーカーみたいだ。急ぎ足で次の教室に向かう。この教室は小窓に暗幕が張られており廊下から中が見えなくなっていた。普通の空き教室のはずだがら暗幕なんか張られるはずがないのだが。違和感を感じていると、中から奇声と小さな爆発音が聞こえてきた。教室の中で事故でもあったのだろうかと思い、ドアを開けようと取手に手を伸ばしたが、自分が開ける前に中からドアが開いて一人の生徒が出てきた。一年生の男子生徒で髪はボサボサ、目元には実験で使うようなゴーグルをかけているので顔はわからない。生徒の背後の教室のドアから煙が漏れ出してきた。

「え?ちょっと大丈夫?」

「あぁ、大丈夫じゃないですか?間違って薬品を混ぜちゃっただけなので。悪臭と白煙は発生しちゃってますけどね」

他人事のようにそう言うと、男子生徒はその場からそそくさと立ち去ってしまった。いや、そのままで本当に大丈夫なのだろうか。教室の中を確認するか教師を呼ぶか迷ったが、さっきの男子生徒が誰かわからない以上、自分のせいにされる可能性もあるので悩んだ末に見てみぬふりをすることにした。次の教室へと向かう。空き教室は次が最後だったはずだ。もし誰かいたら諦めて自分の教室に戻るしかないなと考えていると、廊下まで響く大声が最後の空き教室から聞こえてきた。何事かと小窓から中を覗くと、三年の男子生徒が一人の男子生徒を取り囲んでいた。

『大きな声出さなくても聞こえてるっすよ。さっきも言ったとおり冤罪ですって。なんでボクが昨日たまたま見かけただけの先輩達のことを先生にチクるんっすか』

『シラバックレたって無駄だ!お前が生活指導の先公と話をしてるのを見たって言ってるヤツがいんだよ!』

『別に学校で先生と話すくらい普通にあることじゃないっすか。確かに生活指導の先生を今朝話をしたっすけど、身だしなみについて小言を言われただけっすよ?』

『つまり、自分の格好についてネチネチ文句を言われるのを防ぐために俺たちのことをチクったってことだなぁ!?』

『うっわぁ、飛躍しすぎぃ。あっ、スンマセン。つい思ったことが口に出てしまっちゃいました。とにかく、ボクじゃないっすって。もしかしたら、昨日の先輩達が先生に見られてたんじゃないっすか?』

取り囲まれている生徒の言葉に周囲の上級生が顔を見合わせて相談し始めた。思い当たる節でもあるのだろうか。教室の外から眺めていたが、どうやら三年生の不良グループが生活指導の教師に指導を受けてしまい、それをバラしたと思われる一年生をここに呼び出したようだ。一体あの三年生達は何をしたのだろう。

『いや、あのコンビニで立ち読みしてたのを見たのはお前達一年数人しかいないはずだ!』

コンビニで立ち読みをして怒られたのかよ。もっと不良っぽいことをしでかしたのかと思ったわ。

『でも、本の置いてあるコーナーってコンビニの外からでも見られるっすよ?車で走ってる時に外から見つかったとかじゃないんっすか?』

『違うな。あの先公、俺たちが読んでいた本まで言及してきたから、近くで見ていたヤツがチクったはずだ!』

たしかに、遠目では立ち読みしている本まではわからないだろう。どんな本を読んでいたのだろう。わざわざ立ち読みする位だからグラビアとかだろうか。それとも18禁の類か。

『俺たちは毎週学校帰りにあの週刊少年〇〇を読むのが日課になってるんだよ!それをコンビニの迷惑になるから今後はやめなくちゃならなくなった気持ちがわかるか!!』

いや、わからないよ。漫画雑誌だったらお金を出し合って買って、回し読みすれば良いだろ。

『それは残念っすね。ボクは単行本派なので毎週週刊誌を読み気持ちはわからないっす。コレを気に単行本派に鞍替えすれば良いんじゃないっすか?』

『お前全然わかってないよ。同じタイミングで同じ雑誌を読んで、読み終わった後に皆で感想を言い合うのが良いんだろうが!気に入った漫画はそれぞれ単行本も買ってるわ!』

『そういうもんっすか。それじゃあ買った雑誌を回し読みすれば良いんじゃないっすかね?』

『それは……。確かにそうかも……』

納得するんかい。

『だが、それは別としてチクったヤツがいるはずだ!あの時コンビニにいて、今朝先公と話をしていたことを考えたらお前で間違いない!!』

『だから違うって言ってるじゃないっすか。もうそろそろ帰っても良いっすか?まだ昼飯食べてないんっすけど』

『俺たちに囲まれて随分舐めたこと言ってくれるじゃねぇか!カクゴ、出来てるんだろうな!?』

一年生を取り囲む不良達は明らかに殺気立っている。バカみたいな話をしていた不良だが、あの感じは流石にまずい気がする。結解はなんとかしようと思考を巡らせる。そしてあるアイディアを思いつき、今まさに一年生に掴みかかろうとしている不良を片目で見てスキルを発動させた。知りたい情報を確認すると、教室のドアを叩いて大声で叫んだ。

「荒井!どこにいるんだ!!」

隠れつつ小窓から中を覗くと、名前を呼ばれた不良が焦り始める。

『ヤバい!きっと先公が俺のことを探してやがるんだ!!』

『おい!こんなところ見られたらまた何を言われるかわかんねぇぞ!?さっさと逃げようぜ!!』

不良達が教室のドアへ向かってくるので、結解は悪臭のする隣の教室へ逃げ込んだ。聞き耳をたてていると、廊下を大人数が走っていくのが聞こえた。思惑通り、教師が探していると誤解して不良達が逃げていったようだ。結解は教室から出ると、先程まで不良達がいた教室へ向かった。中には不良に取り囲まれていた一年生が残っていた。改めてその一年生を観察する。髪は茶色く染めているうえ、ゆるくパーマがかかっている。制服もオシャレに着崩しており、不良たちと会話していた口調も合わせるとお調子者っぽい印象を受けた。結解は教室へ入って一年生に声をかけた。

「大丈夫?怪我はない?」

「アンタ誰っすか?あ、さっきの声ってもしかしてアンタ?」

目の前の一年生は突然教室に入ってきた結解を見ても驚いた様子がなく、冷静に質問を投げかけてきた。上級生に囲まれていたので縮み上がっていないか心配したが、全然平気そうだ。心配して損した。

「あ、もう良いっすか?早く食堂行かないと特盛定食がなくなっちゃうんっすけど」

「いやいや、冷静すぎだろ!?さっきまであんな追い詰められてたのに何昼ご飯の心配してんの!?不良に絡まれてんだよ!?真っ先に先生たちに相談すべきでしょ!?」

「いやぁ、めんどくないっすか?勘違いだっつってんのに聞く耳持たないバカな連中だし、先生たちが注意したとしてもどうせボクのことを呼ぶっしょ?相手するのすらダルいっすわ」

ただのお調子者かと思ったが、意外に口が悪くて少し驚いた。

「そうは言っても今回はたまたま通りかかった俺が助け舟を出したからなんとかなったけど、次取り囲まれたらどうなるかわかんないぞ?確かに頭は悪そうだけど、体格はしっかりしているヤツが多かったし、なによりあの人数に襲われたら無事じゃ済まされない……」

「心配してくれてるんっすか?いやぁ、アンタ優しいっすね。でも、大丈夫っすよ。数だけ多い相手なんてどうとでもなるし、また呼び出されても大人しくついていくほどバカじゃないっす」

「偉い自信だけど、アイツラ結構喧嘩慣れしてるぞ?大事になってないだけで、よく他校の生徒と殴り合いの喧嘩をしてるらしいし」

「へぇ、そうなんすか。たまたま通りかかったって言う割には詳しいっすね?なんでそんな事まで知ってるんすか?」

相手の質問に思わず口が止まる。まさかスキルを使用して相手の情報を確認したと言うわけにもいかない。

「あれ?どうしたっすか?なんで何も答えないんすか?あまりにもタイミング良すぎて怪しいなって思ってたっすけど、やっぱりアンタがアイツラのことを先生にチクって、ボクに罪をなすりつけたんじゃないっすか?」

「いや、そうじゃないって。あの不良たちのことを噂で聞いたことがあっただけだよ」

「ふーん。まぁ、いいや。とりあえずそういうことにしとくっす。取り合えずさっき助けてくれたことには感謝してるっす。どーもっした。それじゃ、そういうことで」

片手でお礼するポーズだけして一年生は教室から出ていこうとする。現状がどれだけ危険かわかっていないようだ。あの不良たちについてもう一度説明した方が良いだろう。疑われたままなのも癪だし。立ち止まらせようと結解は後ろを振り向いている一年生へ手を伸ばした。

「ちょっとま……、うわぁっ!?」

伸ばした手が一年生に触れた瞬間、結解の体は宙を舞い床に叩きつけられた。一瞬の出来事だったので、腕を掴まれて背負投されたと気づくのに時間がかかった。

「いい加減にしろよ」

受け身は取れたので体の一部を強打しなくて済んだが、それでも硬い床にぶつけられた痛みに顔を歪ませていると、目の前に立っている一年生が見下ろしてきた。さっきまでとは口調や雰囲気がまるで違い、冷たい視線を向けてくる。

「アンタがチクった犯人かどうか知らないが、俺は別にアンタをあの不良たちに差し出したっていいんだぜ。助けてくれたから一応の礼儀として黙っていてやるだけだ。これ以上関わるって言うなら、アイツラに差し出すだけじゃなく、俺の敵として扱うからな。これに懲りたら、もう俺の前には現れないことだ」

そう言い残して、一年生は教室から出ていってしまった。結解は痛む体をさすると、投げ飛ばされた瞬間に落としてしまった弁当が無事か確認するのだった。


六限目の授業が終わり同級生が部活に向かうのを見ながら、結解は下校する準備をしていた。昼は散々な目にあった。見ず知らずの後輩を助けたはずなのにぶん投げられて体を強打するし、弁当は中身がごちゃまぜになってしまっていた。あの後輩とのやり取りを思い返して、自分の対応のどこが悪かったのか反省をする。相手が聞く耳を持っていなかったのは確かだが、それはそれとして自分ももっとちゃんと説明をすべきだったかもしれない。スキルで知った情報なので伝え方を間違えると怪しまれるかと思ったが、結果として逆に相手に怪しまれる形になってしまった。これからどうしようか。荒井という不良の情報を見た限りではあの後輩のことをこれからも執拗に狙いそうな印象を受けた。後輩へ身の危険を知らせた方が良いとは思うが、去り際の本性を見るに素直に聞いてくれそうにもない。誰か適当な先生に告げ口しようかとも考えたが、今度は自分が不良たちに狙われる可能性もある。これ以上関わっても自分には何の得もないし、見てみぬふりをしてしまおうか。机に仕舞っていた教科書をカバンに詰めながらそんなことを考えていると、周囲がざわついているのに気付いた。結解が顔を上げると、女子生徒のグループが教室に入ってきた。学年は同じようだが見覚えのない顔ばかりなので別のクラスのグループに違いない。他の周りが羨望の眼差しを向けているのを見る限りでは、スクールカーストの上位にあたる集団なのだろう。この教室の友達でも迎えに来たのかと思ったが、グループの一人が結解のことを見て他の女子生徒へ合図を送っている。グループの中心から一人の女子生徒がこちらに向かってくる。制服をきっちりと着こなしており、優雅に歩く姿はまるでお嬢様のようだ。顔を見てどこかで見たような気がするが、思い出せない。お嬢様っぽい女子生徒が結解の机の前に来て立ち止まった。何の冗談かと思ったが、そのまま椅子に座っている結解に話しかけてきた。

「貴方が青葉結解さん?」

勘違いで話しかけてきたかと思ったのだが、どうやら本当に自分に用が合ったようだ。結解は相手の顔を見上げて返事をする。

「そうだけど、君は?」

「私は宮城野礼華と申します。貴方と同じ二年生で特進科におります。どうぞ宜しく」

そう言って優しく微笑んでくる。その表情を見て、人気がありそうなのがわかった。

「こちらこそどうも。それで何か用かな?」

「何か用って、それはこちらのセリフです。お昼にお友達と歓談していた時に廊下から見てらっしゃいましたよね?」

それを聞いてなぜ見覚えがあるのかわかった。今日の昼に空き教室を探している時にいた、女子グループの中で自分に気付いた女子生徒がこの子だ。

「あぁ、あの時の。いや、空いてる教室を探していただけで、君たちに特に用があったわけじゃないんだけど……」

「あら、そうだったの?嫌だぁ。自意識過剰みたいで恥ずかしいぃ」

礼華はそう言って両手で顔を隠した。ちょっと演技くさい感じもするが、行動の一つ一つが可愛らしく感じられる。気がつくと、他の女子生徒が結解の周りを取り囲んでいた。

「どうだった礼華?何が目的かわかった?」

「悪い虫だったら私たちが全力で叩きのめして上げるからね」

「青葉君だっけ?貴方、礼華に何か失礼なこと言ったらただじゃおかないから」

周囲の礼華の友人たちがすごく圧をかけてくるので、結解はたまらず縮こまってしまう。自分が何をしたというのだろうか。言葉で責めてくる友人たちを礼華が止める。

「皆、やめてあげて。お昼の件はただ私が気にしすぎただけみたい。青葉さんは特に目的があって見ていたわけではないわ」

「なんだ、そうだったの?てっきり礼華のことを狙っている男子の一人かと思った」

「まぁ、考えてみればありえないよね。ただの男子が礼華と釣り合うわけないもん」

「そうね。他の男子に聞いたら、この青葉君って一ヶ月前にに噂になったあの生徒みたいだし、ちょっと心配したけど変な気を起こしたわけじゃないみたいで安心したわぁ」

散々な言われようだ。目の前に本人がいることを忘れているのだろうか。

「ちょっと、皆!私の勘違いが悪かったのに、青葉さんに対して失礼なことを言わないで!それに、人となりをちゃんと知らないのに悪い噂だけでその人のことをあれこれ言うのは、その噂を流した人と同じくらい無責任で失礼な行為だよ!」

礼華の一喝に周囲の女子生徒はバツが悪そうに黙ってしまった。ただのかわいいお嬢様かと思ったが、割とはっきりと発言をするタイプのようだ。結解は落ち込んでいる周りの人間をフォローする。

「ま、まぁまぁ。別に悪気があって言っていたわけじゃないだろうし、そこまで怒らなくても良いんじゃないかな」

「あ、ごめんなさい。私ったら、つい声を荒らげてしまって。皆もごめんなさい。機嫌が悪くて怒っているわけじゃなくて、ただ他の人を傷つけたくなかっただけなの。皆にも他人を傷つける人になってほしくなくて強い言葉を使ってしまったけど、皆のことを嫌いになったわけじゃないわ」

その言葉を受けて礼華の友人たちは結解へ謝罪してきた。結解は構わない旨を伝えた。本当は気にしていたが。

「迷惑おかけしてすみませんでした、青葉さん。学科は違いますけど同じ学年ですので、今後も何かお話する機会があるかと思います。その時は宜しくお願いしますね?」

「あぁ、こっちこそ宜しく」

礼華が頭を下げると友人たちと一緒に教室から出ていった。まるで嵐が過ぎ去ったかのように静かになった。教室にいる同級生にまたジロジロ見られるかと思ったが、先程の礼華の言葉が刺さったのかチラチラと気にしているだけで露骨に見る人はいなかった。結解はというと、結解も先程の礼華の言葉を思い出していた。他人を傷つける人か。昼の出来事に関して、もう関わるのは止めようと思っていたが、何か行動出来るのに何もしないのは間接的に他人を傷つける行為に違いないのではないだろうか。もしかしたら、自分が悪者にされてしまうかもしれないが、その時はその時だ。結解は覚悟を決めるとカバンを手にとって教室を出た。


昼に出会った一年生が誰なのか調査するために、自分の教室がある三階から一つ上にあがって一年生の教室がある四階に向かった。廊下をゆっくりと歩きながら教室の中を確認する。結解の姿を見て、廊下をすれ違う一年生たちは避けるように離れていく。自分のことを知っているのか、それとも単に上級生がいることに驚いているだけなのかはわからない。最後の授業が終わってから少し時間が経過しているので、教室に残っている生徒も少ない。ここまで来たは良いが、あの後輩がいるとは限らない。いなければその時は日を改めるとしよう。そう考えていたが、どうやら杞憂だったようだ。正面から友人に囲まれてあの後輩がこちらへ歩いてきた。

「マジだって!明日の国語は抜き打ちのテストがあるって!昼のおかずを賭けてもいい……」

自分の姿を見て、あの一年生は喋るのをやめて明らかにうんざりしたような表情をした。結解は気にせず片手を上げて声をかける。

「やぁ、また会ったな」

「何すか?昼に言ったっすよね?もう関わらないでほしいって。もし付き纏うようならどうするかも教えたつもりだったっすけど。それでも会いに来たってことはわかっるっすよね?」

「まぁまぁ、そう言わずにさ?とりあえず二人だけで話出来る?」

結解の提案に後輩はため息をついたが、困惑している友人たちに先に帰っていてほしいと伝えると結解の横を通り過ぎていった。結解は急ぎ足で一年生に追いつくと横に並んで歩いた。

「友達と一緒に帰るところ、すまんね。とりあえず、昼の件についてもう一回話を……」

「場所を変えるまではその話はやめてもらえます?誰かに聞かれて変な噂を流されても困るんで」

有無を言わさぬ圧を感じ、結解は黙って頷く。二人は互いにしばらく口を開かずに歩いていく。自分から会いに来ておいてなんだが、正直気まずい。隣を歩く一年生が何も言わずに階段を上がる。一年生のフロアの上、五階はこの校舎の最上階となっている。昼に出会った教室に向かっているのだと結解は気付いた。

「あの空き教室はよく行くのか?」

「いえ?誰かみたいに昼の時間に隠れてボッチ飯をするわけじゃないですから。五階の空き教室は人目につかなくて良いって友達から聞いたことがあっただけですよ。まさか先輩は良く行くわけじゃないですよね?」

「あぁ、まぁ、ほどほどくらいかな?」

「へぇ〜」

毎日空き教室でご飯を食べているとは言わなかったが、反応を見る限りバレている気がした。ちょうど、昼と同じ教室に誰もいなかったので、後輩に促されて結解は教室に入った。すると、後ろから背中を蹴り飛ばされたので、思わず前へとつんのめってしまう。両手で体を支えるが、また蹴りが飛んできたため、結解は横へ転がって後輩の蹴りを躱す。昼の対応を見てもしかしたらと思っていたが、何も言わずに暴力に訴えてくるとは。蹴りを躱されて舌打ちをしている一年生に対し、結解は立ち上がって静止するように両手を前に出した。まずは話し合いだ。

「待って!一回俺の話を聞けって!」

「話を聞け?それなら俺の話も聞いてましたよな?これ以上関わるなら敵として扱うって」

「いやいやいや!敵とか物騒すぎだろ!落ち着いて話し合いをするために来たんだから、とりあえず冷静になって会話をしよう?」

結解の提案を鼻で笑うと目の前の一年生はゆっくりと近づいてくる。

「俺は十分冷静だよ。冷静に邪魔するヤツをぶちのめすだけだ」

瞬間、後輩の姿が視界から消えた。結解は自身のすぐ右横から殺気を感じて両腕でガードをすると、結解の頭を狙ったハイキックを防いだ。攻撃を防がれて、後輩は少し驚いた声をあげた。

「マジ?割と本気だったんだけど」

結解はその場から離れて距離を取ると、相手を静止しようと腕が痺れるのを我慢して降参のポーズを取った。

「タイム!本当に勘弁してくれって!俺はお前と戦いたいわけじゃないんだって!!」

「何度も言わせるなよ。アンタの気持ちなんて関係ない。俺の邪魔をしたことだけが真実だ!!」

相手の殺気がますます強くなる。結解は最終手段を取ることにして、片目で相手を見た。今日三回目のスキル使用。これで相手を鎮めることが出来る情報を入手出来なければアウトだ。片目を閉じた結解を見て、後輩は訝しげな顔をする。

「アンタ何やってんだ?これからぶっ倒されるっていうのにふざけだして?よほど俺の神経を逆なでしたいのか?」

「そんなんじゃないよ、若林幸太郎君。俺は至って真面目さ。真面目にどうすればわかってもらえるのか考えた末の行動だよ」

突然自分の名前を言われ、幸太郎は目を丸くした。今日初めて会ったばかりで面識もないのに、なんで俺のフルネームを知っているのか。幸太郎はある可能性を思いつき、すぐに結解を睨みつけると握り拳に力を入れた。

「なるほどね。前々から俺のことを狙ってたってわけか。やっぱりあの不良たちにデマを流して俺を巻き込んだのもアンタの仕業だな?何が目的だ?」

「いや、なんか格好良いセリフ言ってるとこ申し訳ないけど、勘違いだから。君には理解できないかもしれないけど、ちょっと特別な力が……って、あれ?どういうこと?なんで君も?」

意味不明なことを言い出す結解を警戒しながら、幸太郎はジリジリと距離を詰めていく。相手は片目を閉じているから距離感がつかめないはずだ。それに閉じた右目側は確実に死角となる。結解はというと、幸太郎の情報に予想外の項目があり頭の整理が追いついていないのか、ブツブツと小声で呟いている。

「なんで君が?前回は数百年前だったはず。時間の流れが違うせいか?いや、もしかしたら別の……」

こちらへの警戒が薄れた瞬間を見計らって、幸太郎は結解へ突っ込んでいった。先程まではダメージ重視で蹴りだったが、今回はスピード重視で右のストレートを相手に向かって放つ。顔面十センチ近くまで拳が接近しているのに相手は躱す素振りもない。完璧に捉えたと幸太郎は確信した。だが、その拳が結解の顔面に当たる寸前、結解の左手が幸太郎の右手首を掴んで捻り上げた。思わぬ反撃に幸太郎は体勢を崩して尻もちをついてしまう。すぐに立ち上がろうとしたが、相手がいつの間にか目の前に立っており拳を突き出してきた。やられる!幸太郎は反射的に目をつぶってしまった。身をこわばらせて痛みに備えたが何時まで経ってもパンチの衝撃がこない。幸太郎が恐る恐る目を開くと、結解は手を差し出して幸太郎が掴んでくれるのを待っている。幸太郎は目の前の光景に驚きながらも結解の手を掴んだ。結解は倒れている幸太郎を引き上げて立たせると、肩を優しく叩いた。

「OK。どういうことか理解したわ。そりゃそんだけ戦いの経験があれば自信満々にもなるわけだ。いざとなればスキルも使えるわけだしね。だけど、話も聞かずに暴力に訴えるのは良くないと思うぞ?」

状況が飲み込めない幸太郎は結解へ攻撃するのも忘れて質問する。

「どういうことだ?なんで俺が戦闘経験豊富なのを知ってるんだ?それに今スキルって言ったよな?どうしてスキルのことを?そもそもアンタは何者なんだ?」

「質問多すぎて細かい説明は後でするけど、一言で言うなら君と同じ人間だってことだよ。異世界帰りの勇者君」

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