【4】
「君さえ良かったら、もう少しここで話をしていかないか。……その、最初に少し冷静でない姿を見せてしまったから、挽回させて欲しいんだ」
クロヴィスが最初に見せた冷静でない姿。
背筋がぞくりと震えるような低い声で、誰かを罵りながらガゼボの柱を叩きつける彼は確かに迫力があった。
(でも、私はそんな殿下の方が人間味があっておもしろ……魅力的だと思うのだけど)
けれど将来的に国を背負う王になる王太子には、常に品行方正で完璧でいることが求められるのだろう。だからこそ、本来ならば王族以外の人間がいるはずのない薔薇園にまで来て、本音を吐露していたのだ。
「よろしいのですか? 私は殿下の素晴らしさを存じておりますが、もっと殿下とお話しできるのは願ってもない僥倖ですわ。だって、私の方こそ最初のはしたない姿を忘れていただきたいのですもの」
「確かに、俺の前に寝転がった姿勢で登場したご令嬢は君が初めてだ」
「ふふ」
どちらともなく瞳を見合せて笑いあう。
造形が整いすぎて、黙っていると感情のない人形のような印象にもなりかねないクロヴィス。彼が目を細めて笑う姿は柔らかく温かかった。
そんなクロヴィスの笑顔に胸の高鳴りを覚えつつ、ブランシュは促されて彼の隣に座る。
まさか王太子と同じベンチに座る日が来るなんて。今日はなんてドラマチックな日なのだろう。
間近で見るクロヴィスは本当に美しくて、夜空を見上げる横顔は絵画のようだった。
それから二人はガゼボから見える位置にある星や、王宮の庭園の美しさについて語り合った。
クロヴィスはとても博識で、星座にまつわる神話や薔薇の品種についてユーモアを交えながら教えてくれた。彼の巧みな話術はずっと聞いていても退屈することがない。
その中でも、人間を騙して陥れ、罰として星にされてしまった堕天使の話を聞かせてくれた時の様子は見事だった。
器用に片目だけを細め唇を吊り上げる堕天使の笑顔、堕天使に罰を言い渡す神の厳しい言葉。
表情と声音をくるくると変えながら、神話を再現するクロヴィスはとても魅力的で目が離せない。
「――その天使が堕とされた星が、あそこに見える赤い星だと言われているよ」
「すごい、すごいです殿下……! まるで劇を見ているみたいで、夢中で聞き入ってしまいましたわ……!」
「それは良かった。……演じるのは、慣れているからね」
「殿下?」
「一番初めに情けないところを見せてしまったからか、君にはつい本音を話してしまうな。……俺は、みなが思うほど完璧なわけでも、清く正しいわけでもない。だから時々、黒く渦巻く感情を吐き出さないと潰れてしまいそうになるんだ」
そう自嘲するクロヴィスの青い瞳。その深い海の色がブランシュには悲しく揺れているように見えた。
だからだろうか。
王族である彼に対して、ついブランシュも本音をこぼしてしまった。
「……そうですよね。殿下だって人間ですものね。疲れてしまうお気持ち、わかります」
「――え?」
「でも、私は殿下が同じ人間なのだとわかって親近感がわきましたわ。ご存知ですか? 小説や劇の登場人物の中には、圧倒的な人気を誇る魅力的な悪役もたくさんいるんです」
「悪役」
「あ! もちろん、殿下が悪だとか言いたいわけではなくて! ええっと、だから、例え完璧な聖人でなくても、素顔のままの殿下を慕う人間はたくさんいると思うんです」
言葉を紡いでいるうちに、自分が何を話したいのかわからなくなってしまった。話題がドンドンずれていっている気がする。
あぁ、なんだか頬が熱い。じっと見つめてくるクロヴィスの視線が突き刺さる。
やはり天上人の王太子に対して意見するなど不敬だっただろうか。
「それは、君もそう思うのか?」
「え?」
まるで少し前の会話の再現。
今度はブランシュがクロヴィスの言葉に聞き返す。
「君も、素のままの俺を慕ってくれるのか? ブランシュ嬢」