【5】
「君も、素のままの俺を慕ってくれるのか? ブランシュ嬢」
宝石にも例えられるクロヴィスの瞳に自分が映っている。海の色を溶かした青の中にいるのはなんて不思議な気分なのだろう。
「もちろんですわ殿下。神話を語って教えてくださった表情豊かな殿下も、人間らしい感情をお持ちになった殿下も、とても魅力的だと思います。それに、殿下は渦巻く想いをむやみやたらに周りへぶつけたりせずにこの薔薇園まで抱えていらっしゃったんですもの、ご立派ですわ」
「俺が最初に見せた時以上の激情を持っていたとしても?」
「まぁ。機会があれば是非そのお姿も拝見したいですわ。さきほどもお話ししましたが、物語の中には個性豊かな悪役が本当にたくさんいるんです。彼らは奔放に振る舞っていても本当に魅力的なんですよ」
ブランシュが一番夢中になっている闇の王など、愛した女の生を終わらせようとするのだ。
クロヴィスが溜まった鬱憤を一人で柱にぶつけることくらいどうってことない。
(物語と現実は違うかもしれないけれど、でも私はこんな風に人間らしい感情を持った殿下の方が親近感を持てるもの)
それに、彼の素顔を否定することでクロヴィスを傷つけるようなことはしたくなかった。
それは彼が王族だからという以前に、彼と話した時間がとても楽しかったからだ。
「君がそう言ってくれて良かった。……実は今夜は、俺の妃候補の女性を探すための招宴でもあるんだ。その、ブランシュ嬢はそれを知っているだろうか?」
「まぁ! やっぱりそうだったんですね! 大丈夫。殿下なら、殿下を丸ごと愛してくれる素敵な女性にすぐ巡り逢えますわ!」
「…………君自身が妃に立候補する気は?」
「まさか! ふふ、殿下ったら本当に冗談がお上手なんですね。私みたいな地味な伯爵家の娘に王太子妃が務まるはずありませんもの」
そう。今夜のパーティーにはクロヴィスの妃になりたがっている女性はたくさん来ている。
公爵令嬢や、国の重鎮を親に持つ娘たちがいる中で、自分が立候補するなどブランシュにとってあり得ない話だ。
「でも殿下。もし殿下が許してくださるなら私、殿下とお友達になりたいですわ。殿下の教えてくださる教養に溢れたお話はとても楽しいんですもの」
「友人……」
ブランシュの言葉を聞いたクロヴィスは顎に手を当てて黙ってしまう。その眉間の皺を見て、昂っていた気持ちが冷めていく。
いけない。意外なほど話しやすいクロヴィスに、つい調子に乗り過ぎてしまった。普段なら決してこんな身のほど知らずな発言などしないのに。
「あ、申し訳ありません……! 私――」
「友人……。友人から……。いや、しかし今を逃すと……」
「殿下?」
「あぁ失礼。そろそろホールに戻らないといけないなと思ってね。どうだろうかブランシュ嬢。我々の友情の記念に、ダンスを1曲お願いしても?」
「っ! えぇ、もちろんです。光栄ですわ……!」
良かった。クロヴィスは怒っていない。きっと今夜の主役で忙しい王太子はこの後の予定のことを考えていたのだろう。
そう胸を撫で下ろすブランシュは、クロヴィスの瞳に宿った狡猾な光に気づかなかった。
「ではレディ。お手をどうぞ? ホールまでは少々歩くが、君をエスコートする権利を俺に」
「喜んでお受けしますわ。……あ!」
「ブランシュ?」
「すみません。実はお恥ずかしい話なのですが、先ほど小石か何かを踏んでしまったみたいで。でも大丈夫です。きっと血が出たりするほどではないでしょうから、殿下はお気になさらず――」
「それは怪我でもしていたら大変だ。――失礼」
それからのクロヴィスの行動はブランシュにとって信じられないものだった。
王太子である彼が、平らな石で舗装されているとは言え庭園の一角で跪き、伯爵令嬢の自分の足をとったからだ。
「でででででで殿下っ?!」
「ふむ。ブランシュ嬢の言うとおり、怪我はないみたいだな」
「ででででででででしょう?! ですから殿下! 手を離して、いえ、お立ちになって?!」
「しかし小さな足だな」
「ししししししし身長がそんなに大きくないので、足も相応なのだと思いますぅぅっっ!」
生まれてから今まで異性と縁のなかったブランシュにとって、靴下越しと言えども足を家族以外の男性に見られるなんて当然初めての経験だ。
(しかもその相手が殿下だなんて――?!)
混乱し顔を真っ赤にするブランシュをよそに、何かに納得したようにクロヴィスは頷く。
「しかし、先ほども言ったとおりここからホールまでは少々距離がある。念のため、俺が運ぶことにしよう」
そう言って、ブランシュを横抱きにして抱き上げた。