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【6】

「おも、重いですから殿下……! おろしてっ、おろしてくださいっ!」


「何を言うブランシュ嬢。君は羽のように……とまではさすがに行かないが、薔薇園から王宮(ここ)まで抱いて運んできても全く腕が痺れないほど軽いぞ。ちゃんと食べているのか?」


「食べてます! 食べてます! お肉大好きですうぅぅぅ!」


「肉を好むのか。果実やサラダを好みそうなイメージだったが意外だな。今度詳しく食の好みを教えてくれ」


「果物もお野菜も甘いものも好きですっ。好き嫌いは特にありません……! だから、おろしてください……!」


 どうしてこんな展開に。


 なぜ、自分は今夜初めて言葉を交わした王太子の腕の中にいるのか。


 彼に跪かれて足を見られただけでもとんでもないことが起きたと思ったのに、この密着はどういうことなのか。


 ずっとクロヴィスに横向きに抱き上げられたまま移動しているので、物理的にも目眩的な意味でもふわふわする。

 自分たちの姿を見て呆然と口を開けていた衛兵の表情が忘れられない。


(あぁ! 顔から火が出てしまいそう……!)


 薔薇園を抜けて王宮が見えてきた時からずっと、自分で歩けるから下ろしてくれと訴えているが、クロヴィスの腕はビクともしない。


 スラリとした細身の長身に見えるのに。

 やはり剣技に優れた彼の肉体は鍛えられているのか。

 ブランシュを軽々と抱えたまま移動するクロヴィスは少しも苦しそうな様子を見せず、涼しげな表情をしている。


 ――いや。

 涼しげな雰囲気をかもし出してはいるが、下ろして欲しいと慌てるブランシュを見る瞳は悪戯っ子の少年のように輝いていた。


(殿下がこんな方だったなんてっ?)


 クロヴィス=アゼルサス王太子を無味無臭でつまらなそうな男性だと思っていた自分の見る目のなさに呆れる。

 彼は初演の舞台に上がってガチガチに緊張した新人劇団員よりもよほど表情が豊かだ。


「殿下! 本当にそろそろ下ろしてください……!」


 歴代の王が描かれた肖像画。隣国から友好の証に贈られた大きな壺。磨かれた立派な甲冑。

 豪奢な調度品の飾られた廊下の終わりはもうすぐで。


 このままではクロヴィスに抱えられたままホールに入ることになってしまう。


「無理……! こんな目立つ格好で招待客の皆さんの前に出るなんて、そんなの絶対無理ですぅぅ!」


 いくら存在感のない自分と言えど、今夜の主役である王太子に抱えられていたらさすがに注目されないわけがないだろう。


 ホールを抜ける前は壁の花だった自分との落差に理解がついていかない。


 頭がクラクラして、何故か涙まで出てきそうだ。


「……瞳を潤ませて必死に懇願するブランシュ嬢の声は、なんだかグッとくるものがあるな」


「殿下ぁ?!」


「冗談だ。では名残惜しいが、ここからはこの手は君をエスコートするために使うとしよう。痛めた足は念のため宮廷医に見せなくて大丈夫だろうか?」


「全くもって無問題。大丈夫ですわっ! なんなら興奮で血流が良くなって爪先までポカポカしてるくらいです!」


「そうか。それは良かった。ではレディ。改めて俺のダンスのお相手を。……途中で足の痛みを感じたらすぐに言ってくれ」


 まるで割れやすい繊細な陶器の人形を下ろすように。そっと優しく、クロヴィスの腕の中から下ろされる。


 彼の腕から解放されてホッとしているはずなのに、離れていく体温を何故か寂しいと思ってしまった。


「大丈夫ですわ殿下。自分の足で立っても、痛みも違和感も感じません」


「なんだ、もう平静を取り戻してしまったのか。君の慌てる様はとても可愛らしかったのに、本当に君は芯のある女性なんだな」


「きょうだいたちがケンカをしている時に宥めるのが私の役目だったので。みんなの話を平等に聞くには、まず聞き役の私が冷静でいることが大切なんです。ですから心を落ち着けるのは早い方だと思いますわ。……こういう女は可愛げがないでしょうか?」


「いや、色んな君が見られて興味深いよ。さぁ、今度は踊る君を見せてくれ」


 差し出されたクロヴィスの手をとり、ブランシュは再びホールへと足を踏み入れた。



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